微熱のままで
好きになってしまって
窓から見ただけでも寒いことが分かる灰色の空。
それとは反対に、さっきまで交わっていた室内にはじんわりとした熱気が籠っていて、妙なアンバランスさを醸し出していた。愛のない擦り合い。そんな関係がもうかれこれ二ヵ月は続いている。
さっきだって、ただただ私の寂しさを埋めるだけの行為だったはずなのに、この身体にはまだ微妙な熱が残っていて、どうにももどかしかった。それでも仕方なく制服を着て鞄の取っ手を肩に掛けると、私は素肌にシャツを軽く羽織っているだけの不破に視線を向ける。
「もう帰るね」
そう言葉を投げかけても、不破は一切返事を返さずに椅子に腰かけて窓の外を眺めていた。せめてこっちを向いてよ。と、棘のある言葉を投げたくもなったが、私は堪えて目線を落とす。
不破は得体の知れない男だった。情報だけでいえば、頭がべらぼうに良いことや運動神経が高いことぐらいしか分からない。ミステリアスではあったが、他の男子生徒にはない色気と、妖しくて何を考えているか分からないところが私はほのかに気に入っていた。最初こそその容姿に惹かれ、度々この人里離れた古民家で体を重ねていたけど、最近はそれだけでは何かが満たされなくなっていた。
不破は愛どころか、感情の一つすら持っていないように見えた。ただ気持ちのいいことをしているだけ。それ以上も以下もない。体の関係なんてそんなもんかと、私は小さくため息をこぼした。そのため息に気付いたのか、不破はようやくこちらに気だるげな冷たい視線を向けた。
「…不満そうだな」
「え?…いや、別に…でも…」
「…なんだ?」
「…せめて、またな、とか…なんか言ってほしいなって…」
珍しく不破に自分の気持ちをぶつける。泣くようなひ弱な性格なんかじゃないけれど、なぜか今日は目に涙がじわっと浮かんで感情がコントロール出来ずにいた。世間一般で言う所謂セフレである分際で、そんなことまでねだるのは図々しいだろうか。そもそも、挨拶なんて今まで一度も交わしたこともなかった。
「不破くんには分かんないよね。こんな…いつ命を落とすか分からない世界で、明日会えるかも分かんなくて怖いのに」
「…だから毎回別れの挨拶をしてほしいって?」
察しのいい不破の言葉に、私はこくこくと控えめに頷く。不破はようやく椅子を軋ませながら立ち上がると、私の方へずいずいと近寄ってくる。気付いて顔を上げた頃には既に顎に手を掛けられ、青くて冷たい目が私を捉えた後だった。
「いつからそんなに図々しくなったんだ?」
「…ッ」
「君は私に何を期待している?」
「……そばにいたい、って言ったら…気に入らない…?」
「…そうだな…」
不破はため息をつき一旦目線を伏せると、私を布団の上に強く押し倒した。その力強さに、きゃっと声を上げる暇もなく不破は上に覆いかぶさり、私の両腕を上げると手首を固定して私の唇を素早く奪う。あまりの速さに、頭の中は混乱しっぱなしだった。最も、ついさっき深く交わったばかりだと言うのに、不破の柔らかくて甘い唇が私の唇を弄び、熱を持った舌が口内を丹念に探るだけで私はどうにかなりそうだった。
「…ッん、ぅ…っ」
バタバタと脚を暴れさせるが、女の私が不破の力に敵うはずがなく、簡単に押さえつけられて息の止まるようなキスを注がれ続ける。蜜のような甘い唾液の味が口いっぱいに広がり、私の口端から逃げるように零れ落ちていく。次第に私の抵抗も弱まり、唇を吸われては甘噛みされる熱情を持ったキスに、耳の淵まで赤く染められてしまう。なんて私はチョロいんだろうか。
ゆっくりと唇を離した不破は、青く光るその目で私をじっと見つめて口を開く。
「…まだ足りないらしいな」
「…そうだよ…足りない……」
不破は少しだけ呆れたような表情を浮かべながらも、私の制服のスカートの裾を捲り上げてショーツをズラすと、私の秘部にごつりとした男らしい指を添える。くちゅりと音が鳴り、どうやらそこは既にあのキスだけでじんわりと濡れていたようだった。触れられるたびに背中を電流が走り、吐息を漏らしたものの、情けなくなって目に涙を浮かべる。
「…ずっと不破くんのことを好きにならないようにしてた…この気持ちに見てみぬふりしてた…でも…」
「…好きになったって?」
自分では言わないようにしていた想いを先に言葉にされ、私は顔から火が出そうなほどに恥ずかしかった。あーあ。言われてしまった。身体だけの関係ならどれだけ楽か。好きな時に会って、好きなだけ身体を求め合って、嫌なら会うことを今すぐにでもやめられる関係の方がずっと楽なはずだ。身体だけでなく、心まで求めてしまう愚かさ。それも、私のことなんて到底愛してくれなさそうな男を好きになってしまったということ。
ぐるぐると目まぐるしく思考が脳内を駆け巡る最中も、不破は私の秘部に指を這わせて攻め立てる。卑猥な水音を立てて甘い蜜が不破の指に絡み、一本、二本と長い指が侵入するたびに私の体がビクンと跳ね上がる。私は思わず不破の腕を掴んで爪を立て、腰をよじらせる。
「っ…あぁ、ん…あ…でも…迷惑でしょ…好きになんてなられたら…」
「…迷惑ではないが…君が苦しむだけだな。それでもいいのか?」
「…いいよ……」
目に涙を滲ませながら頷くと、不破は煩わしそうにベルトを外す。自分が苦しいだけならそれでもいい。むしろ、自分で選んだ道だ。私の熱い体液がぬめるそこに、不破の先端が埋まり、濡れに濡れた私の膣内はあっさりと熱い欲望を受け入れていく。
私の口からは甘い吐息が漏れ、さっきよりもぎゅっと力を込めて不破の腕を握る。不破は私の腰を掴むと、ぐっ、と奥まで腰を進めてゆるりと律動を始める。
「…ぁあっ…んん…あぁ…不、破……く…!」
何度も犯されてきたせいか、不破は私の一番気持ちがいいところを当然ながら知っている。不破は執拗にそこを刺激しながら、擦り上げていく。今までの、どんな愛撫よりも気持ちが良くて、私の全身に快楽の波がひっきりなしに押し寄せる。不破が腰を打ち付けるたびに私の体も波打ち、いつしか私の顔は快感によってどろどろに蕩けていた。こんな風に抱かれて、好きになるな、という方が無理な話だ。どうしてこの人なんだろう。
不破は時折動きを緩めると、腰を折り曲げてゆっくりと愛撫しながら私の唇に砂糖よりも甘い口付けを落としてから首筋に唇を滑らせ、耳元で囁く。
「…気持ちいいか…?こんなにも私を欲しがって…」
「ん…あぁっ…」
「ほら…言ってみろ…」
「あぁっ…んぁ…気持ち…いい……不破く、ん……こうしてると…ぜんぶ、忘れられる……」
息も絶え絶えに答えると、不破は満足したのか口端を少しだけ上げて嘲笑うかのようにフッ、と微笑み、体を起こして再び腰を打ち付ける。私の喘ぎ声はより一層強まり、うめき声にも似た声が喉奥から漏れて部屋中に響き渡った。イク、と言う暇もないくらいに何度も最奥を激しく貫かれ、果てさせられた。どれだけ身体を痙攣させていても、お構いなしと言わんばかりに私を四つん這いにし、不破は律動を再開して犯していく。
「あぁっ、んん、ぁあっ…だめ…気持ちいい…っ…」
「…いい声で鳴くな…」
「…ぅ、ああっ…んっぁ…あっ…!だめ…、ぇ…」
「君が…私のことを好きだということは知ってたよ」
「っ…ぇ、あぁっ…!?」
不破は私の上半身を掴んで上体を起こし、膝立ちにさせると下からも突き上げていく。腕を掴まれて、彼は熱い肉塊で何度も淫らな音を立てては奥深くを抉っていった。逃げ場を奪うようなその体勢と律動と、押し寄せる快感に私はただひたすらに嬌声を漏らしながら鳴くことしか出来なかった。
不破は私の耳元で歌うように囁く。
「…君は体だけでなく、心を通わせたいんだろ?」
「…んっ…ぅ…ぅん……」
「後悔して、後で泣き喚かないと約束出来るか?」
「…ん、ぁぁっ…!…でき、る……できるからっぁ…!」
「…そうか。だったら、私もその想いに応えてやってもいい」
不破は私の耳元から唇を遠ざけると、私の快楽をより引き出すために激しく腰を打ち付けていく。不破を愛することを許されたという喜び、身体を支配されている悦び、同じようで違う二つの感情が私の心を包み込んでいく。同時に、私の身体は既に限界を迎えそうだった。
「あぁっ…んぁ、あっ…だめ、もう…っ…!」
「イけよ、ほら…好きなだけ…」
不破は冷たくそう言うと、奥深くを擦り続けて私を絶頂に導いていく。意識が飛びそうなほどの快楽がどっと押し寄せた。初めてじゃないから、こうして擦り続けられたら自分がどうなるかももちろん知っている。それでも、この切ない快楽は何度経験してもいつも新鮮で、飽きることなんてなかった。身体を揺さぶられ続け、脳内にバチバチッと火花が弾け飛ぶと、私は背中を仰け反らせて極上の絶頂を味わう。
同時に、彼の熱い飛沫が私の奥に乱暴に叩きつけられ、じわりじわりと広がっていく。
今日からはセフレじゃないけれど、恋人でもない──その曖昧な関係がなぜか今の私には嬉しかった。
中を心地よく満たされていったその感覚に、私はほんの少しだけ微笑んで、肩で大きく息をしながら彼の身体にそっともたれかかった。
4/4ページ