微熱のままで

熱帯夜に結ばれて



深夜一時半。冷房すら効き辛い熱帯夜。シャワーから上がった私は、半渇きの髪をタオルドライしながらベッドの淵に腰を下ろした。ベッドで眠りについているのは、高校生の不破瑠衣。
 ひょんなことから不破くんは、大学生である私のマンションで期限を設けて過ごしている。謎に満ちた高校生──世紀の有名人──。目にしたことのないような日本人離れした端整な顔立ちに加え、そのミステリアスさと危険な魅力を放つ彼に惹かれないわけがなかった。

 けれど、二十歳である私が十七歳の彼にそんな感情を抱いてしまうことは世間的にも許されない。そう頭の中では分かっていても、白銀の髪を無造作にばらつかせて眠るその姿に心がくすぐられ、いつのまにか手を伸ばして顔にかかる髪をそっと指で除けていた。そのまま薄紅色の唇に指を滑らせると、弾力のある唇に合わせた指がわずかに震え出す。
 今すぐこの指を引っ込めなくちゃと心の中で思うよりも先に、私は不破くんの体へと距離を縮めていた。もう少しで唇に辿り着くこうとしたその時、閃光よりも素早く腕を掴まれて、心臓が高く飛び上がった。
 目をうっすらと開け、瑠璃色の瞳を光らせ、私の目を捉えた不破くんが口を開く。

「起きてるよ」
「あっ…いや…その…顔にゴミがついてたから…」
「…嘘が下手だな。君は」

 急激に顔が燃えるように熱くなって、私は左手をうちわ代わりにしてぱたぱたと扇いでごまかした。当然、ごまかせてなんかいないのだけれど。

「あ…暑くない?クーラーの温度、下げようか…」
「…いや、いいよ」
「……あの…ごめん…あんなことして……わたし…」
「別に。好きにすればいい」
「…えっ?」

 机の上に置いていたコップの中で泳ぐ氷が溶けて、からんと乾いた音が部屋に響き渡る。嫌われる覚悟をして身構えていたというのに、その返事は意外なものだった。憂いを持つ不破くんの瞳に心臓が強く波打ち、瞬時に好奇心と欲望がグッと湧き上がった。
 好きにすれば──本当にその言葉に甘えてもいいのだろうか。答えを待っているのか、首を傾げて見つめるその眼差しに、私の額をじんわりと汗の玉が滑り落ちる。キスのひとつくらいなら、きっとそう大したことはないはず。

 好奇心に負けて、甘い蜜に誘われるようにベッドの上に座る不破くんの唇に静かに寄せると、彼も応えるようにして唇を重ね返した。温かくて柔らかな感触が生々しい。二、三回ほど重ねて唇を離したが、一度知ってしまった不破くんの味がすぐに恋しくなってもう一度重ね合わせた。蕩けるような淫らな重ね方で、次第に激しく互いの唇を貪るようにして深いキスを繰り返していく。
 耳に届くリップ音と不破くんの温かみのある唇の温度に興奮を覚えていくと、舌を絡めながらお互いの口内を丹念に探り合った。唇も舌も耳も頬も一気に熱を帯びて、理性が崩れていくのがはっきりと分かる。不破くんの胸元に手を添えると、シャツの向こう側にある硬い胸板の感触に鼓動が高鳴り、脳がさらに麻痺していく感覚を味わった。

 これ以上理性を保つことなんて出来ない。最も、自分からキスをしておいてなんだけれど、こんなにも蕩けてしまいそうなキスを返してくるとは思わなかったのだ。でも、これより先を味わってしまえば、冗談抜きで後戻り出来なくなるような気がして、ダメになりそうだった。
 唇が一瞬離れた隙に、吐息を漏らしながらすっかりと茹であがった顔でその青い瞳を見つめる。

「ふ…わくん…これ以上はわたし…おかしくなっちゃうかも…」
「やめる?」
「…ん…」
「そんな顔になってるのに」

 カーテンの隙間から入り込む月の光に照らされた瞳が、私の目を真っ直ぐに捉える。頬にかかった前髪を払われながら色気のある目つきでじっと見られてしまえば、やめる、なんて口に出来るわけがなく、悪魔のように誘惑して囁く不破くんに降参するかのように首を横に振った。

「…やっぱりやめない…」
「君から誘ってきたんだもんな」

 不破くんはそう言って私の鎖骨をトントンと軽く突くと、試すように顔を覗き込んだ。その言葉に黙って頷いて顔を近付けると、私たちはさっきよりも強く、きつく唇を絡め合った。ベッドの淵に座る不破くんの脚の上に跨り、唇を貪りながら猫の毛のように柔かい白銀の髪や温かい背中に手を滑らせる。
 せいぜい二、三歳くらいしか年齢が変わらないとは言え、高校生の年齢である彼といけない行為に走っていることや、こんなに気持ちよくさせられてることに高揚感と背徳感を覚えて、より興奮せざるを得なかった。

 やがて首や鎖骨に不破くんのしっとりとした唇が降り、乱れかけていた薄着のナイトウェアの上から膨らみを柔く揉まれると、少しだけ色づいた吐息が私の口から零れ落ちた。片手で器用に私のボタンを外して上着を脱がすと、剥き出しになって立ち上がった先端にキスを落とされる。下から膨らみを揉み上げられて敏感になった先端に熱い粘膜が這う度、視界がぼんやりとぐらついた。

 煌々と光る月明りに照らされ、唾液で濡れた胸元が卑猥で暴力的な画となって目に強く焼き付く。強い背徳感を感じているというのに、その感情とは裏腹に愛液がつぅっと秘部を伝うことがとても情けなかった。
 内腿をもぞもぞと動かす仕草で察したのか、彼は確かめるようにゆっくりと太腿に手を這わせながら、スカートの中を通り過ぎてショーツの上から秘部へと指を到達させた。割れ目を人差し指でなぞられただけで、電撃のような痺れが腰をゾクゾクと駆け抜ける。

「ぁ…ッ…まっ、て……」
「本当におかしくなってるな」
「ふ、わくんの…せいだから…」
「人のせいにするんだな、この口は」

 不破くんは顎に手を掛けて、人のせいにする私にお仕置きするかのように唇で塞ぐと、下着をずらして大胆に秘部へと指を滑らせる。男らしくて硬い指が浅瀬に触れただけで、強烈な刺激が全身を貫いた。
 卑猥な水音を立てながら何度も彼の指が行き来し、秘裂を撫でられる度に股の間から愛液が床へと滴り落ちていく。私の吐息と嬌声だけでは水音がかき消されることはなく、くちゅくちゅとやけに大きく響き渡って余計に頬が熱くなった。濡れそぼった蜜口に差し込まれては引き抜かれ、掻き回されていくいやらしいその指遣いに、思わず腰が浮き立ち、頭を焦がすような快感で足先までびくびくと震えてしまう。

「あっ……やめ……ふわ、く………わた、し…っ…」

 快感に悶えて汗ばむ身体をくねらせると、不破くんの背中に回していた手にグッと力が集中する。すっかりと私のいいところを知られてしまったことが恥ずかしかったが、多幸感の方が圧倒的に上回って、本能のままに身を委ねるしかなかった。

「弱点だらけだな、君の体は」
「…っ…だって…そんなこと、されたらっ……」

 煽るように耳元で囁かれたら、抗うことなんて到底無理だった。意地悪な言葉をかけながら私を見つめ、唇を重ねた後に細まる無邪気な目もたまらなかった。不破くんを目の前にして我慢なんて出来るはずがない。
 こうやってからかわれたり、弄ばれると心も体も刺激されていき、あちらこちらがヤケドするかのごとく火照っていった。最早何処を触られても気持ちが良くて、背中や腰を何度も電撃がぞわりと走り抜ける。

「…んっ…ぁっ……だ、め………ぁあっ…!」

 目の前で火花が弾けるようにバチバチッと光って、絶頂が私を激しく襲った。蕩けてふにゃふにゃな顔になった私に、不破くんが頬に手を添えて、唇や額に優しく口づける。今頃気が付いたけど、あまりにも気持ちが良いと、人はどうやら涙が溢れてしまうらしい。
 息を切らしながらいつの間にか頬を伝っていた数滴の涙を拭われて、その優しい仕草に胸の奥がきゅっと締め付けられた。どうしても切なくなって、私は自ら不破くんに唇を降り注ぐ。

 再び舌を絡めながら不破くんのシャツのボタンを外すと、まだ見ぬその肌が露わになった。逞しく鍛え抜かれた体格のいい上半身が男らしくて、唇を重ねながらも思わず薄目で視線を落としてしまう。今、この瞬間にこの体を独り占めしているのだと思うと、その悦びに武者震いしそうだった。
 互いの肌を隠していた全ての衣服が乱暴に床に散らばるのを確認して、不破くんの足の上にしっかりと跨ると、腰を浮かした。ずっと熱を持ってひくついていた秘部に不破くんのものを押し当てて、膣壁をみちみちと広げながら酷く熱いそれを私の中に迎え入れる。ぬ゛ぷっと鈍くて卑猥な水音を立てて挿入されると、ゾクゾクと腰が震え上がった。

「んっ…あっ、ぁっ……っ…」

 惹かれてはいけない危険な男と一緒になったそのスリリングさに、天にも昇るような快感を全身で感じ取った。ゆるゆると腰を動かし始め、次第に深くに挿れていくと、淫らに愛液が弾ける水音と、激しく中を擦りつける音が部屋中に響き始める。

「っ…あん……ぁっ……ふ、わく…っあんっ…」
「気持ちいいか?」
「…きもち…ぃ……でもっ……」
「でも?」
「…やっぱ…こんなの…よく、な、い………」
「…口と体が矛盾してるよなぁ…」

 不破くんの言うとおりだった。狂ったように腰を上下に揺らしながら、熱くて立派なそれに夢中になっているというのに、この期に及んでもまだダメなことをしてると思っている自分が馬鹿みたいだった。
 快楽に顔を歪めている顔を見られることも恥ずかしくて、時折動きを緩めながら不破くんの肩に思わず顔を埋めてしまう。けれど、不破くんから漂う色気のある甘ったるい香りに脳がさらにクラクラしてしまって、まったくの逆効果だった。

「いい加減素直になれよ」

 不破くんが耳元で魔に満ちた声でそう囁くと、私の体は一気に温度が高まった。素直じゃない口元を封じるかのように、不破くんが唇を押し寄せる。まるで砂糖を溶かしたようなキスに朦朧としていると、気が付けばいつの間にかベッドの上に押し倒され、不破くんの肩の向こう側にある天井が目に映った。
 そのまま不破くんは腰の動きを加速させ、奥深くを抉るように突いていく。今までに経験したことのないような激しさと気持ち良さに、目の前がチカチカと光りだし、頭が真っ白になっていった。

 こんなに突かれては素直になるどころか、許して、という気持ちの方が強まってしまう。体を強く揺さぶられ、気持ちのいいところを愛撫される快楽によって、私の喘ぎ声と口から漏れる吐息がさらに激しさを増していった。
 粘膜が擦り合わさる卑猥な音と共に、私の嬌声が部屋中に響き渡る。結合部分から飛び散った愛液が派手に零れ落ちて広がり、布をじわりじわりと濡らしていく。真っ白なシーツの上に広げた私の手に、不破くんの硬くて大きな手が重ねられると、きつく絡められていき、逃げ場はもうどこにもなかった。

「あぁっ…んぅ……ふわ、く…っ…ふ、わ…」
「どうした…」
「……わたし…変に、なっちゃ…う…ゃめっ…やめ、てっ……」
「やめてほしくないくせにな」
「…ゃ、ぁっ…ん…あっ…んっ……ぁあっ…!」

 自分が自分でなくなっていくような感覚のせいか、本心ではない言葉が飛び出してしまう。気持ちよさに溺れていく私の表情と、きつく締まっていく中と、溢れ出る愛液で不破くんには何もかもバレバレだった。
 出来ることならこうしてずっと繋がっていたかったが、限界に達しそうで壊れる寸前だった。甘く口づけられながら注がれる熱に意識は飛びかけ、もはやその名前を呼ぶ声は呂律が回らないほどだった。

 何度果てさせられただろうか。もう限界だと思ったその瞬間──ふわりと全身が浮くような感覚と共にバチッと目の前で何かが弾ける。それと同時に、私の最奥にじんわりと蕩ける熱いものが広がっていった。びくびくと腰が小刻みに揺れ、彼の精を受け入れた私の腹部は熱を持って満たされていた。意地悪な言葉を投げながらも、一緒に飛んでくれたことが嬉しくて、じんわりと頬に熱が集まった。
 しばらくして熱が引き抜かれた拍子に、白濁の液が溢れてシーツの上にぽたぽたと零れ落ちる。肩を上下に忙しなく動かしながら息を上げる私の体から、彼のその熱が完全に引き抜かれると、ぐったりと力が尽きた。今は何も考えられないが、目の前にいる不破くんのことならいくらでも考えられた。
 びっしょりと汗だくになった私にそっと彼の唇が寄せられたが、その甘ったるくて優しい重ね方に、再び茹でって蕩けそうになってしまう。ようやく唇を離して、不破くんの瞳に視線を合わせた。

「…不破くん…ずるいよ…」

 脈絡のない突然の言葉にも、不破くんは余裕の笑みを浮かべて微笑んだ。

「ずるい?どうして?」
「…だって、わたしのことこんなにも壊そうとして…」
「別にいいだろ。何も悪いことじゃない」

 月明りに照らされた妖しげな笑みに心の奥がとくんとくんと鳴り響く。危険な香りがすると頭では分かりながらも、不破瑠衣という男にどんどん惹かれていって止まなかった。幾度となく繰り返し重ねられる唇の熱に、限界を迎えたはずの体がもう一度温度を持ち始め、蕩けてしまいそうだった。熱帯夜のせいなのか、彼の温もりで燃え上がる熱のせいなのか。答えは恐らく、どちらもなのだろう。

「……不破くんのこと、もっと知りたい…だから…もう一回…」
「後戻り出来なくなるとしても?」
「いいよ…」
「へえ…強気だな」

 私達はまた唇を寄せ、深くキスを交わすと、そのままもう一度溺れるように交わった。この甘い刹那の時間が、永遠になれば良いのに。
自分の中に芽生えた彼への気持ちがはっきりと形になったこの夏が、忘れられない季節になるだろうという予感を感じさせ、二人の体温が熱帯の夜に深く、深く溶け込んでいくのだった。
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