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ジョーカーゲーム


――死ぬな。殺すな。

その言葉を信念とし、各地へただ一人赴く。

本名も知らず、教えることもなくただの偽名で呼び合う俺たちも、一緒にいたところで結局は一人なのだ。

そのことを自覚してしまうと、どうしようもない孤独に苛まれる。

息をするのが苦しくて、ネクタイを緩め、土砂降りの雨の中を一人歩いた。

行先は分からない。どこに行きたいかなんてそんな希望はなく、ただこの暗いまとわりつくものから解放されたくて。

何かが視界に入り、足を止める。

人通りのない薄暗い路地。そこに横たわる黒い猫。

――死んでいる。

それはもう明らかで、開いたままの眼は半透明のガラス玉のようだ。

お前も一人孤独に死んだのか。

そんな言葉を言おうとしたが、出たのは声にならない掠れた音だけ。

髪を伝い、頬を流れる水滴が孤独も感情も一緒に連れていってくれたらいいのに。

連れて行ってくれるのなら、鬱陶しいと感じる気持ちも少しはましになるだろうか。

死んだ黒猫をじっと見つめてどれくらいの時間がたったのか、雨音に紛れて後ろから足音が聞こえてきた。

「波多野さん」

足音で誰かは分かっていた。まさか俺を追いかけてくるとは思っていなかったけど。

「実井。追いかけてきたのか?」

「まさか。たまたま見かけて声をかけただけですよ」

それよりも、という言葉と同時に後ろから手を掴まれる。

「雨はまだ止まないようです。帰りますよ」

ゆっくりと振り返る。

傘を持ち立っている実井。かすかに揺れる黒い髪と微笑を浮かべる実井が雨に濡れ横たわる猫と被る。

「ああ、くそっ」

聞こえない小さな声で呟き、掴まれていない右手で自分の顔を覆う。

この孤独が消えることはない。俺たちが人を信じず人を騙し続ける限りは。

死への恐怖は常に付き纏うだろう。

「波多野さん」

腕を握る力が強くなった気がした。

手から伝わる温もりはこの場所に初めて生きているものが存在していることを実感させる。

指の隙間から見える実井の瞳はガラス玉とは違い、意志と感情を持っていた。そこに映る俺は—―。

「帰りましょう」

前髪をかき上げる。雨粒が宙を舞い、地面へと落ちる。実井の大きな瞳に映っている俺はどう見えているのか。

「ああ」

たった一言だけ言葉を返す。

声がでて、ほんの少しホッとした。
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