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いーちゃんと姫ちゃんの日常


「師匠、珍しく物置だったんで、姫ちゃんびっくりしたですよ。まだ準備できてないです」
 制服にカーディガンを羽織った一姫は髪の毛を梳きながら口を尖らせた。いつもつけているリボンはテーブルの上に置かれたままである。
「姫ちゃん、僕は人間だよ。……いや、うん。久しぶりに早起きできたから朝から来たんだけど……なんかごめん」
「いいですよ~。姫ちゃんは師匠の突発的な行動意欲には慣れたです。ちょっと待っててくださいですよ」
 そう言って一姫はリボンをつけ始めた。
 一姫の邪魔をしないよう、無言のまま今日教えてあげる勉強は何にしようか考えることにする。考えていてもどうせすぐに忘れてしまうだろうが。
 黄色いリボンは戯言遣いにとってもよく見慣れたものである。初めて会ったあの日から変わらない大きめの黄色いリボン。
「姫ちゃんはずっとそのリボンをつけているよね」
「ほへ?」
「姫ちゃん、髪伸びたよね」
「さらっと言っていたことを変えないでくださいです。言ったことをそんなにすぐに忘れるですか?」
「僕の記憶力の悪さは知っているだろ」
「実感してるですよ。今まで何度師匠に約束をポイ捨てされたと思ってるですか。拾う人もいないですよ」
「ポイ捨て……」
 間違っているとも言えない言葉に「ごめんなさい」と正直に謝る。
「僕も約束をポイ捨てしない程度の記憶力が欲しかったんだけどね」
「師匠はきっと一回死ななきゃもらえないです。姫ちゃんは昔聞いたことあるですよ。馬鹿は死ななきゃ治らないって」
「……それは子荻ちゃんから?」
「萩原先輩は馬鹿も天才も手の上で転がすタイプですから、必要な犠牲以外死なせませんです」
「じゃあ誰から聞いたの?」
「潤さんですよぉ」
「あー」
 哀川潤という名前で全てを察した戯言遣い。一姫はつけ終わったリボンを整えて、上機嫌に鼻歌を歌っている。
「あ、師匠。話がまったく方向音痴でどっか飛んでたですけど、姫ちゃんのリボンがどうかしたですか?」
「え、リボンの話なんかしてたっけ?」
「…………ししょお」
「思い出します」
 一度どころか十度くらい一気に下がったんじゃないかと思わせるような一姫の冷たい視線に反射的に答える。そしてこたつの温もりに惑わされながら、思い出そうとすること数十秒。
「ああ、そうだった。奇跡的に思い出したよ、姫ちゃん」
「おお! で、なんだったんです?」
「そのリボン、別の色のをつけたいとか思わないの?」
 戯言遣いは一姫のつけているリボンを指さす。一姫は首をかしげ、リボンに触れる。
「別の色ですか……ふむー、あんまり考えたことないですね」
「他の色持ってないの?」
「あるですよ」
「あるんだ」
「潤さんから頂きました」
「色はあえて聞かないでおこうかな」
「姫ちゃん、赤ずきんになるかと思ったですよぉ」
 と言いながらきゃはははと楽しそうに笑う一姫。
「それはちょっと見てみたかったな」
 あの潤さんがどんなリボンをあげたのかちょっと興味が湧いたのだ。
「付けてあげてもいいですよ?」
「え?」
「クリスマスに」
 カレンダーの方を見る一姫につられて戯言遣いもクリスマスツリーのシールが貼られている二十五日に目を向ける。クリスマスツリーの横には一姫の字でクリスマスパーティーと書かれている。
「姫ちゃんはみい姉さんから師匠もくると聞いているですよ」
「ああ、うん。行くよ。みいこさんからも崩子ちゃんからも萌太くんからも来てって誘われたからね」
「みい姉さんたちはどうやったら師匠が忘れずに来てくれるのか暗殺会議してたですよ」
「……へえ」
 クリスマスに殺されるのは勘弁してほしいな。
「色々案がでてたですけど、最終的に当日に縄で縛って連れてくればいいんじゃないかという結論がでたです」
「それは非人道的じゃないか? みんなが楽しむイベントであるクリスマスだよね?」
「だから一人楽しめない師匠のために姫ちゃんが一肌ぬいであげるです。ちょうどリボンもクリスマスカラーですし。かわいい姫ちゃんが見れるですよ?」
 首をかしげてにこりと笑って見せる一姫。
それだけでも十分かわいいわけだが、これはなんとしてもクリスマスのことを覚えておかないといけないなと戯言遣いは決意するのだった。

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