戯言・人間シリーズ
仕事の帰り道。
京都の河川敷を1人歩いていた。
そこでふと頭をよぎるのは、むかし何の因果か狂った運命か、出会うことになった鏡の相手。
すっかり忘れていたが、まあ、あいつは今もふらふらと気ままに生きているのだろう。
僕とは違って。
石階段を上がり、普通の道へとでる。
その道を照らす街灯の下に赤いニット帽をかぶった女性が立っていた。
街灯に照らされたその口元には笑みがあり、その視線は僕に向けられている気がする。
「どうも。初めまして」
どうやら気のせいではなかったようで、女性は僕と目が合うと、笑みを崩さずに声をかけてきた。
「わたし、零崎舞織っていいます。人識くん……零崎人識くんの妹です」
妹? いやちょっと待て。零崎一賊はもう滅んだはず。というか、いくら滅んだとはいえ零崎一賊の名前を名乗るなんて、あらゆるところを敵に回しているようなものだ。
「あなたは鏡さん、ですよね?」
僕が考えていることなんてまったく気が付いていない様子の零崎舞織と名乗る女性。
「あいつは僕のことそんな風に呼んだことはなかったと思うけど」
「ああ。そうみたいですねぇ。ええっと、なんでしたっけ。ちょっと待ってくださいね。聞いたはずですから」
人差し指をあために当てて、うーんと夜空を見上げる。そして、人気のない無音の道にパンっという乾いた音が響く。
「そう、欠陥製品です! 欠陥って呼んでたりとかもしたらしいですね。そしてあなたは人識くんのことを」
僕に向ける視線はその続きを言えと訴えている。
「……人間失格」
「と、呼んでいた」
嬉しそうにうふふと笑う舞織さん。
その笑顔はまったくあいつに似ていない。でも、
「殺し合った仲だと聞いていますよ。うん、でもやっぱり人識くんとはどこか違いますね」
細められた瞳にある血に染まった殺意はあいつにあったものと似ている。
「それで、君はどうして僕に会いに来たんだ? 人間失格もいないみたいだし、初対面の僕に挨拶にきたのか?」
「挨拶というよりは、知らせにきたんですよ。あなたは人識くんのお知り合いですから」
「?」
請負人になってからも、僕はあまり変わっていない。周りも傷つけるし、周りの気持ちは理解しづらい。鈍いと言われる。戯言遣いは健在だ。
だから僕がそのことを口にした零崎舞織という女性がどんな感情を抱いていたのかは分からない。
でもその笑顔は昔見た笑顔にとても似ていた。
「実は人識くん、死んじゃったんですよ」
涙を流さない青色サヴァンと呼ばれた玖渚友に。
「まさか殺人鬼の俺がただの寿命で死ぬことになるなんてなぁ」
それが零崎人識の最期の言葉だったらしいですよと舞織さんは言った。
らしいというまるで人から聞いたような言い方に首を傾げる。
「わたし、人識くんの最期のときいなかったので。いなかったというか、見つけられてなかったんですけど」
零崎はふらりと現れ、そして消える。舞織さんのときもそうだったらしい。昔、僕があいつと普通に別れることができたのはたまたまのようだ。
「潤さんにも依頼して、わたしも探してようやく見つけたと思ったらこれですよ。まったく本当に自由な人ですよね、人識くんは」
舞織さんはそう言いながらストローでアイスコーヒーの中の氷をいじって遊んでいる。 その様子に零崎が死んだことに対する悲しみは見られない。
「あいつからあなたに対する言葉は? 妹にならあるんじゃないか?」
「ええ、妹ですよ。人識くんから直接言われたことはないですけど」
カランと氷がぶつかり合う音が響く。
「…………言葉はありませんでした。なーんにも。人識くんを見送った誰だか知らない人もさっき言った言葉を教えてくれただけでした」
「あいつらしいといえばらしいのか」
「かもしれないですねぇ。人識くんって多分そういうところあるんですよ」
懐かしそうに細められる目。
「結局人識くんはわたしをおいてまたどこかに行っちゃったわけです」
そのあとは零崎に対する愚痴と昔話に花を咲かせた。
僕が知らないことも哀川さんから聞いていたことも含めて、あいつらしいなという感想を抱いた。
家賊への言葉を残さなかった零崎人識。そこにある真意は明かさなかったのではなく、妹にならきっと分かるだろう、明かす必要はないと考えたのかもしれない。
零崎一賊を敵に回すな。家賊としての繋がり何があろうとも切れることはない。
零崎人識の妹を名乗る彼女はそのことをきっと分かっている。
別れ際、君はこれからどうするのか尋ねた。人を殺しながら生きていくのかと。
すると、彼女はうふふと笑って、両手を後ろで組んで、くるりと振り返った。
「実はですね、わたしと人識くんは賭けをしていたんです。先に人を殺した方がジュースを奢るっていうやつなんですけどね。わたし、負けるの嫌いなんです。だから、これからも誰も殺さず、誰にも殺されず家賊を探します」
町の闇と同化しそうな黒い義手の指を自分の胸に当てて夜空を見上げる。
「わたしのことをおねーちゃんって呼んでくれる家賊がどこかにいるかもしれないじゃないですか」
「戯言遣いのおにいさん。ケーキセットご馳走さまでした。きっともう会うことはないでしょう。それではさようなら」
「ああ、さようなら」
僕たちは別れを惜しむことなく別の道を歩き出す。
昔、人間失格と別れたときのように。
京都の河川敷を1人歩いていた。
そこでふと頭をよぎるのは、むかし何の因果か狂った運命か、出会うことになった鏡の相手。
すっかり忘れていたが、まあ、あいつは今もふらふらと気ままに生きているのだろう。
僕とは違って。
石階段を上がり、普通の道へとでる。
その道を照らす街灯の下に赤いニット帽をかぶった女性が立っていた。
街灯に照らされたその口元には笑みがあり、その視線は僕に向けられている気がする。
「どうも。初めまして」
どうやら気のせいではなかったようで、女性は僕と目が合うと、笑みを崩さずに声をかけてきた。
「わたし、零崎舞織っていいます。人識くん……零崎人識くんの妹です」
妹? いやちょっと待て。零崎一賊はもう滅んだはず。というか、いくら滅んだとはいえ零崎一賊の名前を名乗るなんて、あらゆるところを敵に回しているようなものだ。
「あなたは鏡さん、ですよね?」
僕が考えていることなんてまったく気が付いていない様子の零崎舞織と名乗る女性。
「あいつは僕のことそんな風に呼んだことはなかったと思うけど」
「ああ。そうみたいですねぇ。ええっと、なんでしたっけ。ちょっと待ってくださいね。聞いたはずですから」
人差し指をあために当てて、うーんと夜空を見上げる。そして、人気のない無音の道にパンっという乾いた音が響く。
「そう、欠陥製品です! 欠陥って呼んでたりとかもしたらしいですね。そしてあなたは人識くんのことを」
僕に向ける視線はその続きを言えと訴えている。
「……人間失格」
「と、呼んでいた」
嬉しそうにうふふと笑う舞織さん。
その笑顔はまったくあいつに似ていない。でも、
「殺し合った仲だと聞いていますよ。うん、でもやっぱり人識くんとはどこか違いますね」
細められた瞳にある血に染まった殺意はあいつにあったものと似ている。
「それで、君はどうして僕に会いに来たんだ? 人間失格もいないみたいだし、初対面の僕に挨拶にきたのか?」
「挨拶というよりは、知らせにきたんですよ。あなたは人識くんのお知り合いですから」
「?」
請負人になってからも、僕はあまり変わっていない。周りも傷つけるし、周りの気持ちは理解しづらい。鈍いと言われる。戯言遣いは健在だ。
だから僕がそのことを口にした零崎舞織という女性がどんな感情を抱いていたのかは分からない。
でもその笑顔は昔見た笑顔にとても似ていた。
「実は人識くん、死んじゃったんですよ」
涙を流さない青色サヴァンと呼ばれた玖渚友に。
「まさか殺人鬼の俺がただの寿命で死ぬことになるなんてなぁ」
それが零崎人識の最期の言葉だったらしいですよと舞織さんは言った。
らしいというまるで人から聞いたような言い方に首を傾げる。
「わたし、人識くんの最期のときいなかったので。いなかったというか、見つけられてなかったんですけど」
零崎はふらりと現れ、そして消える。舞織さんのときもそうだったらしい。昔、僕があいつと普通に別れることができたのはたまたまのようだ。
「潤さんにも依頼して、わたしも探してようやく見つけたと思ったらこれですよ。まったく本当に自由な人ですよね、人識くんは」
舞織さんはそう言いながらストローでアイスコーヒーの中の氷をいじって遊んでいる。 その様子に零崎が死んだことに対する悲しみは見られない。
「あいつからあなたに対する言葉は? 妹にならあるんじゃないか?」
「ええ、妹ですよ。人識くんから直接言われたことはないですけど」
カランと氷がぶつかり合う音が響く。
「…………言葉はありませんでした。なーんにも。人識くんを見送った誰だか知らない人もさっき言った言葉を教えてくれただけでした」
「あいつらしいといえばらしいのか」
「かもしれないですねぇ。人識くんって多分そういうところあるんですよ」
懐かしそうに細められる目。
「結局人識くんはわたしをおいてまたどこかに行っちゃったわけです」
そのあとは零崎に対する愚痴と昔話に花を咲かせた。
僕が知らないことも哀川さんから聞いていたことも含めて、あいつらしいなという感想を抱いた。
家賊への言葉を残さなかった零崎人識。そこにある真意は明かさなかったのではなく、妹にならきっと分かるだろう、明かす必要はないと考えたのかもしれない。
零崎一賊を敵に回すな。家賊としての繋がり何があろうとも切れることはない。
零崎人識の妹を名乗る彼女はそのことをきっと分かっている。
別れ際、君はこれからどうするのか尋ねた。人を殺しながら生きていくのかと。
すると、彼女はうふふと笑って、両手を後ろで組んで、くるりと振り返った。
「実はですね、わたしと人識くんは賭けをしていたんです。先に人を殺した方がジュースを奢るっていうやつなんですけどね。わたし、負けるの嫌いなんです。だから、これからも誰も殺さず、誰にも殺されず家賊を探します」
町の闇と同化しそうな黒い義手の指を自分の胸に当てて夜空を見上げる。
「わたしのことをおねーちゃんって呼んでくれる家賊がどこかにいるかもしれないじゃないですか」
「戯言遣いのおにいさん。ケーキセットご馳走さまでした。きっともう会うことはないでしょう。それではさようなら」
「ああ、さようなら」
僕たちは別れを惜しむことなく別の道を歩き出す。
昔、人間失格と別れたときのように。
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