みじかいの

 これで最後だと自分に言い聞かせ、それから一体どれだけの時間が経っただろうか。
 次こそは、次こそはと、赤と青の宝箱をひたすらに開け続けた。そうじゃない、これじゃない。けれどこうなってくると落胆する時間すらも惜しい。
 そんな日々を過ごしていたグラン一行にも、終焉は唐突に訪れたのだった。


「で……出た……」
「ほ、本物やんな? どう見たって刀とか槍とちゃうやんな?」
 討伐に赴いていた四名は揃って箱の中を覗きこんだ。ずっとずっと追い求めていた武器──強い風の力を秘めた、軍神の名を持つ琴。
「ああ、間違いない。これはラストストームハープだ。おめでとう、団長」
「やっ……やりましたね団長さん……!」
 ユエルとテレーズ、そしてゾーイは揃って感嘆の声を上げた。
「いや~今回はほんましんどかったで! でもよかったな! 終わりよければ全てよしや!」
「ああ。私の力も役に立ったなら、嬉しい」
 大きな達成感に皆の労いの言葉が重なり、グランは込み上げてくるものをぐっと堪えた。
「うん、本当にみんなのお陰だよ。えっと……今更な気もするけどたくさん無理させちゃって本当にごめん……」
「あああ謝らないで下さい! 私も自分を鍛えるいい機会になりましたし、普段ひとりで戦うことの方が多いので……こうして皆さんと助け合えるのはとても心強かったです……!」
「せやで! それにこういう時に言うのは「ごめん」やないで? わかるやろ?」
 ユエルはそう言うとグランに向けて悪戯っぽくウィンクを飛ばし、他の面々も同意と合わせた笑顔を向けている。
 ああ──旅に出て、騎空士になってこんなにいい仲間と出会えて、なんて恵まれているんだろう。グランはこの喜びを噛み締め、そして満面の笑顔で返した。
「みんな、ありがとう!」


 そうしてグランサイファーに戻ったグランには、もう一人、挨拶をしたい相手がいた。
 事前にルリアにその旨を伝えると、彼女は快く返事をしてくれた。
「すぐに喚びますね! 船首の方で待っていてください!」
 言われた通りグランが向かうと、そこには既に一人の巨大な星晶獣の姿があった。
「シヴァ! お待たせ!」
 グランが駆け寄ると、シヴァは雲のように大きな手のひらを差し出した。そしてグランはそこに飛び乗り、頬の近くで話し掛ける。
「暫くずっと力を貸してくれてありがとう! やっと目標を達成できたんだ」
 強大な炎の力を持つシヴァの存在は、風属性の相手と対峙するときの大きな助けとなっていた。無論グランとしては、シヴァの助けなしには成し得なかったことだと考えている。故にその報告と礼を兼ねた挨拶だったのだが──これは先程までのユエル達の反応のせいだろうか。
「そうか」
 と、返ってきたのは一言だけ。
 元々口数が多いわけでも表情が豊かなわけでもないが、それでもグランなりにシヴァの感情の機微はある程度わかるようになったつもりだった。だからこそ、この反応は少々予定外だったのだ。
 怒っている、というわけではなさそうだが、喜んでくれている様子でもない。星晶獣本来の大きさで顕現している今、本当に吸い込まれめしまいそうな美しい瞳はどこか寂しそうにも見える。
 いや、もしかしたら何か気に障るようなことを言ってしまったのかもしれない。だとしたら何が悪かったのだろう?
 グランのころころと変わる表情を見つめ、シヴァは小さく溜め息を吐いた。そしてまた一言だけ呟いたのだ。
「……随分軍神と戯れていたな」
 その言葉にグランは目を丸くした。
 軍神とはシヴァと同じ、四大天司の使いの星晶獣、グリームニルのことである。そしてグランの目的は彼が持つ武器の恩恵を授かることだったのだが、それはつまりどういうことなのか。
「……奴はそなたのことを骨のある人間だと気に入っていたようだ」
 そう言うとシヴァはグランから視線を逸らしてしまった。

(えっと……これって、もしかして……)
 不意にグランの頭にひとつの可能性が浮かび上がる。
(でもシヴァに限ってそんな……でも……)
 自惚れかもしれない。けれど聞いてみたい。
「もしかして……やきもち妬いてる?」
 するとシヴァの尖った耳の先端が、微かにぴくりと動いた。ひょっとして図星なのだろうかと視線を追うとまた逸らされたが、使いの白蛇はなんだか楽しそうにしているようだった。
「……そなたを見初めたのは我だ。努々忘れるでない」
「っ……はい……!」
 普段と変わらない物言いだったが、その違いがわからないような二人の関係性ではない。グランはまるでシヴァの力を授かったときのように身体中が熱くなるのを感じた。
 嬉しい、恥ずかしい、照れる、でも嬉しい!
 ぽかぽかと温かくなる心のまま、グランはシヴァの頬に体を寄せた。そして伝える。
「僕はもっと強くなって、貴方の力に……貴方に相応しい人間でありたいと思ってるんだ。だからいつも感謝しているし、これからも力を貸してほしい。大好きだよ、シヴァ」
 いい終えると、そっと唇を落とした。
 今はこんなにも小さな自分のしたことが、果たしてシヴァの体に伝わったのだろうか?
 寧ろわからないならそれでも、とグランは考えていたが、その誠意は充分に伝わっていたようで。
「その誓い、違うでないぞ」
 シヴァはその小さな体を、大きな指で慈しむように撫でた。

 二人の間には心地のいい風が吹いていた。



 
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