みじかいの

「はー……今日はまた一段と」
 グランサイファーの朝は慌ただしい。
 ヴェインはばたばたと船内を駆け回る団員達を眺めていた。他人事のようにそう漏らしているヴェイン自身もまた、その当事者のひとりであるのだが。
「ヴェイン、おはよう!」
 その声の主がぱたぱたと自分に向かって駆けてくる。視界に入るその姿がタキシード風の純白、ということは、どうやら今日はセージのジョブでのひと仕事のようだ。
 きちっと着こなしている。それなのに、体の動きに合わせて揺れるうさぎの耳を模した飾りがアンバランスなような、それでいてこの少年を年相応に見せているようだと、ヴェインはこのジョブの服装についてそう考えている──あくまでも、ひとりの大人としては。
「そっち、頼んだからね。よろしく!」
 にこっと歯を見せる笑顔が朝日のように眩しいものだと、ヴェインは思わず一瞬出かかっていた言葉を唾ごと飲み込む。
 決して先の印象が建前というわけではない。ただもっと簡潔に述べるならばそれは飲み込んだ言葉そのものだった──可愛い。俺これ好き。

「おっおう、おはよう、グラン! ランちゃんも一緒だしちゃちゃっと片付けてくるから、任せとけって」
 ヴェインは努めていつも通りに返事をした、できた、と、そういうことにした。
 少し声が上擦ったような気がしないでもなかったが、グランが何も言わないのならば気付かれていないのだろう。


 この騎空団も気付けば結構な大所帯となっていたもので、いつからか依頼や買い出しにと何組かに編成して同時にこなすことが珍しいことではなくなっていた。そんなこんなでこの日のヴェインは、グランとは別行動で依頼に向かうことになっていたのだ。
 本音を言えば同行したかった。
 頼られたい、いざという時に自分が守ってやりたい。戦闘が必要ないのならば尚更で、少しでも近くにいたいとヴェインは思っている。
 しかしながら、グランはしっかりと自分で考え、時には近くの年長者のアドバイスを受け止めながら、その若さで団長としてきっちりと皆をまとめようとしている。そんなグランのことをヴェインはとても好ましく思っているものだから、その背中を見守ることもまた楽しみのひとつだと、前向きに受け入れている……つもりだ。

「朝ごはんちゃんと食べた?」
「ああ」
「武器は大丈夫? 歯溢れとかしてない?」
「おう! 毎日手入れしてんのグランも知ってるだろー?」
「そうだね……えーと、そうだ! 忘れ物ない? 昨日渡したメモ持ってる?」
「ああ! これだろ」
 ヴェインはポケットから折り畳んだ紙を取り出し、グランに見せる。文字の書かれた面まで開くと、グランはホッとしたように小さく息を吐いた。
「急に魔物が襲って来たりしたときは慌てちゃだめだよ……って、ヴェインは騎士団にいるからその辺は大丈夫だと思うけど……油断だけはしないで。あ、それと……ランスロットが一緒だからってあんまり迷惑掛けないようにね? それから僕の方の依頼もそんなに長くかからないと思うから……」
 




 *





「……って、さっき艇を出る前にグランに言われたんだけどさぁ……」
「お前は子供か」
 依頼へと向かう道すがら、ヴェインは同行しているランスロットにその朝のことを話していた。
「いや俺が子供っていうか、グランがたまに母親みたいなとこあるっていうかさ。でもなんかしっくり来るからさ、頼られたい! ……んだけど、俺もつい甘えたくなる、みたいな?」
「まぁ……確かにわからなくはないが……」
「だろー? やっぱランちゃんわかってるー!」
 何がわかってるー! だ。
 俺は一体何を聞かされているんだ。確かにわかるけれども。
 長い付き合いでこれが無自覚だろうとわかってしまうものだから、ランスロットは喉元まで上ってきた言葉になんとかブレーキを掛けた。そこまではいいものの、その表情が次第に曇っていることにヴェインは気付いていない。
「でもさ、この後グラン何て言ったと思う?」
「何……?」
 ──ランスロットはこの時、適当に返事をしてしまったことを後悔することになることをまだ知らない。







 * 







「えっと、依頼終わったら、買い出しに行きたいんだけど……ヴェインと一緒に行きたいんだけど……だめかな?」
 曰く母親のようにあれこれ言っていた勢いはどこへやら、次第に小さくなるボリュームに縮こまる両肩、俯いた分だけしゅんとしてしまったようなうさぎの耳。
 そして祈るように自分を見上げる瞳──ヴェインは自分の体が一気に熱くなるのを感じていた。どうにかなりそうだと、火照る顔をぴしゃりと強めに叩く。ちゃんと痛いので夢ではないのだとしたら、こんなに光栄なことはない。
「駄目なわけないだろ! だってデー」
「シッ! 声が大きい!」
 幼い子供を叱るような口調も、その小さな口元に当てられた白い指先も、この全てをこの後の自分に委ねるとグランは言っているのだ──その認識に二人の間に差異があるのはまた別の話だが。
「だから、僕も頑張るから。ヴェインも寄り道しないで帰ってきて」







 * 






 どうやら余韻に浸っているらしいランスロットの幼馴染は、あさっての方向を見つめたままニヤついている。
「俺は一体何を聞かされたんだ……」
「……ってわけだから、ランちゃん。一瞬で片付けよう。な!」
 振り向き様のいい笑顔は実にヴェインらしい。しかし、こんなにもイラつきを覚えたことはないものだと、ランスロットはヴェインとのこれまでと、今現在だらしない顔をしている当人に振り返る。
「よし。ではまずその腑抜けたお前から片付けようか」
「えっランちゃんなんで? 俺めちゃくちゃ気合入ってるんだけど!?」
「……お前だけだと思うなよ」
「何? ランちゃんタンマタンマ! 俺魔物じゃないって!」
              


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