みじかいの
グランサイファーは今日も今日とて騒がしい。
聖夜の準備が終わらないだの荷物が届かないだの騒いでいたのもつい数日前のこと、今日は新年を迎える準備なのだと、サンダルフォンも人手としてしっかり駆り出されている。
「サンダルフォン、あれ取って」
「何でもあれでわかると思うな全く……これか?」
やれやれと眉を寄せながらも、サンダルフォンは数ある掃除用具の中からグランが今行っている作業に最も適していると思われるひとつを手に取り、差し出した。
「そうこれこれ! ありがとう!」
そうなることがさも当たり前であるかのように、グランは屈託のない笑顔でそれを受け取ると、またいそいそと掃除を再開している。
具体性のない指示、それを理解した自分。
おそらく互いに、これらの事象に違和感を感じることもなく、こうして時が過ぎていく。
「団長〜! 台所終わったから手伝おっか?」
「団長さん! 買い出し終わったので甲板の方手伝ってきますね!」
そして、各々持ち場を終えた者たちは、また違う役割を能動的に探し始める。
「団長、俺はメインマストの方に行く」
「えっ、いいの?」
「構わない。飛べる俺が行くのが適役だろう」
「ありがとう、助かるよ!」
サンダルフォンもまた、自ら次の作業を申し出ていた。
果たしてこの自身の言動が、他の団員に釣られた結果なのか、サンダルフォン自身にもよくわかっていない。
ただ、それならそれでもいいと思えるようになったことが、こうしてグラン達と旅をするようになって得たものだと思っている。
与えられるものだけが使命ではない。
与えられるものだけが役割ではない。
自分が望むかどうか。
(……こんな大掃除ごときで実感するなど、ナンセンスだな)
メインマストの足場に立てば、目の前にはよく晴れた蒼い空が広がっていた。
サンダルフォンが守ると決めた景色は、今日も穏やかに、何事もなく存在している。
「あっサンダルフォン! 上終わった?」
「ああ」
羽根を仕舞いながらふわりと降りてくるサンダルフォンの着地に合わせ、グランは駆け寄った。
随分見慣れたものだが、グランはこの瞬間のサンダルフォンをとても綺麗だと思っている。
つま先が地面に触れる時、澄み切った水面に雫が落ちて波紋が広がるような──そんな風に見えると言えば、間違いなくお決まりの「ナンセンス」が飛んでくるのだろう。なので、それは言わないことにしている。
「もう他もほとんど終わったよ。これで気持ちよく新しい年を迎えられそうだ」
「俺にはまだよくわからないが……まぁ、君がそう言うならそうなのだろう」
「きっとサンダルフォンも、そのうちわかるようになるさ」
こうして甲板を二人で歩きながら喋っているだけ、なのだが、何かおかしい。サンダルフォンがその違和感に気付くのにそう時間は掛からなかった。
「……で、何をそんなにきょろきょろしているんだ? 魔物や敵の気配はないはずだが」
と言ったものの、グランから感じる緊張感もその類のものではなさそうだ。
すると、グランは突然サンダルフォンの腕を引っ張りはじめたのだ。
「おい! どういうつもりなんだ!」
「いや、掃除で人がたくさん外に出てたから……見つからないようにと思って……」
「は……どういうことだ?」
「ちょっと……あっ、ここでいいかな。こっち来て」
そうして引きずられるように連れ込まれたのは食材を備蓄しておくための部屋のひとつで、しかもサンダルフォンの珈琲豆を置いている所だった。
「ならちょうどいいかな」
「だから何がしたいんだ!」
「はい」
バタンと部屋の扉と内鍵を閉めると、グランはサンダルフォンに向けて両腕を前に出した。
「…………」
「だから、はい! どうぞ!」
もう一度ぐっと自分の方に腕を突き出してくるグランに、サンダルフォンの戸惑いは増す一方だった。
するとしびれを切らしたグランの方が動いた。そのまま抱きつくように両腕をサンダルフォンの後頭部に回し、自分の胸の中で抱え込むように引き寄せたのだ。
「なっ……何なんだ急に? 突然ナンセンスだろう!」
「ぼっ僕だってこれで合ってるのかわかんないんだよ察してよ!」
察しろと言われても何を察しろと言うのだろうか。ただサンダルフォンにわかったのは、グランの心臓の音がやけに速いことと、その心音が普通ではないこと、けれども、間違いなく生きていることだった。
落ち着いてきたのはお互い様なのか、グランの鼓動も落ち着いていく。サンダルフォンもまた、味わったことのない心地よさに目を閉じていると、グランの華奢な指が自分の頭を撫でていることに気付いた。
「……団長?」
「サンダルフォン、今年も一年お疲れ様。君が無事でよかったし、一緒にいられて嬉しい」
(何なんだ、これは)
サンダルフォンは困惑した。
胸が温かくてどうしようもない。油断すれば涙が流れそうだ。
言われたこと全部、こちらの台詞だと思う。
無事でよかっただなんて俺に言う事じゃないだろう。
こんなにも温かい居場所でいてくれるグランに、礼を言うのはこちらの方だというのに。
サンダルフォンは堪らず、グランの胸の中から抜け出した。そしてグランを閉じ込めるようにぎゅっと抱き締める。
「あれ、結局こうなるのか。たまには僕からって思ったのになぁ」
腕の中でケラケラと笑うグランをより一層強い力で抱き締める。華奢なのは指だけではないことも知っているから、力加減をしているつもりだが、上手くできている自信はない。
「ちょ……ふふっ。苦しいよ、サンダルフォン」
そう言いながらグランの方も、サンダルフォンの背中に回した腕に力を込める。やわじゃないのはお互い様だ。
明日、明後日、その先もずっと、共に在りたいと願う。
ひとりではないのだと心から信じられる。
「来年もよろしくね」
「ああ……よろしく頼む。団長」
聖夜の準備が終わらないだの荷物が届かないだの騒いでいたのもつい数日前のこと、今日は新年を迎える準備なのだと、サンダルフォンも人手としてしっかり駆り出されている。
「サンダルフォン、あれ取って」
「何でもあれでわかると思うな全く……これか?」
やれやれと眉を寄せながらも、サンダルフォンは数ある掃除用具の中からグランが今行っている作業に最も適していると思われるひとつを手に取り、差し出した。
「そうこれこれ! ありがとう!」
そうなることがさも当たり前であるかのように、グランは屈託のない笑顔でそれを受け取ると、またいそいそと掃除を再開している。
具体性のない指示、それを理解した自分。
おそらく互いに、これらの事象に違和感を感じることもなく、こうして時が過ぎていく。
「団長〜! 台所終わったから手伝おっか?」
「団長さん! 買い出し終わったので甲板の方手伝ってきますね!」
そして、各々持ち場を終えた者たちは、また違う役割を能動的に探し始める。
「団長、俺はメインマストの方に行く」
「えっ、いいの?」
「構わない。飛べる俺が行くのが適役だろう」
「ありがとう、助かるよ!」
サンダルフォンもまた、自ら次の作業を申し出ていた。
果たしてこの自身の言動が、他の団員に釣られた結果なのか、サンダルフォン自身にもよくわかっていない。
ただ、それならそれでもいいと思えるようになったことが、こうしてグラン達と旅をするようになって得たものだと思っている。
与えられるものだけが使命ではない。
与えられるものだけが役割ではない。
自分が望むかどうか。
(……こんな大掃除ごときで実感するなど、ナンセンスだな)
メインマストの足場に立てば、目の前にはよく晴れた蒼い空が広がっていた。
サンダルフォンが守ると決めた景色は、今日も穏やかに、何事もなく存在している。
「あっサンダルフォン! 上終わった?」
「ああ」
羽根を仕舞いながらふわりと降りてくるサンダルフォンの着地に合わせ、グランは駆け寄った。
随分見慣れたものだが、グランはこの瞬間のサンダルフォンをとても綺麗だと思っている。
つま先が地面に触れる時、澄み切った水面に雫が落ちて波紋が広がるような──そんな風に見えると言えば、間違いなくお決まりの「ナンセンス」が飛んでくるのだろう。なので、それは言わないことにしている。
「もう他もほとんど終わったよ。これで気持ちよく新しい年を迎えられそうだ」
「俺にはまだよくわからないが……まぁ、君がそう言うならそうなのだろう」
「きっとサンダルフォンも、そのうちわかるようになるさ」
こうして甲板を二人で歩きながら喋っているだけ、なのだが、何かおかしい。サンダルフォンがその違和感に気付くのにそう時間は掛からなかった。
「……で、何をそんなにきょろきょろしているんだ? 魔物や敵の気配はないはずだが」
と言ったものの、グランから感じる緊張感もその類のものではなさそうだ。
すると、グランは突然サンダルフォンの腕を引っ張りはじめたのだ。
「おい! どういうつもりなんだ!」
「いや、掃除で人がたくさん外に出てたから……見つからないようにと思って……」
「は……どういうことだ?」
「ちょっと……あっ、ここでいいかな。こっち来て」
そうして引きずられるように連れ込まれたのは食材を備蓄しておくための部屋のひとつで、しかもサンダルフォンの珈琲豆を置いている所だった。
「ならちょうどいいかな」
「だから何がしたいんだ!」
「はい」
バタンと部屋の扉と内鍵を閉めると、グランはサンダルフォンに向けて両腕を前に出した。
「…………」
「だから、はい! どうぞ!」
もう一度ぐっと自分の方に腕を突き出してくるグランに、サンダルフォンの戸惑いは増す一方だった。
するとしびれを切らしたグランの方が動いた。そのまま抱きつくように両腕をサンダルフォンの後頭部に回し、自分の胸の中で抱え込むように引き寄せたのだ。
「なっ……何なんだ急に? 突然ナンセンスだろう!」
「ぼっ僕だってこれで合ってるのかわかんないんだよ察してよ!」
察しろと言われても何を察しろと言うのだろうか。ただサンダルフォンにわかったのは、グランの心臓の音がやけに速いことと、その心音が普通ではないこと、けれども、間違いなく生きていることだった。
落ち着いてきたのはお互い様なのか、グランの鼓動も落ち着いていく。サンダルフォンもまた、味わったことのない心地よさに目を閉じていると、グランの華奢な指が自分の頭を撫でていることに気付いた。
「……団長?」
「サンダルフォン、今年も一年お疲れ様。君が無事でよかったし、一緒にいられて嬉しい」
(何なんだ、これは)
サンダルフォンは困惑した。
胸が温かくてどうしようもない。油断すれば涙が流れそうだ。
言われたこと全部、こちらの台詞だと思う。
無事でよかっただなんて俺に言う事じゃないだろう。
こんなにも温かい居場所でいてくれるグランに、礼を言うのはこちらの方だというのに。
サンダルフォンは堪らず、グランの胸の中から抜け出した。そしてグランを閉じ込めるようにぎゅっと抱き締める。
「あれ、結局こうなるのか。たまには僕からって思ったのになぁ」
腕の中でケラケラと笑うグランをより一層強い力で抱き締める。華奢なのは指だけではないことも知っているから、力加減をしているつもりだが、上手くできている自信はない。
「ちょ……ふふっ。苦しいよ、サンダルフォン」
そう言いながらグランの方も、サンダルフォンの背中に回した腕に力を込める。やわじゃないのはお互い様だ。
明日、明後日、その先もずっと、共に在りたいと願う。
ひとりではないのだと心から信じられる。
「来年もよろしくね」
「ああ……よろしく頼む。団長」