みじかいの

 風を切る音、羽根の軋む音、動力の音。

 騎空艇であることは同じなのに、聞こえてくる全てがグランサイファーとは違う。
 グランが諸用で乗り合いの騎空艇を利用する機会は少なくないが、そんなことを感じるたのは初めてだった。

「こんなに空いてることってあるんだ」
「そうなのか?」
「うん。いつもはもっと人がいるし、何なら混んでる」
 乗っている客はグランと、付添いを申し出たサンダルフォンの二人だけ。


「空の民の生活が見てみたいって言ってわざわざ乗ったのに、これじゃああんまり意味がないね」

 羽根を持つ天司であるサンダルフォンにとっては、歩くことと変わらないような距離だった。
 ただ、荷物の関係と、飲んだことのない珈琲豆を取り扱う問屋があること。
 そしてグランが言った通り、天司長代理としての興味から、こうして交通機関としての騎空艇を初めて利用しているわけだが──そういった意味では、あまりいい収穫とは言えないものだった。
「次はもっと混んでたらいいなぁ……いや、嫌だけど。せっかくならサンダルフォンには一度はそっちを味わってもらいたいかなって」
「何なんだそれは」
「ふふ、次までおあずけだ」
 そう楽しそうに話すグランの横顔に、窓から差込む夕陽のオレンジ色が溶けていった。
(ああ……)

 こんなに美しいものが、こんなに近くに存在している。
 それをこうして独り占めしていられるならば、このままでも──

「……、次は〜……島〜、お降りのお客様は〜……」
「あ、もう着くね」

 時とは無情なものである。
 この閉じられた空間にも、終わりが訪れようとしていた。
「グラン」
「なに……っ……」
 グランが立ち上がろうとした一瞬、本当に唇が触れただけ。
「サンダルフォン! ここどこだと」
「俺と君以外誰もいないのだろう?」
「そうだけど……!」
 驚きや怒り、動揺、羞恥心だとか、いろいろな感情が、グランの体温を一気に上げていく。
 その結果軽いパニックのような状態で、グランは小さく口走った。

「僕だって、ちょっと浮かれてたんだ……あっ」
「ほう……」
 
 とっさに口を抑えた時にはもう遅かった。
 恐ろしく整った顔が目の前に迫り、愉しそうな悪い顔をしている。これはもう逃げられないと、グランはぎゅっと目を瞑った……のだが。
「……降りるぞ。着いたようだ」
「あっ? えっ?」
 グランが窓の向こうに目をやると、確かに発着場と次の乗客の姿が見える。
 早く降りなきゃ、いやそうじゃなくてさっきの! と、慌てるグランの手首を、サンダルフォンが掴んでいた。
「さっさと場所を変えるぞ」
「へっ?」
「そんな物欲しそうな顔をしている君を他人には見せられない」
「なっ……!」


「それまではおあずけ、だな」


 
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