みじかいの
「我にチョコレートを届けるためだけにこのウェールズを訪れたというのか?」
そう聞かれればそうなのだが、便りもなく突然訪れたのはよくなかったかもしれない。
折角のバレンタインだ。驚かせたかった気持ちも勿論あった。その時、自分を見たアグロヴァルの表情は滅多に見られたものではないと、グランは振り返る。
しかも国の新たな施策を講じている最中だったと言う。
「あの、そんな大変な時に……すみません」
浮かれていた。
アグロヴァルに、などと思いながら、もしかしたらただ自分が楽しみたかっただけなんじゃないか?
そう考え始めると、まるで夢から覚めた瞬間のように、背筋が冷たくなっていった。表情を曇らせ、強ばる肩は震えている。
当のグラン自身は、無意識にそうなっていることに気付いていない。しかし、単純な人生経験の差なのか、王の慧眼なのか──それを察したアグロヴァルの目元がふっと緩む。
「気にするでない、丁度一段落したところだ。どうだ? 我の休息に付き合わぬか?」
自分に語りかける声に、表情に、グランの心臓がきゅっと軋む。
おそらく全部バレていて、その上でこんなに気を割いてくれるだなんて。
プレゼント渡しに来たのに、逆にもらってしまった気分だった。
当然、アグロヴァルからの誘いの答えは「はい」の二つ返事だった。
恐れ多くも、現ウェールズ国王の私室に連れられて来たことは、縁あって今回が初めてではない。
互いに鎧や防具を外し、テーブルの上にはアグロヴァルのために持ってきたチョコレートの箱を置いた。
問題は今座らせられている場所だ。
「あ、あの、すみません……」
「どうした?」
「いや! その……これ……」
恥ずかしいんですけど……と、アグロヴァルの膝の上に乗せられたグランは言葉通りの顔をしていた。
端的に言えば、抱っこの姿勢である。椅子に座ったアグロヴァルに正面から抱きつくような状態で、グランはいたたまれない思いをしていた。
「よいではないか。我はこうして疲れを癒やしているところだ」
ぐりぐりと額を押し付ける様子はまるで猫のようだ。仮に猫だとして、こんなに美しく気位の高い猫がいてはたまったものではないが。
「えっと……甘えてもらってる、と思っても、いいんです、よね……?」
ちらりと見下ろすと、顔を上げたアグロヴァルの唇が軽く触れた。
(かっ……こいい……スマートすぎる……!)
あまりにも自然な流れに、グランは思わず天を仰いだ。豪華なシャンデリアの眩しさに目を閉じていると、一瞬の感触が全身に染み渡っていくような気がした。
「もっと自覚をしろ」
「……はい」
グランは嬉しさでどうにかなりそうだと思った。そういえば、さっきまでの不安も吹き飛んでしまった。
他でもないこの人に自惚れることを許されているだなんて、なんて幸せ者なんだろう。
何より、バレンタインに託けた久しぶりの逢瀬でもあるのだ。言いたいことや伝えたい気持ちを形にした机上のそれに、グランは手を伸ばした。
「よかったらチョコレート、食べませんか?」
箱を空けると、二人の間に甘い香りが広がる。アグロヴァルに見えるように差し出したのは、九分割された箱にきれいに並べられたトリュフチョコレートだった。
「ふむ……ではグランよ、お前が食べさせてくれ」
「はい……はい?」
その展開は予想していなかったと、グランの声が上擦る。当然手の届く範囲にフォークなどもなく、アグロヴァルが何を示唆しているのかわかってしまったものだから、消えかけていた羞恥心が一気に息を吹き返した。
「よもや、我の頼みを断る気ではあるまいな?」
「今王様出してくるのはずるいですよ……」
グランはすぅ、とひと呼吸置いてから、指先でチョコレートを一粒持ち上げた。まぶしたココアパウダーが体温でもう溶け始めている。
「じゃあ……どうぞ」
さっきキスをされたのと同じような動作で、アグロヴァルの唇が近付いてくる。それは一瞬でアグロヴァルの口の中に吸い込まれていったが、その際に触れた歯や舌先の感触に、グランの肩がぴくりと震える。
「美味いな……ん? どうした?」
「いや、その……」
「……ああ、指先にチョコレートが付いているな」
「だから……っ、ん……!」
アグロヴァルが自分の指先を舐る目的がチョコレートではないことに、流石のグランでも気付いていた。ちゅう、と吸い付き、水かきのあたりを穿るように刺激する舌の動きは、もう戯れの範囲を明確に超えている。
「あ、あのっ、疲れてるって」
「ああ。しかし糖分も摂取したからな」
グランを映すアグロヴァルの氷のような瞳の奥には、ちりちりと炎が燻っていた。
それを期待してここに来ていないと言えば嘘になる。
それでもいざそうなると、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「チョコレート! まだあります! 溶けてしまうから」
「ハッ! グランよ、往生際が悪いぞ。それとも……どうしても我から言わせたいのか? クク……見かけによらずなかなか悪い奴よ」
「我にお前を食わせろ、グラン」
そう聞かれればそうなのだが、便りもなく突然訪れたのはよくなかったかもしれない。
折角のバレンタインだ。驚かせたかった気持ちも勿論あった。その時、自分を見たアグロヴァルの表情は滅多に見られたものではないと、グランは振り返る。
しかも国の新たな施策を講じている最中だったと言う。
「あの、そんな大変な時に……すみません」
浮かれていた。
アグロヴァルに、などと思いながら、もしかしたらただ自分が楽しみたかっただけなんじゃないか?
そう考え始めると、まるで夢から覚めた瞬間のように、背筋が冷たくなっていった。表情を曇らせ、強ばる肩は震えている。
当のグラン自身は、無意識にそうなっていることに気付いていない。しかし、単純な人生経験の差なのか、王の慧眼なのか──それを察したアグロヴァルの目元がふっと緩む。
「気にするでない、丁度一段落したところだ。どうだ? 我の休息に付き合わぬか?」
自分に語りかける声に、表情に、グランの心臓がきゅっと軋む。
おそらく全部バレていて、その上でこんなに気を割いてくれるだなんて。
プレゼント渡しに来たのに、逆にもらってしまった気分だった。
当然、アグロヴァルからの誘いの答えは「はい」の二つ返事だった。
恐れ多くも、現ウェールズ国王の私室に連れられて来たことは、縁あって今回が初めてではない。
互いに鎧や防具を外し、テーブルの上にはアグロヴァルのために持ってきたチョコレートの箱を置いた。
問題は今座らせられている場所だ。
「あ、あの、すみません……」
「どうした?」
「いや! その……これ……」
恥ずかしいんですけど……と、アグロヴァルの膝の上に乗せられたグランは言葉通りの顔をしていた。
端的に言えば、抱っこの姿勢である。椅子に座ったアグロヴァルに正面から抱きつくような状態で、グランはいたたまれない思いをしていた。
「よいではないか。我はこうして疲れを癒やしているところだ」
ぐりぐりと額を押し付ける様子はまるで猫のようだ。仮に猫だとして、こんなに美しく気位の高い猫がいてはたまったものではないが。
「えっと……甘えてもらってる、と思っても、いいんです、よね……?」
ちらりと見下ろすと、顔を上げたアグロヴァルの唇が軽く触れた。
(かっ……こいい……スマートすぎる……!)
あまりにも自然な流れに、グランは思わず天を仰いだ。豪華なシャンデリアの眩しさに目を閉じていると、一瞬の感触が全身に染み渡っていくような気がした。
「もっと自覚をしろ」
「……はい」
グランは嬉しさでどうにかなりそうだと思った。そういえば、さっきまでの不安も吹き飛んでしまった。
他でもないこの人に自惚れることを許されているだなんて、なんて幸せ者なんだろう。
何より、バレンタインに託けた久しぶりの逢瀬でもあるのだ。言いたいことや伝えたい気持ちを形にした机上のそれに、グランは手を伸ばした。
「よかったらチョコレート、食べませんか?」
箱を空けると、二人の間に甘い香りが広がる。アグロヴァルに見えるように差し出したのは、九分割された箱にきれいに並べられたトリュフチョコレートだった。
「ふむ……ではグランよ、お前が食べさせてくれ」
「はい……はい?」
その展開は予想していなかったと、グランの声が上擦る。当然手の届く範囲にフォークなどもなく、アグロヴァルが何を示唆しているのかわかってしまったものだから、消えかけていた羞恥心が一気に息を吹き返した。
「よもや、我の頼みを断る気ではあるまいな?」
「今王様出してくるのはずるいですよ……」
グランはすぅ、とひと呼吸置いてから、指先でチョコレートを一粒持ち上げた。まぶしたココアパウダーが体温でもう溶け始めている。
「じゃあ……どうぞ」
さっきキスをされたのと同じような動作で、アグロヴァルの唇が近付いてくる。それは一瞬でアグロヴァルの口の中に吸い込まれていったが、その際に触れた歯や舌先の感触に、グランの肩がぴくりと震える。
「美味いな……ん? どうした?」
「いや、その……」
「……ああ、指先にチョコレートが付いているな」
「だから……っ、ん……!」
アグロヴァルが自分の指先を舐る目的がチョコレートではないことに、流石のグランでも気付いていた。ちゅう、と吸い付き、水かきのあたりを穿るように刺激する舌の動きは、もう戯れの範囲を明確に超えている。
「あ、あのっ、疲れてるって」
「ああ。しかし糖分も摂取したからな」
グランを映すアグロヴァルの氷のような瞳の奥には、ちりちりと炎が燻っていた。
それを期待してここに来ていないと言えば嘘になる。
それでもいざそうなると、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「チョコレート! まだあります! 溶けてしまうから」
「ハッ! グランよ、往生際が悪いぞ。それとも……どうしても我から言わせたいのか? クク……見かけによらずなかなか悪い奴よ」
「我にお前を食わせろ、グラン」