みじかいの

 二月、この時期のグランサイファーの炊事場と食糧庫は、いつにも増した慌ただしさを見せる。
 朝昼晩の食事の時を除き、普段はあまりそこに入らない団員の出入りが増える。そして特定の材料の持ち込みが増える一方で減るスピードも上がり、その空間は甘い香りで包まれるのだ。

 その日も食糧庫に向かう二人の団員の姿があった。一人は普段から乗船時は食事番を務め、もう一人は艇の一室に専用のカフェを構えている。つまり、どちらもその場所にいることは何ら珍しいことではない。
「あ!」
「君は……」
 しかし今では大所帯となり、人の出入りも激しいグランサイファーである。この二人が鉢合わせをするのはこれが初めてのことだった。


「君が……ヴェインか?」
「えーっと……サンダルフォン、だよな?」
 互いに船内ですれ違う程度の面識はあるが、認識程度のものだ。
 しかし、二人には二つの共通の話題がある。

 ルシファーやベリアル達との空の命運を賭けた戦いでは、ファータグランデ空域各国の騎士団が連合軍としてサンダルフォンや四大天司達と力を合わせた。ヴェインの所属するフェードラッへ騎士団も例外ではなく、団長のランスロットは他の騎士団の団長達と前線で剣を振るい、サンダルフォン達の進む道を切り開いた。

 一つ目について口を開いたのはサンダルフォンの方からだった。
「……ランスロットから聞いた。先の大きな戦いでは、地上で民間人の救出や保護に尽力してくれたと。天司長代理として礼を言わせてくれ」
 頭を下げたサンダルフォンにヴェインはうぉ!? と驚きの声を上げ、すぐにやめてくれといつもの調子で声を掛けた。
「俺はランちゃんのサポートすんのが仕事だからな! それに困ったときはお互い様って言うだろ? 気にすんな!」
 口角を上げニカッと豪快に笑うその笑顔は、どこかウリエルを彷彿とさせる。サンダルフォンはヴェインに対してそんな印象を受けた。

「でもあんたが一番大変だっただろ? あと団、ちょ……」
「…………」
 ヴェインが言い淀んだ「団長」が誰のことを指すのか、サンダルフォンにも心当たりがあった。これが二つ目だ。


(サンダルフォンの淹れてくれる珈琲がすごくおいしいんだよ!)
(ヴェインの淹れてくれる紅茶がすごくおいしいんだ!)


 二人の頭の中で、一人の少年の屈託のない笑顔から放たれる聞き捨てならない発言がリフレインしていた。

 何を隠そうこの二人、この騎空団の団長である少年、グランに想いを寄せている。
 そして同じ考えの者が他にもいることにも気付いており──好意の種類は様々だとしてとにかく、この少年を中心にこれだけの人間や人ならざる者まで集っているのが何よりの答えなのだ。
 そんな中、彼等にとって特技で気を引くのは正攻法と言えるだろう。胃袋を掴む、という言葉もあるくらいだ。
 その矢先に放たれた他の男の名前だったのだ。しかもよく知らないときたものだから、余計に気になる存在だったのだ。


 互いの間に流れる空気の気まずさは、互いに気付いている。口火を切ったのは話す途中で止まっていたヴェインからだった。
「そ、そうだ! 団長から聞いたぜ? カフェで珈琲淹れてるって。美味いんだって? 今度俺にも飲ませてくれよな」
「あ、ああ! 俺も団長から聞いた。君の淹れる紅茶は絶品で、菓子を焼くのも得意らしいな。良ければ勉強させてほしいものだ」
「おう! 俺で良けりゃいつでもいいぜ!」
「…………」
「…………」
 勢いで話し始めたものの、勢いしかないので息切れも早い。少なくとも悪い人間ではないことは理解したが、それとこれとは話が別だ。

「紅茶もだけど団長は特に俺の作るかぼちゃパイが好きでさ、出してやるとすげー喜ぶんだ」
「ほう……ああ、そうだ。団長は俺が調節するミルクの量が一番でもう自分でもよくわからないと言っていたな」
「…………」
「…………」

(だから何だって話だよなぁ……)
(クソ、俺は何を話している……ナンセンスだ……)

 自然と始まったマウントの取り合いも空しく感じるのは、互いにグランとの確かな何かを持つ自信はないから──そう、それを掴むのがこれからだ。

「……んで? もしかしなくても、バレンタインの準備とか?」
「……ああ」
 サンダルフォンは、君もか? とは敢えて聞かなかった。わかりきったことだ。

「幸運を祈る」
 譲る気はないが、そう告げた言葉に嘘偽りの感情はない。
「……あんたもな」
 答えたヴェインも同じ感情だった。

 寧ろ、グランがわざわざ名前を出して称賛しているのだ、純粋に興味も湧いてくる。




「あ、空いてる。サンダルフォーン、珈琲……ん? あれ?」
 後日、カフェ・ミレニアを訪れたグランは、カウンターに座る人物を二度見した。
「よぉーグラン!」
「ヴェイン! 珍しいね! こんなところで会うなんて」
「おい、こんなところとは失礼だろう、ナンセンスだ」
 グランはヴェインの隣の席に座り、サンダルフォンとヴェインの顔を何度も見た。
「……えーどうしたの? 急に仲良くなったの? 何かあった?」
 不思議そうなグランの様子に、思わずヴェインとサンダルフォンは顔を見合わせる。
 仲がいい、かどうかはわからないが、どうしてこうなったかと聞かれれば、その理由は他でもないと言うのに。

「まぁ……そうだな。作戦会議、といったところか」
「そういうことだ!」
「何? 僕にも教えてよ」


「「……秘密」」

 
 
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