みじかいの

 イデルバ王国の城下町、中でも飲食店が多く立ち並ぶエリアの一角に、長蛇の列で一際目立つ店が誕生していた。
 若い女性の姿が多く見られるが、客層に老若男女はあまり関係ないらしい。
 そんな彼らの視線は、目当ての物を抱えて店を後にする先客の手元に釘付けだ。

「あれがそうなの?」
「ああ。ちょっとストローが太いだろ? これで吸って飲むんだよ」
「へぇ……」
 その列で順番を待つグランもそのひとりだ。
 そして、ファータグランデ空域からの来訪者である彼をこの場に誘ったのは、イデルバ王国の将軍を務めるカインだった。

「ミルクティーはわかるけど、タピオカ? は、初めて聞いたなぁ」
「まぁ、流行り始めたのはイデルバでも最近だよ。ファータグランデにはないんだろう?」
「うん」
「ならよかった」
 カインは促すようにグランの肩を抱き、列の前進でできた目の前のスペースに大きく一歩足を踏み出した。
「言ったろ? 団長を連れていきたいところがたくさんあるって」
「もちろん覚えてるよ! ありがとう、カイン」
 屈託のない笑顔を向けられ、カインは小さく拳を握り締める。おそらく、グランにとっては当たり前で無意識のこの表情が、自分だけに向けられることは、なかなか貴重な瞬間だと認識している。
 何と言うか、たまらなくなる。
 その理由も自覚しているからこそ、こうしてグランと二人きりで出掛けることを提案し──目指すゴールため、イデルバが誇る知将はフォローを怠らない。
「て言うか誘っておいて今更だけど、退屈してないか?」
「全然」
 そう言うと思った、という言葉はぐっと飲み込んだ。それを見越して、安心したいのはこちらの方だなんて、口が避けても言えない。

「カインと一緒だから、退屈なんてしないよ」

 さらにこんな爆弾まで投げ付けてくるものだから、カインは思わず天を仰いだ。
「えっ、何? どうかした?」
「いや~……もしかして、わざとやってないよな?」
「わざと? 何が?」
 途端におろおろし始めたグランの姿はあまりにも年相応で、今度は可笑しくなってくる。
 退屈しないのもこちらの方だと、カインは照れ隠しのようにグランの頭をわしゃわしゃと撫でた──これくらいは自分のキャラクターの範囲内で許されるだろう。
「も~……今度は何?」
「何となく? ……おっ団長、お待ちかねの順番だ」
 いらっしゃいませ! と、店員が愛想よく声を掛ける。そうしていよいよ二人は目的の物を手に入れたのだ。



 近くの公園に移動した二人はベンチに座り、早速タピオカミルクティーと対峙していた。
「へぇ……甘くてもちもちしてる。不思議な食感だね」
「暑い気候の土地で採れるイモが原料らしいぞ。栽培もそんなに難しくないんだと」
「そうなんだ。じゃあファータグランデでも作れるのかな……」
「イデルバではあの店以外にも次々に出店予定があるって聞いてる。そっちで流行るのも時間の問題かもしれないぜ?」
「いや……それはどうかな……」
 空図の欠片とグランサイファーのある自分達は、比較的自由に空域を行き来することができる。しかし民間ではそう簡単にいかないだろう。
「どうだろうな。商人のネットワークは俺達の常識を越えるからなー。もうシェロカルテ殿辺りは掴んでるんじゃないか?」
「あー……それはあるかも」
 ふと頭の中によく知る間延びした声が響き、グランは思わず笑ってしまった。
「な?」
「だね!」

 同じことを考え、同じものを口にして、同じように笑い合う。それを二人きりで。
 カインには満たされている手応えがあった。しかしまだ足りないと思ってしまうことには、やはり理由がある。

「ローアインに頼めば作ってくれるかな。ミルクティーはヴェインが美味しいのを淹れてくれそう。あとメニューにカフェオレとかあったよね? サンダルフォンにも声を掛けてみようかな……」

 グランの口から次々と出てくる名前に、カインの頬が引きつっていく。
 グランに悪気がないことはわかっている。
 それ以前に、これを面白くないと思える立場も手に入れているわけではない。それが余計に面白くない。
 そこから抜け出すための今日だというのに、間違いなく上手くいっているのに、肝心の取っ掛かりが見付けられず、勝手に嫉妬しているなんて。

「……情けないな、俺」
「何で?」
 何でもない、と答えれば、グランは首を傾げたものの、再びタピオカミルクティーをすすり始めた。
 ずずず、と、グランの手の中にあるカップの中身が見る見るが減っていき、最後の一粒を吸い上げる。
 ちゅぽんっ、と音を立てるのと同時にストローから離れる唇に、カインの目が釘付けになる。

(あー……口かわいいな。キスしたい)

 なんて、いつか言える立場になれるのだろうか──いや、いつかはきっと、必ず。
 そんな思いと共に、カインは一気に残りのタピオカミルクティーを飲み干した。

 
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