みじかいの
時刻は夕暮れ時──アウギュステの海のコバルトブルーがオレンジ色に染まる頃ともなると、バカンスを楽しむ観光客の数も随分と疎らになってくる。
ひとり、またひとりと、海から砂浜に戻る人の中でも、その男の美しさは一際目を引いていた。
「おーい! パーシヴァルー!」
名前を呼ばれた男が声の主を見つけるのは早かった。大きく手を振る姿は逆光でシルエットになってしまっていたが、男にとっては些細なことだった。
一歩、また一歩と近付くごとに、サンバイザーの下の笑顔が眩しくなっていく。
「グラン」
男は声の主の前で立ち止まると、その端正な顔を少しだけ緩め、微笑みかける。
そしてその表情のままに、自分を迎えに来た少年の名前を呼んだ。
「泳いできたの?」
「ああ、当然だが日中は人も多い。それに海の家の手伝いや依頼もあるからな」
「ご面倒をお掛けシマス……」
パーシヴァルとしては嫌味でも文のつもりでもなかったが、グランにとっては団長という立場上、どこか響く部分があったのかもしれない。片言になっていった語尾にパーシヴァルはそれを察すると、グランの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「気にするな、そういう意味ではない」
「ならいいんだけど……」
グランは基本的に他人に合わせて行動を起こすタイプだ。故の周囲に対する気遣いや思いやりは、パーシヴァルがグランを気に入っているところのひとつではあるのだが、時折度が過ぎることがある。今もまさにそうだった。
だからこんな時パーシヴァルは、言い訳を用意してやることにしている。
「ならば、今埋め合わせをしろ」
「え?」
パーシヴァルはその場で腰を下ろし、グランの腕を引いた。
「見ろ、もうすぐ日が沈む。座れ」
「……うん!」
二人は砂浜に並んで座り、沈む夕日を眺めていた。
「ここ何年か毎年見てるけど、綺麗だね」
「ああ」
「でもパーシヴァルが海で泳ぐの、ちょっと意外だったかな」
「何故そう思う?」
「うーん……何となく?」
「何だそれは……」
寄せては返す波の音の合間に、二人の他愛ない会話が溶けていく。
「ここは全空でも指折りのリゾート地だぞ。俺でもなかなか来られたものではなかった」
「へぇ、そうなんだ」
「それに、今年もお前達が体を張って取り返した景色だからな。堪能しなければ損だとは思わないか?」
パーシヴァルの言葉を受け、グランの脳内では海の家のアルバイトの忙しさで消えかけていたサメ退治の記憶が鮮明に蘇る。
そう言えばそうだった、と思ってしまうほどに、今見ている景色は何事もなく、ただただ美しい。
「……そっか。そうだね」
「謙遜することはない。胸を張れ」
パーシヴァルの強く温かい言葉をグランはぐっと噛み締める。
素直に嬉しくもあるが、パーシヴァルのこういうところがどうしても照れくさいもので。
「あっ……そうだ! タオル! はい!」
「ああ、ありがとう」
「っ……!」
グランはタオルを手渡すべく向かい合ったパーシヴァルの姿に、思わず息を飲んだ。
濡れた赤い髪が夕日と重なり、琥珀色の雫はその美しい顔をさらに輝かせているようにも見えた。
手の甲に滴り落ちる音がやけに煩く聞こえる。
受け取られる時に触れた手の大きさも知っているはずなのに、まるで初めてそうした時のような感覚になっていた。
「……ン、グラン!」
「……あっ」
「手を放せ」
「あ、ごめん……」
そんなグランの表情の変化に気付かないパーシヴァルではなかった。
「どうした? 惚れ直したか?」
「なっ……!?」
顔を真っ赤にして慌てふためくグランの姿に、パーシヴァルは声を上げて笑った。
何でもない、けれど特別な時に思う──この子を選んでよかったという実感が、パーシヴァルにはたまらなく愛しいのだ。