みじかいの


 グランは来る一撃に備え、改めて強く槍を握り締めた。
 そのプレッシャーは遥か上空にあっても変わらない。寧ろより強まった威圧感に、奥歯をグッと噛み締める。
「吹き荒れる炎に焼かれろ!!」
 向かってくる炎はまさに疾風怒濤、その声を認識するよりも速く、グランは息を整え、槍を天に掲げた。
「火尖槍!!」
「ッ……ファランクス!!」




「いやぁ、久し振りに楽しませてもらったよ」
「こちらこそ……でもちょっとやりすぎじゃないですか、これ……」
 手合わせを始めた時点では辺り一面に広がっていた枯れ草は、先程の衝撃で真っ黒に焦げている。
「君が相手なんだ。手加減をしている余裕などないさ」
 辺りを見回しながらナタクは笑い、だからここを選んだ、と付け加えた。
 しかし、グランからしてみれば、手合わせなどというレベルではなかった。一瞬死を覚悟するほどの緊張感だったというのに。
「メデューサ達も言ってましたけど、雰囲気が違いすぎて……」
 まさに鬼のような形相だったとグランは振り返る。こうして普通に話している時のナタクはこんなにも穏やかで、優しい印象を受けるばかりだというのに、不思議なものだ。
「それを言うなら君も同じだ」
 ナタクもまた、刃を交えていた時のグランを振り返っていた。

 以前メデューサ達と共に古戦場で出会った時は、その戦いぶりを眺めるに止まった。その時から非常に興味深い存在ではあったのだが、こうして偶然再会を果たした今、手合わせを提案して正解だったと、ナタクは実感する。
 渾身の一撃を真正面から受け止めようとした、力強く凛々しい瞳──思い出しただけでも武者震いがするようだった。

 しかし、今こうして言葉を交わしているのは、どこにでもいるような空の民の少年だ。そうでありながら、あのメデューサや今はバアルも身を寄せていると聞いた。
「……つくづく不思議だな、君は」
 特異点だとか、元素の共鳴、という言葉だけでは説明が付かない。きっとこれはこの少年が持っている引力のようなものなのだろう。
 そしてそれに引き寄せられたのは自分も例外ではないのだろうと、ナタクは徐にグランとの距離を詰めた。
「えっと……ナタクさん?」
 自分を見上げるグランの目は戸惑っているようだった。つまり、今は自分のことを考えている──そう結論付けてしまいたくなる程度には、ナタクの心は愉悦に震えていた。
 顎に手を掛け、ゆっくりと顔を近付ける。近付くほどに、腹の奥に、じり、と小さな炎が灯る。それはこの少年への興味や好奇心だとか、或いはもっと別の感情なのか──例えば、こうして唇と唇を重ねているような。

「なっ……え……?」
「親愛の情を示す時はこうするんだろう? 本で読んだ」
 唇を離すと、グランは顔を真っ赤にしてさらに戸惑っている。これもまた見たことのない表情だと、ナタクはほくそ笑む。
 もっと長く続けていれば、もっと深く求めていれば──考えれば考えるほど興味は尽きない。

 おそらく、それはこれから出会うどんな本にも書いていない。
 その答えをこの少年と紐解くのは、もう少し先の話だ。
 
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