そこそこ長いの

「……はい。ヒールも掛かっているようですし、これで一晩過ごせば痛みも引くでしょう」
 包帯を巻き終えたカトルはグランの足首から手を離した。
「ありがとう、カトル。すごいね、こんなこともできるんだ」
 どこか申し訳なさそうにしているグランの表情は逆光でよく見えなかったが、おそらくまた眉をへにゃりと下げて笑っているのだろう。


 つい先程まで依頼に出向いていた最中、魔物と戦っていた時の出来事だった。
 攻撃を避けようと無理な体勢から着地したグランは、案の定足を負傷した。とは言え深く傷を負って出血しただとかそういう類いの怪我ではない。グラン自身もその直後は違和感を感じる程度で、誰にも気付かれていないと思っていた。

「足、見せてください」
 だからグランサイファーの自室に戻ってすぐ、その依頼を共にしていたカトルが訪ねてくるとは思ってもみなかった。
「えっ? なんで?」
「知らばっくれんなさっさと座れっつってんだろうが!!」
(ええええ……?)
 グランは気圧されることはなかったが、ただただ困惑した。一体今のどこがスイッチだったのだろうか。さらにその剣幕と語気に合わせて肩を押され、自分から腰掛けるよりも先にベッドの際に座らされていた。
「僕が気付いていないとでも思ったんですか? 歩き方に違和感がありました。さっきの着地で軽く捻りでもしたんでしょう……違いますか?」
 図星だった。
「はい……違いません……」
「そんなことだろうと思いました。足、出してください。手当てします。あっ、これくらい大したことないから平気だとか思っているでしょう? そんなことはどうでもいいのでほら、早く」
 ここまで全てが正解で今考えていることまで見抜かれている。ここまで言われてはグランに反論の余地もなく、言われるがままに片足を差し出したのだった。



「少し固定しただけです。大したことはしていませんよ」
「でも僕の様子に気付いてたし、しかもこんな手当てもしてもらっちゃって」
「いや……」
 カトルは口ごもった。気付いていたのは連携とは関係ない部分でずっと団長さんのことを見ていたから、と言ってしまうのはやはり、憚られる。
 そして手当てと言っても、同じ十天衆のフュンフのように魔力で痛みを消すような治療行為ではない。
「……ずっと姉さんと二人だけで過ごしていましたからね。いつマフィアが襲ってくるかわからないような状況で僕がまともに動けないわけにはいきませんから……必要に迫られただけです」
「カトル……」
「ああ、すみません! そんなつもりではなかったんですが……」
 今となっては、よくも悪くも昔取った杵柄だとカトルは捉えている。手にした強さも生きる術も当時があったからこそだ。
 しかし今対峙している相手は、他人のことを自分のことのようにすぐに心配し、同調しようとする。その証拠が哀れむような声色と表情だ。これがいっそ偽物ならばこちらももっと楽だったかもしれない。しかしグランの言動は常に真っ直ぐなものだから、手強い。
 カトルにとってはそれが腹立たしくもあり、それ以上に惹かれる部分だった──それはもう、斬り刻みたくなるほど強烈に。

「……でも、こうして誰かのために役立てる日が来るとは夢にも思いませんでしたけどね」
 誰かのためと言ったものの、姉以外で自分からこんなことをしようと思えるのは、おそらく死ぬまでこの人間の他には現れないだろう。カトルはそう確信している。全く以て不思議な感情だと、カトルはその余韻のまま再びグランの足首をそっと掴んだ。
「……本当にあなたは他人に対して無防備ですね。僕がこれからこの足をあらぬ方向にねじ曲げる、とか思わないんですか?」
 カトルは想像する。仮にそうした時にグランはどんな顔で痛み悶え苦しみ、叫ぶのだろうか。
 やろうと思えばいくらでもできる。
 まさに今、自分が言った通りに力を込めるだけ、なのに。
「思わないよ。だってカトルはそんなことしない」
 グランの答えに迷いは一切なかった。彼はいつも自分に「信じている」と言う、その信頼がどこから来るのかカトルには理解できなかった。
 裏切られることが前提でこれまで生きてきたようなものだ。そしてこれからもそうであるべきだと思っている。
 グランの言葉はあまりにも無責任だ。なのにどうしようもなく信じたくなって、気が付けば毒気も抜けてしまう。
「……冗談ですよ。でなければ最初からへし折っています」
 カトルがそう言うと、またまた~、とグランは笑った。やはり笑っている方が彼らしいと思うのだが、そうするとまた別の衝動がカトルの中に生まれてくるのだ。
 それは常にカトルがグランに抱いている二律背反の感情とは違うベクトルで、きっともっと本能的なものだ。

「それでは、こういうのはいかがですか?」
 カトルはグランの足首に顔を寄せ、包帯越しにキスをする。それから何の躊躇もなくその足の親指にちゅう、と吸い付いた。
「カトルっ!? 何やって……って言うかそんなとこ汚な……っ!」
 グランの制止を気にも止めず、カトルは口内で親指の付け根から先端までじっとりと舐め上げる。じゅぷじゅぷと唾液を絡ませ、一本一本、濡らしていく。時折指の腹を甘噛みすると頭上で息を漏らしているのが聞こえる。そして指と指の間を舌先でちろちろと刺激してやれば、何かに耐えるようなくぐもった声を上げ始めた。
「カト、ルっ……や、だ……これっ……なんか、ヘン、に、な……ンっ!」
「フフっ……団長さん、もしかして感じてるんですか?」
「だって! カトル、がっ、変なこと、するか、らぁ……!」
「変って……こういうのですか?」
 カトルは舌を尖らせ、踵の端から中心をつー、とゆっくりなぞってやる。そして爪先までたどり着くと、一気にその指先にしゃぶり付いた。ちゅぷ、じゅるるっ……と態とらしく音を立てて吸い付きながら、尖らせたままの舌先で付け根を舐め上げてやると次第にグランの声が甘く艶を帯びてきた。
「や、ぁっ、ひぅっ……! か、とるっ……!」
 止めさせたいのかグランの手がカトルの頭に伸びる。力は入っていないが彼なりの精一杯の抵抗なのだろう。
(まぁ、そろそろか……)
 カトルは仕上げとばかりに小指から一本一本、ゆっくりと吸い上げていく。そして最後の親指からちゅう……と唇を離してやっても尚、荒い息遣いが止むことはない。
 見上げたグランの表情はカトルの劣情に火を点けるには充分すぎるほど蕩けていた。
 ああ、堪らない──何よりもこの表情が、この人に対する曖昧で止められない感情を全て満たしてくれるのだと、ここまで床に膝を付いていたカトルは煽られるようにグランの体をベッドに押し倒した。

「……前言撤回します、やはり足は治らないかもしれません」


 けれどそれも全ては僕に見付かった自業自得だと思って諦めて下さいね、団長さん。

 
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