みじかいの


「全く……空の民はつくづくおかしなことを考えるものだな」
 大きくため息を吐いたサンダルフォンは、壁に掛けられた暦に目を向けた。

 空の民は、何かにつけてその日過ごす一日に由縁を付けたがるものらしい。生き物や国が生まれた日や婚姻を結んだ日など、規模も個人的なほんの小さなものから空域レベルのものまで多種多様だ。

 そして迎えた今日この日は、「エイプリルフール」と呼ばれる日なのだと言う。

「嘘をついていい日などとはどういうことだ? 理解できん……ナンセンスだ」
「それ君が言うの?」
「ぐっ……」
 それを言うのはなしだろうと、サンダルフォンは顔をしかめて表情でグランに訴える。一方軽いジャブが決まったグランは、楽しそうにミルク入りの珈琲を啜っていた。もちろん、サンダルフォンが淹れたものだ。
「……大体、そんなことをせずに過ごしている人間などいないだろう」
「うーん、そうなんだけどさ。そりゃあ人を悲しませるような嘘はよくないと思うけど、一日くらいは楽しんでみてもいいんじゃない? ってことなんじゃないかなぁ」
「それは日頃戦闘で怪我をしていても大丈夫と言って誤魔化す君の話か?」
「ぶっ!? それは本当に大したことないから!」
 グランが珈琲を吹き出しかけた様子から、意趣返しは上手くいったようだと、サンダルフォンは満足げに口角を上げた。
「まぁ、そういうことだ。君が思っている以上に君のことを気にかけている奴は多い」
「……サンダルフォンも?」
 そう尋ねてサンダルフォンを見るグランの瞳は真っ直ぐだ。そしてあまりにも期待に満ち溢れているものだから、それならばと──サンダルフォンは答え始める。
「……ああ、そうだな」
「ほんとに?」
「ああ。俺は君のことをとても大事に想っているから心配にもなる。それに、誠実であるべきだという姿勢は他でもない、団長から学んだようなものだからな。俺は君も俺に対してそうであってほしいと」
「うわあああちょっと待って! 恥ずかしいからやめて!」
 サンダルフォンから怒濤のごとく浴びせかけられる言葉のシャワーに、グランの顔はどんどん赤くなっていった。
「もー……サンダルフォンってそんな冗談言うタイプだったっけ?」
「冗談?」
 その言葉にサンダルフォンのこめかみがぴくりと反応する。そして彼が指差すのは正面にしてグランの背後の壁、暦の隣には時計が掛けられている。
「確か、嘘をついていいのは午前中までだったな」
 時計の針の位置を見たグランは目を見開き、サンダルフォンと時計の間で何度も首を動かしている。
「ん? どうしたんだ? グラン」
「っ~~~! ずるいよ……」
 グランはその顔を隠すようにうつ伏せ、サンダルフォンはその頭をわしゃわしゃと撫で回した。 
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