みじかいの

 この艇の朝は賑やかだ。
 特に比較対象があるわけでもないが、そうであることには違いないとサンダルフォンは考えている。
 この様子を煩いと感じていたのも、今となっては昔のことだ。その「昔」という期間も、天司である自分が生きてきた年月からすれば、ほんの一瞬に過ぎない。
 しかしこの艇に乗ってから、時間の感覚が少し変化してきている。サンダルフォンはそう自覚していた。


「サンダルフォンさーん! おはようございます!」
「ああ、おはようルリア」
 食堂に顔を出したサンダルフォンに、まず声を掛けてきたのは蒼の少女ことルリアだった。
「おっ! おはようサンダルフォン!」
「おはよう」
 そして赤き竜ことビィ、続くようにして、見慣れた面々と挨拶を交わしていく。
 朝食の支度をする者、食べる者、鍛練に向かう者、珈琲を要求してくる者と様々だが、団員達と言葉を交わしていく中、サンダルフォンは違和感に気付いた。
(……いない)
 きょろきょろと辺りを見回してみても、それらしい人影は見当たらない。ならばとデッキに出てみても結果は同じだった。だとすればまだ寝ているのか、いや、そんなところは今まで見たことがないが……と、サンダルフォンは思索する。そしてその違和感の正体に気が付くのだ。

(……ああ、俺は落ち着かない、のか)
 そう言えばこの艇に来てから、彼の姿を見なかった日はなかったように思える。
(……いや、違うな)
 変わったのは自分の方だ。気付かなかったものに気付くようになっただけなのだ、おそらく。


「ああ、グランなら依頼に行ってるぜ?」
「こんな時間になのか?」
「はい。夜中から朝早くの時間帯じゃないと現れない魔物の討伐だってシェロさんから聞きました。なのでそろそろ帰ってくると思うんですけど……」
 結局気になり、ルリアとビィに尋ねることにした。そして返ってきたのはこんな答えで、これもまた今思えばそんなことだろうと言えることなのだが、その時は妙に安堵したことをサンダルフォンは覚えている。


 そして今、サンダルフォンは、自らの腕の中ですやすやと眠る少年の顔を眺めていた。
「本当に……嘘のようにだらしない寝顔だな」
 そうは言っているものの、声色の甘さが隠しきれていない──いや、もう隠す必要もなくなったのだ。

 もうすぐ朝が来る。

 
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