みじかいの

「ごめんランスロット! 遅くなった!」
 そう謝りながら、焦った様子で俺の部屋に入ってきたグランを迎えるのはもう何度目だろうか。
「依頼自体ははすぐ終わったんだけどシェロに捕まっちゃって……」
 それだってもう何度も聞いている。
 わかってるんだ。俺だって一緒に依頼に出れば、そういう場面に何度も遭遇してる。それに、その呼吸の荒さはパーカーから覗く鎖骨の動きからもわかってしまうほどだ。そんな着方になるくらい急いでくれたんだってこともわかってる。
 忙しい団長の仕事の合間にこうやって俺とふたりきりの時間を作ろうとしてくれてることだって感謝してる。グランも同じ気持ちでいてくれるんだなと思う。率直に嬉しい。
 だけどごめんな、グラン。
 俺はそれだけじゃ満足できないみたいなんだ。

「まぁ、それは仕方がないさ。疲れただろう? ほら、座るといい」
「うう……いつもごめんね……」
 別に謝ってほしいわけじゃない。だが、申し訳なさそうにしゅんとするグランの表情を見ていると、言い様のない満足感を覚える自分がいる。
 そして今日の俺は、どうにもそういう気分だったらしい。


「じゃあ、悪いと思ってるならグランの方からキスしてくれるか?」
「へっ?」
 俺からの申し出にグランは目を丸くしている。それはそうだろう。今までこんなことを言ったことはないのだから。
 でも今の俺はこれを冗談で済ます気にはならなかった。
「もう何回目だったか? グランが遅れて来るの」
「いや……だからそれは……」
「……すまない。今のは忘れてくれ」
 とまぁ、おそらく今の俺の顔は、捨てられた子犬のようにグランの目には映っているのだろう。大袈裟にしている自覚はあるが、残念ながら本心に変わりはない。
「……わ、わかった。から、目閉じて」
 そして真面目で困っている人を放っておけない性格のグランはやっぱり折れてくれるんだ。
「ん。こうか?」
 本当はその顔を見たいところだが、流石にここは俺も譲るところだろう。
 服の裾が握られて、布と布の擦れる音と共に温かい気配が近付いてくる。
 じれったい。
 こんなことをさせている時点で出来のいい大人ではないのだが、もう押し倒して早く全部暴いてやりたい凶暴な自分をグッと堪え──ああ、空気が変わった。もうすぐだ、と直感的に思った直後だった。


 ふに、と、唇に触れた柔らかさは間違いなく、グランからのキスだった。
「……これで、いい?」
 目を開けると、頬を真っ赤にして俺から視線をそらすグランの顔の近いこと。精一杯頑張ったのだろうことが伝わってくる。
 可愛い、愛おしい。


「ああ、ありがとう」
 そう言って額をこつんと合わせると、恥ずかしそうにふにゃりと微笑んでくれた──ああ、そんな顔をしないでほしい。
 全く足りていないのだと、気付かされてしまう。



 ずくん、と、重たくなる欲望のまま、俺から合わせた唇はもうキスなんてものじゃない。
 先を促せば背中にしがみつくその手を答えと受け取って、俺は心の中でごめん、と呟いた。
 ──それが何に対してなのかは、正直よくわかっていないけれど。
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