みじかいの

「さぁ、受け取るがよい」
 アグロヴァルから自分に差し出されたそれは、ホワイトデーのお返しだと言っていた。


 その大きな手のひらに包まれた臙脂色の小箱が、小気味いい音と共に目の前で開かれる。

(こういうの……どこかで見たことあるような気が……)

 グランが最初に抱いたのはそんな既視感だった。そのせいか、当事者でありながら、グランは他人事のような心境で向かい合っていた。
 中を覗いてみると、そこには大きな赤いハートがきらきらと輝いている。
「うわぁ……きれいだなぁ!」
 とても菓子には見えないそれに、グランは思わず感嘆の声を上げる。
 そしてその瞬間、グランの背中に電撃が走った。
「あっ」
 そう言えば、これは絵物語や舞台で何度も見た光景だ。あまりそういったことに経験も免疫もない自分でも知っている。

(これってまるで……ぷ、プロポー、ズ……!?)

 既視感の正体はこれだったのかと気付いたが最後、グランは一気にそれが今自分の身に起きようとしていることを自覚する。
(いやでもホワイトデーのお返しだって言ってたし? 大体アグロヴァルさんが僕なんかにそんなことするわけが……)
 受け取った輝きは余計にグランを混乱させ、それは実にわかりやすく表情となって表れている。
 そんなグランの様子を暫く静観していたアグロヴァルだったが、いよいよ堪えることをやめることにした。と言うよりも、堪えきれなかった。
「ハッハッハッ! グランよ、お前は本当に面白い奴よ!」
「えっ!? あっ……その……」
「そのような反応を見られたならば、我もこれを選んだ甲斐があったというものよ。それは隣国の菓子職人が作ったそうだ」
「菓子職人?」
「ああ、それは飴細工だ。商人達が躍起になっていたと言ったであろう?」
 グランが情報を整理すること数秒、まるで頭上に電球が点るようにして、グランは漸く状況を把握した──なんだ、そういうことだったのか。アグロヴァルさんは結構こういうことするの好きな人なのかな。などと、ともかくグランが安堵したのも一瞬で。
「求婚の儀のようであっただろう?」
「やっ? いや! そんなまさか!」
 危うくその小箱を落としかけるほどのグランの動揺ぶりに、アグロヴァルはまたくつくつと笑い始めた。
「もう……あんまりからかわないで下さいよ……」
「ククク……いや、すまない。こうもいい反応をしてくれるとはな……しかし、そうか」
 この無垢で初な反応が見られたことは大きな収穫だと、アグロヴァルはほくそ笑む。
 わざわざ呼んだ甲斐があったというものだ。

「……まぁ、どれだけ美しかろうが消え物には変わりないのだがな。我からの礼だ、心して味わうがいい。味も一級品だ」
 アグロヴァルは小箱を握るグランの手を自分の両手で力強く握り──そうするとすっぽりと隠れてしまうほどに、グランの手は小さかったのだと知る。

 そう、アグロヴァルはもっと知りたいのだ。
 この少年のことをもっと、もっと深く。
 
「ありがとうございます! でもなんだか食べるのがもったいないですけど……大事に食べます!」

 そう無邪気に笑う少年は、いずれその飴の意味を知る。そう遠くない未来の話だ。

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