みじかいの

「おーい! みんなお待たせー……って」
 ヴェインは白竜騎士団副団長としての事務仕事を終え、自分が担当している騎士団候補生、通称ひよこ班の鍛練に漸く合流したところだった。
 普段ならすぐに気付いて副団長と呼びながら大きく手を振ってくれるところなのだが、今日は反応がない。よく見てみればアーサーとモルドレッドは誰かと模擬戦をしているようだった。
 誰か、とは言え、ヴェインがその人物に気付くのにそう時間は掛からなかった。背格好や着ている服の色、二人がかりでも全く怯む様子のない剣筋に、自然とヴェインの口角が緩む。
「ヴェイン、どうしてそんなところで止まっているんだ?」
「いや、ランちゃんあれ」
 そこに同じく団長の仕事を終えたランスロットが現れる。ヴェインが指差す先に視線を向け、ランスロットもまた表情を緩めた。


「ランスロットさーん! ヴェインさーん!」
 すると向こう側から駆け寄ってくるひとりの少女と小さな竜の姿があった。
「おー! ルリアにビィくんじゃないか!」
「二人とも……と言うか、団長もだが、どうしてここに?」
「たまたま通り掛かったらアーサーとモルドレッドの二人に声掛けられてよぅ」
「お二人が忙しくてなかなか稽古にいらっしゃらないので、グランが是非手合わせしてほしいってお願いされたんです!」
 やはりか、と二人は顔を見合わせた。大方そんなことだろうとは思っていたが、本当にその通りだったとは。
 歳が近いこともあるのだろう、出会ったばかりの入団試験の頃からグランに随分興味があるようだった。そして騎空団の手伝いもするようになってからはさらに懐いているようで、アーサーとモルドレッドにとってもグランから新しい刺激を受けることは大きな成長に繋がるだろう──そんな風に思いながら様子を微笑ましく見守っていたのだが。
「二人とも俺が俺がって聞かなくってよぅ」
「順番にって言ってもそれで言い合いを始めてしまうので、グランが二人一緒に相手をしているんです」
 ルリアとビィから聞くここまでの経緯に、ランスロットとヴェインの頬も綻ぶ。
「成る程な」
「わかるぞ~! 俺とやってる時もそんな感じだもんな」
「そうなんです! グラン、お二人からとっても大人気なんですよ!」
「ははっ! 稽古してない時でもあんな感じだもんな!」
「うんうん……ん?」
 進んでいくルリアとビィの会話に、何度も大きく頷いていたヴェインの動きが止まった。その違和感はランスロットも同様に感じたようで、顔は笑っているものの、何か引っ掛かっているようだった。
「……例えばどんな感じなんだ?」
「そうだなぁ。ハロウィンの時なんかグランにってすっげえ量のお菓子を集めてきてたよなぁ」
「あっあとグランから自分が先に!ってお菓子もらおうとしてるの見ました!」
「グランも多分弟ができたみたいで嬉しいんだと思うんだよな。何だかんだ言って楽しそうに相手してやってんだ」
「はい! グランサイファーに来てくれている時はよくお部屋にも遊びに行ってるみたいです」
(部屋……?)
(遊びに……?)
「そういやそうだな。それから……」
 ルリアとビィの話の内容は、どれもランスロットとヴェインの知らないエピソードばかりだった。そしてルリア達がそういえば、この間は、と言う度に、男達の表情が曇っていく。
 そして次のエピソードで二人の表情は凍り付いた。
「剣の稽古が終わったあとはよく三人でシャワー浴びてますよね」
(なっ……三人でシャワーだと!?)
(俺だってまだグランと風呂入ったことないぞ!?)
「そうだな! 外まで聞こえるくらい笑ってるかと思ったら急に静かになったりよぅ、何やってるんだろうな?」
「そうなんですか? でもいつも楽しそうでいいですよね!」
「まぁそうだな! オイラもアイツらと遊ぶのは楽しいぜ!」
 最早ランスロットとヴェインの耳にルリア達の笑い声は聞こえていなかった。これは由々しき事態だと険しい表情で目を見合わせ、互いに頷く。
「……なぁヴェイン。俺は式典の準備をやはり出来るだけ早く済ませようと思う」
「奇遇だなランちゃん。俺もおんなじこと考えてた」
 そして二人は揃って城に向かって歩き始めた。
「ってオイ! 二人とも稽古に来たんじゃなかったのかよ?」
「すまないビィくん。ひよこ班のみんなには謝っておいてくれ」
「ちょーっと片付ける仕事があったの忘れててさ。わりぃ!」
「はわわ……わかりました! やっぱり騎士団の団長さんと副団長さんともなると大変なんですね……!」
 そうして去っていく二人の姿をルリアとビィは見送った。
「オイラなんでそうなのかよくわかんねーけど、最後すんげえ迫力だったな?」
「私達、何かおかしなことでも言ったでしょうか……?」
 その向こうでは一戦を終えたグランに、アーサーとモルドレッドが再び再戦をと詰め寄っていたのだった。
「団長さん! まだまだ!」
「次は俺から相手してください!」
「もう~しょうがないなぁ。わかったからちょっと待ってってば!」



 後日グランサイファーがフェードラッヘを去る日、予定よりも早く騎空団に戻れることになったと息巻くランスロットとヴェインの姿があったとか。


 
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