みじかいの

 ビストロ・フェードラッヘでの一件も漸く落ち着きを見せていた。
 暫く経ったある日、グランはパーシヴァルと共に店の前に来ていた。店を覗けば店内では美味しそうに食事を楽しむ客で席は満席、ジャックや元から勤めている店員達も充実した表情で仕事をこなしている。
 自分達が手を引いた今どうなることかと懸念もあったての行動だったが、要らぬ心配だったようだ。
「よかった、うまくやってるみたい」
「当たり前だ。寧ろ、そうでなければ俺達が手を貸した意味がない」
 どこか突き放すような口調に対し、その表情は柔らかい。相変わらずだなぁと緩んだ口元をパーシヴァルは見逃さなかった。
「何を笑っている」
「笑ってないよ! 素直じゃないなぁと思っただけ」
「フン……さぁ、もういいだろう。帰るぞ」
「あっ待ってよ」
 パーシヴァルはばつが悪そうにそそくさと店から離れていく。その背中をグランは慌てて追いかけ、揃って店を後にした。



「でもやっぱりすごいね、パーシヴァル。あんなに料理できるなんて知らなかったよ」
「まぁな」
「ワインも詳しいんだね。クリスマスの時も飲んでたけど、好きなの?」
「そうだな……嗜む程度だが、酒の中では好んで飲んでいる方だろう」
 この数日間の間で、グランはまたフェードラッヘ所縁の四人の騎士について多くのことを知ることとなった。騎士団に所属していた頃の話からそれよりもっと前の話まで、新たな発見だらけだったと振り返る。
「それでも社交界で振る舞うには最低限の知識だろう。今回はサヴァラン殿との交渉も上手くいったが、相手に振る舞う食事のチョイスや味ひとつでどうなるかわからないからな。たったそれだけのことと思うかもしれないが、それで国政の雲行きが左右されることもある」
「へ、へぇ……」
 パーシヴァルの回答は想像以上のスケールで、グランは思わず一歩引いてしまった。
 まだ酒が飲める年齢ではないし、食事も美味しいかそうでないか程度の基準しか持ち合わせていない。
「幸いこの艇には腕のいい料理人が多数いる。気付いていないかもしれないが、毎日それを食べて生活しているお前の舌もなかなか肥えているはずだ」
「そうかな……?」
 安心しろと言わんばかりの語り調子にグランはさらに首を傾げた。
「俺の家臣として将来そのような場面も来るだろう。いい勉強になったんじゃないか?」
(そういうことを言ってるんじゃないんだけどな……)

 本人がそのつもりと信じて疑わないので伝わっていないようだが、これまでグランは「家臣になる」とは答えていない。
 とは言えパーシヴァルの創る国に興味はあるし、彼自身のことは慕っている。
 だから全部が終わったらその後は……とも考えているが、そのやぶさかではないと思ってしまう部分も何だか気恥ずかしかったもので。
「……じゃあ大変そうだし家臣になるのやめよっかな」
「何だと!?」
 さらに普段威風堂々としているパーシヴァルが本気で焦るのが面白くて、グランはついはぐらかしてしまうのだが──パーシヴァルの本気はまだ終わらない。
「まぁ……そうだな。そのような場であっても家臣に負担をかけぬよう取り計らい、不安を払うのも上に立つ者の務め、か……ふむ。安心しろグラン。何があろうとも俺の側から離れるな」
「えーっと……」
 残念ながら何から何まで逆効果だったようだ。さらにこんなに曇りのない目でじっと見つめられ、グランも目のやり場に困っていた。何故こんなに追い詰められているような気分になっているのか腑に落ちないが、もうこればかりは惚れた弱みなのかもしれない。
 本当に恥ずかしくて顔が火照っている。
 まずい、これは何か話題を変えなければならないと、グランは記憶の糸を必死で選別する──そうだ、聞きたいことはまだまだたくさんあったじゃないか!

「そっそれはそうとして、パテ! 今度ちゃんと作り方教えてよ! みんなで分担してたから一から作ってみたくって」
「ああ、構わない」
 それはパーシヴァルが母親から教わった思い出の味だと言っていた。つらい別れをしたと聞いているからこそ、楽しかった頃の話をしてくれるようになったのがグランは嬉しかった。
「そう言えば三本の指って言ってたから、他にもあるんでしょ? それも気になるなぁ」
「ああ、今度作ってやろう。レシピも教えてやる」
「ほんと? ありがとうパーシヴァル!」
 満面の笑顔で礼を言うグランに釣られるようにしてパーシヴァルも微笑み返す。
 そんな二人のやり取りも、人と味と幸せが交差するレストラン通りの一部として溶け込んでいった。 



「ところでグラン、お前、今回の件でそんなに料理に目覚めたのか?」
「っ……いや、そういうわけじゃない、けど」
「ならば俺の母上のレシピが他にも知りたいとはどういう了見だ?」
「それはその……カタリナに一生懸命料理を作るローアインやヴィーラの気持ちがちょっとわかった、かも……と言うか……うん……」
「ほう……?」

(ぼっ僕何言って……!)
(成る程、婚姻の儀の準備もしておかねばならんな……)
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