そこそこ長いの

 
 力ない拳で数回強めに胸を叩かれた。
 シエテが渋々唇を離してやると、腕の中のグランは息を整えることに必死なようだった。
「鼻で息するんだって前も言ったでしょ?」
 そんなことを言われてもできないものはできない。グランにとってはそういう鍛練だとか技術の問題ではないのだ。

 グランはシエテと紆余曲折の末、所謂恋人のような関係となった。かと言って付き合いたての頃は大きな変化はなかったが、元々多かったシエテからのスキンシップが徐々にそれらしくなっている、ような気がする。さすがにこれが初恋真っ只中のグランも察するところであった。
 そういう文化の人が挨拶代わりに交わすような軽いものから始まり、唇と唇、気付けば舌まで入れられるようになっていた。これが大人のキスだよ~、なんて軽い調子で言っているわりに目が据わっている──そう、相手は一回りも歳上の大人なのだ。そんな人生経験から何から何まで上手のシエテのことだから、あれでおそらく物凄く自分に合わせようとしてくれている。グランはそんなシエテのことを優しいと思っている。そしてその優しさの合間に見え隠れするあの表情の意味が、全くわからないわけでもなかった。
 だってどうしようもない。まず慣れないことなので緊張する。ファーストキスだってちょっと前の出来事なのに。唇を重ねるだけでも、僕この人とお付き合いしてるんだなぁ、という実感で心が満たされる。そうしたら唇を舌でなぞられて、くすぐったさに口を開いてしまえば最後だ。気持ち悪くはない。むしろ気持ちいいのだと思う。だからこそわけがわからなくなって、塞がれた口以外で呼吸をするなどという発想に到れないのだ。

 ──おそらくそんなところだろうとシエテは想像していた。剣を極め、さらに他の武器まで器用に操る不思議な少年も、年相応かそれ以下の部分を持っているのだと思うと、少しだけ安心してしまう部分もある。
(まぁ下手なままっていうのもアリだよねぇ。そりゃあこのままでも可愛いんだけどさ~)
「そんな反応されるとお兄さん困っちゃうなぁ」
 明らかにグランは感じているし、合間に漏れる声ときたらそれはもう、これで元気にならなければ男ではないと思うほどには、クる。正直これは想定外で、シエテも予定より加減ができていない自覚もあった。それに苦しいながらも応えようとはしてくれる、この子はそういう子なのだ。
 
「じゃあさ、さっきの鼻で息するの忘れて。俺ともうちょっと長くキスしてたいって思ってみよっか」
「なっ!?」
「あれ、違う? 俺はそうかなって思ってたんだけど」
 ん? と首を傾げたシエテが先を促すようにぴたりと額を合わせる。目を合わせようとすると視線は逃げ、幼さの残る頬に触れると肩がぴくんと跳ねた。けれどグランが逃げる素振りを見せることはなく。
「違っ……違わな、い、けど」
 少年の小さな唇は好奇心と羞恥心の狭間で、曖昧で明確な答えを紡いだ。親指をそこに滑らせると、その前のキスの名残でしっとりと濡れている──ああ、食べちゃいたいってこういうこと?
「……じゃもう一回。んー」
 啄むようにちゅ、ちゅ、と何度か角度を変え、グランの唇から力が抜けたところで一気に舌を差し込んだ。逃げられるより先に絡めとり、狭く温かい口内を犯していく。
「ふぅ、んっ、ン……」
 いつもならこのくらいで音を上げていたが、元々要領のいい子なのだ。やはりたどたどしいが、今までよりもずっと積極的だ。言い方ひとつでこうも変わるとは本当に畏れ入る。
(しかも思った通りだったなんてさ、そんなことある?)
 本当に、この少年は自分をどうしたいのだろうかと、シエテは思案する。いい歳をしてこんな年下の少年にこの有り様だ。
 自分のことをこんなに夢中にさせておいて、なのに素っ気ない態度を取ったかと思えばこの従順さだなんて──ならばもっと自分に夢中になってもらわなければ、困る。
 シエテの両手がするりと上にスライドし、気付けばグランの耳をすっぽりと覆っていた。そして塞ぎ、舌の動きを一層激しくする。
 くちゅ、じゅぷぷ……じゅる、ちゅぷ──塞がれたグランの鼓膜に恥ずかしい水音が響き渡る。もう呼吸がどうとかわけがわからなくなるくらいだんだんふわふわしてきて、頭の中まで全部、シエテに支配されているような錯覚に陥る。
 果たして自分は上手くできているのだろうか? わからない。けれど苦しいのにずっとこうしていたいと思ってしまう。
 なのに何だか離れがたいだなんて思った瞬間のことだった。ミリ単位で離れた唇に触れていたのは、唇ではなくて互いの吐息だった。
「ハハッ。物足りないって顔してるよ。気持ちよかった?」
「ん……きもちよかった」
「えっ早っ!」
 シエテが驚くほど早く答えたグラン自身も少し驚いていたが、きっと余韻のせいなのだと結論付けた。夢見心地なんて言葉はこういうことなのかもしれない。
「そんなに? お兄さんがんばった甲斐があったなぁ」
 シエテはいつもの調子に戻ったように軽口を叩いているが、グランは気付いている。やはり目が据わっていて、さっきよりもずっとずっと深い何かが燻っていることに。
「どうする? 今日はこの辺でやめとく?」
 ひどいと思う。自分をこんなにしておいて、やっぱりシエテはいい加減なことを言う。そんな気は更々ないという表情をしているくせに。何となくわかってしまったのは、自分も同じだからなのだろう。
 グランから初めて唇を塞いだのは、その返事代わりだった。


 
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