【四騎士×グラン】Give me a Chocolate!


 トントン、とドアを叩く音にランスロットは顔を上げた。読みかけの戦術書にしおりを挟み、サイドテーブルに積み上がった本の山の一番上にそれを置く。大丈夫、表紙が丈夫だからそう簡単には倒れないと、謎の自信を持ってランスロットは椅子から腰を上げた。
「今ちょっといいかな?」
 小さく開けたドアの隙間から顔を出したのはこの船の団長であるグランだった。
「あ、ああ……構わない」
 多分……と、ランスロットは少年を招き入れてから付け足した。自室とは言え間借りをしているようなものなのだ。祖国フェードラッヘの城内の自室と比べればずっと綺麗にしている、と思う。
 大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせていると、部屋に入って来たグランも何も気にしていないようだったのでここでは人並みにできているのだろう。
「それで、どうしたんだ? 新しい依頼か?」
「ううん、そうじゃないんだ」
 グランはそう答え、勝手知りたるとばかりにベッドの縁に腰を下ろした。まず最初に目に入ったのが積み上げられた本の山で、勉強熱心なんだなぁ、と素直に感心する。そしてそのまま視線をずらすとあるものがグランの視界に飛び込んできた。
「あ! なーんだランスロットもう買ってたのか~。そうだよね、甘いもの好きだもんね」
「グラン、何のことだ。説明してくれ……」
「これだよ」
 グランはその手に持っていた青い縁の箱をランスロットに見せ、もう一度サイドテーブルに視線を向けた。
「ああ! 新発売のチョコレートだろう? この前立ち寄った雑貨屋で並んでいるのを見てつい買ってしまったんだが、あんたもなのか?」
「ううん。シェロにもらったんだ」
 そうしてグランは事の経緯をランスロットに説明した。
「はぁ……それで俺のところに……」
「もしかして、とはちょっと思ってたんだけど、まさかほんとに買ってるとは思わなかったよ……」
「それは何だか悪いことをしたな……」
「そんなことないよ! 逆に依頼主さんは嬉しいんじゃないかな」
 そう言うとグランはニッと歯を見せて笑った。
 それを見たランスロットは、こういうところが彼の美徳だと改めて実感する。そこに計算のようなものは一切感じない。ランスロットがこの十五歳の少年を団長として気に入っているのはそういうところからだった──本当はもう一歩踏み込みたいと思っているのだが。
「グランはもう食べたのか?」
「まだだよ。ランスロットだからと思って青いのを持って来たんだけど……」
「それは……」
 もう一通り食べたランスロットは味を知っている──やめた方がいい、苦いぞ。
 そう忠告した方がいいことをわかっていてそうしなかったのはまさにランスロットの性分だった。
 自分がそう思っただけでもしかしたら気に入る可能性だってなきにしもあらずだ、というのは建前で、これを口にしたグランがどんな反応をするのか見てみたいと、いたずらっ子の性がそうさせてしまうのだ。
「……グランも食べてみるといい」
 心にもないのかこれが心のままの言葉なのかはランスロットにもわからない。ただ好奇心がそう言わせたことは確かだった。
 グランは勧められるまま封を開けていく。ぱき、とひとかけのチョコレートを手に取ると、それを口に運ぶ。そんな当たり前の動作をランスロットは食い入るように見つめていた。
「んっ!?」
 噛んだ瞬間グランの表情が曇ったのがわかった。思った通りの反応にランスロットはどこか仄暗い悦びを覚えていた。顔をしかめたままどうにか咀嚼して、喉を通したところで後味が尾を引くことも知っている。
「……苦いだろう?」
「うぇ……ちょっとこれは……ランスロットひどくない?」
 悪い悪いと軽く謝るランスロットをグランはキッと睨みつけた。そうしたところで口の中の苦みが収まるわけでもなく、ああでもないこうでもないと口の中を動かしてみる。開けたり閉じたり、その最中でちろりと伸びた赤い舌にランスロットは視線を奪われる──うまそうだと直感的に思った。
「……口直しでもするか?」
「あー……何か飲み物でも……えっ」
 目の前には自分を見つめる美しいランスロットの顔が迫っていた。その目はいつもと同じようで、だけどぞくりを背筋が震えるような力に目を離せずにいたその時だった。
 唇に何かが触れている。それがランスロットのそれだと気付くまでにそう時間は掛からなかった。
「んっ! ふぅっ……ん、んぅっ……」
 緊張に固く閉じた唇の間を舌先でなぞり、薄く開いた瞬間をランスロットは逃さず一気に舌を口内に差し込んだ。狭いそこは熱く、戸惑い逃げていた舌を絡め取って味わった。くちゅ、と唾液の混ざる音の響きに意識がどんどん堕ちていくのがわかる。
 ああ、なんて甘いんだ。
 唇を離すとそこにいたグランはさっきまでとは別人のようだった。赤くなった頬に濡れた唇、強い意志を持った目は力なくとろんとランスロットを見ていた──踏み込んでもいいのだと言われているような気がして、ベッドの海に沈めてしまった。
 この後、本の山が崩れていることに気が付くのは数時間後の話だ。

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