みじかいの


 頭目と七星剣の件が落ち着いてから数日、この騎空団に流れる旋律はあっという間に元通りになった。
 確かに暫くは頭目のことをみんなで無視したりもしたけれど、そもそもがそういう人間なのだから、現状復帰まで含めて言葉通りの因果応報だと思ってる。それに団長もルリアも甘いから、頭目の押しに根を上げるのも早かった。トカゲにはもう少しがんばってほしかった。(あいつが静かだと私が過ごしやすいから)

 この艇は、私が今まで聴いた中で一番綺麗な旋律がいつでも流れてる。そして、ここにいる人達に共通した同じフレーズがいつも流れてる。それは私も例外じゃなくて、要するに私が団長の旋律のことをとても好き、ということなのだけれど。
 本当は沢山の人がいるところは苦手。雑音や不協和音ばかりで嫌になるから。この騎空団も随分な大所帯だからそのはずだったのに、初めて来たときから不思議なことに嫌悪感はなかった。
 でも今思えば不思議でもなんでもないのよね。団長が笑うとまばらな音が一ヶ所に集まっていくの──まるでオーケストラのチューニングみたいに。いつもぶれないA(アー)の音。きらきらしてとっても綺麗。少しずれてるピッチだって、あっという間に倍音にまで変わっていく。本人は全く自覚がないと思うけれど、そうことをしてる人なの、団長さんって。


「ねぇねぇ団長ちゃん? シエテお兄さんまたおいしいお店見つけちゃったんだけど、これから一緒にどう?」
「団長ちゃん! 次の依頼、お兄さんのこと連れてってくれたら三秒で終わると思うんだけど、どうかな? いや一秒! お兄さんの手に掛かれば一秒だね!」
「団長ちゃ~ん……ちょっと聞いてよ! ひどいんだよ! こないだウーノがさ……」

 それは私が元々所属してる十天衆が頭目、天星剣王シエテも例外じゃない。言動は掴めないし、正直旋律も読みづらい人。あとうるさいから、十天衆の仕事とこの艇の依頼以外はあんまり話し掛けてこないでほしい。っていう話はそれとして、この人にも私やみんなと同じフレーズは存在してる。
 そして、これは私が九界琴の力を借りて力を取り戻してから気付いたことなんだけど、この人のフレーズ、みんなと同じなのにちょっとだけ不愉快。

「ねぇねぇ団長ちゃん、これから手合わせしない? って大丈夫だよ~前みたいなことにはならないからさ……ってそんな顔しないでよ。俺ってそんなに信用ない?」
 そう聞かれた団長の顔は怒っているような落ち込んでいるような、何とも言えない表情だった。私だったら信用ないって言うけれど、団長は優しいから。わざわざ耳を澄ませて聴かなくたってわかる。心配してる。
 多分、頭目が前に物騒なことを言ったのを気にしてる。団長、そういうの一番嫌いそうなのに。だけどあの時の頭目の旋律にも何一つ嘘は聴こえなかった。間違いなく本気。
 そう、頭目から団長に流れる旋律は、冗談だっていつも本気なの。あのなんでもはぐらかす頭目が隠せてないくらい。紛らわしいし、面倒くさい。複雑なパッセージは好きだけど、私はこういう表現は好みじゃない。

 言葉に詰まってるみたいな団長の頭を頭目が優しく撫でた。ごめんねって。慈しむような目で、まるで宝物に触れるみたいに──私、今までこんな頭目見たことない。自慢の剣拓の手入れをしてるときだってこうはいかない。(寧ろニヤついてる)
 私はこういうときに人の心が奏でる旋律を知ってる。名前を付けるのは簡単だけどとても陳腐で、けれどそれ以外に表し様がないの。
 しかも同じ旋律が団長の方からも少しだけ聴こえてきて、もうこの二つの音が完全なデュオになるのは時間の問題だってことにも気付いちゃった。私とセッションしたときには聴こえなかったのに。ちょっと悔しい。
 ……まぁ、団長がそれでいいなら私は構わないけれど。私だって団長のこと、とっても大事に想ってるの。だから頭目には悪いけれど、これはあの時の仕返し。

「団長、抱っこ」
「ってええ~ニオ? いきなり現れてそれはズルくない?」
「ずるくない。ずるいのは頭目」
「んん~参ったな。……バレてる?」
「……バレバレ」

 不愉快だけど、貴方達が一緒に奏でる音色、とっても好きだから。
 今度団長にあんな顔させたら、許さない。

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