俺だけの天使になってよ。
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俺は生まれつき、霊感が強い……らしい。
というのも、幼い頃から俺には見えているのだ。
__この、天使が。
最初はもちろん、彼女を天使だと理解していたわけではなかったけれど、時を重ねるごとに彼女が見えているのは俺や親父だけであることを知ったり、常に白い翼で空を飛んでいるところを見ていたことで追々確信に変わったといったところだ。
彼女はいつだってどこにだって俺に付いてきて、優しく微笑みかけてくれた。
でも、常識はわきまえているのか、お風呂やトイレ、着替えの時には姿を消す。
実は何度か危険なタイミングがあって命を救われてたりもするし、彼女には正直頭が上がらない。
けど、彼女はいつだって俺と一定の距離を保ち、俺に触れたりだとか、声をかけたりだとか、返事を返したりだとか、そういうことはしなかった。
正直とても綺麗な人……いや、天使だとは常々思うが、俺は彼女の名前すら知らない。
ただ傍にいて、優しく微笑み、いざと言う時に守ってくれる……そんなお姉さん。
「ねぇ、お姉さんはどうしていつも俺の傍にいるの?」
「…………。」
お姉さんは、いつもの笑顔から少し眉を下げて首を傾げた。
何かを言いたそうにソワソワし出すけれど、相変わらず何も声をかけてくれない。
いや、ここまで一緒にいればさすがに分かるけどね。お姉さんが喋れないんだってことくらい。
それでも知りたくなってしまう。
お姉さんのこと、全部。
触れたくなってしまう。
その柔らかそうな身体を今すぐ抱き寄せたい。
俺の考えを読み取ったかのようにお姉さんは少しだけ頬を染めて、俺に手を伸ばした。
俺はそのことにドクンッと大袈裟なくらい心臓を鳴らす。
やっと、やっと……触れてもらえる……
しかし、彼女の手はスルリと俺の頭をすり抜けた。
俺はついその白すぎるくらいの手にこの手を伸ばすけれど、それもまたスルリとすり抜けてしまう。
俺は思わず俯いてしまった。思っていたよりショックが大きい。何となく、分かっていたんだけど……
「俺も、まだまだだね。ね、お姉さん……」
お姉さんは困ったように笑みながらも俺を優しく見つめて、その日は姿を消した。
俺は涙を堪えるように布団に潜り込む。
お姉さん……
お姉さん……
俺の何を差し出したら、お姉さんと言葉を交わせる?
俺の何を犠牲にしたら、お姉さんに触れてもらえる?
俺、どうしたら……
悩みは募れど時間は進む。
俺は父に連れられて日本へと移り住むことになり、その先にも、お姉さんは当然のように現れた。
俺は、そのことだけでも、幸せに思うべきなのだろうか。
* * *
柿の木坂ジュニアテニストーナメントに出場することになった。
電車内でギャーギャー喚くメイワクな高校生を「うるさい」と諌め、俺は青春台の駅で下りる。
トーナメント会場である柿の木坂テニスガーデンがどちらの方角か分からなくなったので、三つ編みの女の子に道を聞いたら、その道案内は間違いだったようで、試合に5分遅れてしまった。
あーあ、最悪。「失格(デフォ)」だなんて。
お姉さんもふよふよと俺の横を漂いながら残念そうな顔を浮かべる。
俺は彼女にいい所を見せる機会を失ってしまって不貞腐れた。
芝生に寝転がっていると、先程の三つ編みが駆け寄ってきて俺に謝ってくれたけど、時間が戻るわけでもない。もう、過ぎたことだ。
それでも申し訳なさそうにモジモジしているので、俺はさりげなく「喉乾いた……」と言って、彼女にジュースを買いに行かせる。
まあ、結局小銭がなかったらしく、俺が奢る羽目になったんだけど。
「(結局お詫びになってないし。)」
けれど、そんな俺を優しく微笑んで見つめてくれているお姉さんに悪い気はしない。
しかし、その後現れた電車で遭遇した高校生達に絡まれ、俺はついため息を漏らす。
正直面倒くさい。
下卑た笑い声を聞きながらも無視していたら、お姉さんが俺を狙って振り抜かれたテニスラケットを掴んだ。
相手の男は別に俺を殴るつもりはなかったようだけど、思わぬところで動かなくなったラケットに驚いているようだった。
《リョーマくんは、私が守る。》
「!!」
不意に頭に響いた声についそちらを振り向く。
しかし、お姉さんには不思議そうに首を傾げられたし、その先で今度はさっきの三つ編みが高校生たちともめ出したので、仲裁に入った。
このまま試合もせず帰るくらいなら、こんなやつとでも戦えた方がマシ。
* * *
口ほどにもないとはこのことだ。
わりと強い高校生だって言うから、少しは期待したのに、相手は言うほど強いとも思えない相手。
それどころか、俺に向かってラケットを投げて来やがった。
高校生たちがしてやったりと不敵に笑ったその時……
パシーーン!!
何かがそのラケットを俺に直撃する前に跳ね返した。
「なっ!?」
「なんだ、今の!?」
「えっ、えっ?何?どうして?」
「今のは……」
もちろん、跳ね返してくれたのはお姉さんだ。
俺は背後をさりげなく見やり、ニコッと笑みを向けた。
お姉さんは嬉しそうに笑んでは俺に手を振る。
「グリップの握りが甘い……。まだまだだね。」
「へっ。口の減らねぇガキだぜ!」
結局、ツイストサーブも駆使してやれば、相手は簡単に失点を続け、1ゲームは俺のリードで終了した。
その後、みっともなくギャーギャー喚く高校生を、オバさんが諌めたけど、それでも懲りなかったため、俺が左で1本サーブを打ってあげたら、アイツらは簡単に黙り込んだ。
その後、「こらー!!」とコートの管理者に叱られそうになった俺たちは、それぞれその場を逃げ去ったのだった。
* * *
その日の夜、俺は今日もお姉さんに声をかける。
「ねぇ、今日聞こえたあの声って、お姉さん?」
「っ?!……!!」
お姉さんは驚いたような顔を浮かべてからブンブンと首を横に振った。
「なんだ。違うんだ。俺の事守るって言ってくれたあの声、お姉さんのだと思ったのに。」
「!!」
けれど、お姉さんは思い当たる節があるのか、若干オロオロした様子で俺に近づいてくる。
《リョーマくんに私の声が聞こえるわけないんだけどな……》
「あ。また聞こえた。」
《えっ……!?嘘……!》
「今、嘘!って言った。」
《やだ……ほんとに聞こえてる……!!?》
お姉さんがあまりにも大袈裟に驚くので、俺はついクスクスと笑いをこぼす。
お姉さんはオロオロオロオロと俺の部屋をあっちこっち飛び回った。
《ど、ど、どうして?どういうこと? 》
「何か心当たりはないの?」
《えー……っと、天使が人間に干渉しすぎるのはいけないことだから、そもそもこうしてリョーマくんとお話したり、本当はこの前みたいにリョーマくんに触れようとしたりしちゃダメなの……》
だから十分気をつけていたのに……とお姉さんは眉を下げる。
「じゃあお姉さんは、本当は俺に触れられるし、話しかけることも出来るけど、そうしなかったんだ?」
《うっ……そ、そうなんだけど……》
「酷い。長い付き合いなのに。」
《あう…………人間に干渉しすぎると私は天使で居られなくなっちゃうから……》
「それって消えるってこと?」
俺が真剣な目で聞いたら、お姉さんはフルフルと首を横に振った。
《人間として暮らしていかないといけなくなるの……》
「それって、どう不都合なの?」
《えっ?えっ、えっとぉ……》
「天使の仕事の方が、俺より大事?」
《それはぁ……》
「俺、お姉さんとしたいこといっぱいあるよ。」
《ぅうっ……》
俺はお姉さんに手を伸ばして、ふわりと宙を浮くその身体を抱き寄せた。
あ…………触れる…………
《あっ、えっ、ぁ……なんで……》
「やっと……触れられた……」
《っ……リョーマくん……》
「お姉さん、あったかい。」
《もう……》
お姉さんは、思った通りあったかくて、柔らかくて、いい匂いがした。
その容姿の割に大きめな膨らみに顔を埋めたら、くすぐったそうに身をよじるお姉さんが可愛くて、俺はその腕に力を込める。
お姉さんはしばらくして、観念したように俺の頭に腕を回した。
そして、コテンと頭にお姉さんの頬が寄せられる。
「(あー……幸せ。)」
《……いっか。リョーマくんが、そう望むなら。》
「何……?」
《リョーマくんのために、私は人間として生きる覚悟を決めるよ。》
「いいの……?」
《その代わり……最後まで責任取ってね……?》
「ん……いいよ。」
《リョーマくん、そしたら、左手出して。》
「?はい。」
《んっ。》
「は……?」
お姉さんは俺の左の薬指を根元くらいまで口に含み、カプっと歯を立てた。
正直ちょっと痛かったけど、すぐにその手は解放される。
ついまじまじと噛まれたところを観察すると、そこには今までにはなかった輪っか状のアザが付いていて、位置的にもまるで結婚指輪のようだった。
「何これ……?」
《誓いの証。》
「ふーん。俺もしていい?」
《へ?》
「っん。」
《ああーーー!》
「何?ダメだった?」
《マズイよ〜〜リョーマくん。》
「何が?」
《これじゃあ本気で縁が結ばれちゃうよ!私と離れられなくなっちゃうよ!!?》
「今更何言ってんの。俺はそれでいいし。」
《ホントかなぁ……後で後悔しても知らないんだから〜。》
後悔なんてしてやらない。
これでお姉さんと離れずに済むなんて、なんて喜ばしいことなんだろう。
お姉さんの指にも、俺と同じようなアザができて、本当に俺との結婚指輪みたい。
お姉さんは相変わらずオロオロしているけれど、俺はその華奢な両手を取って宣言する。
「お姉さん。一生かけて幸せにするね。」
《リョーマくんったら〜〜、意味わかってるのぉ〜……?》
次の日、寝て起きたら横には、たしかに実態のある翼のないお姉さんが、俺に寄り添うようにして眠っていたのだった。
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