【短】あなたのバースデー
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「それ、そうやるんじゃないよ。」
そう言われて、恋は顔を上げた。
教室には魔法の香り。
唱えたばかりの新しい呪文の匂いが漂っていて、教室は芳しい。
金髪の男の子は恋から杖を取りあげると、さっと一振りした。
とたんに恋の目の前に滑らかな金色の輪っかが現れて、楕円形のまま宙に浮いてくるくると回転を始めた。
金髪の男の子────シロウは恋を見てちょっと首を傾げると、杖を机の上に置いた。
「呪文はテンポよく、素早く、歌う様に唱えなきゃ。かからないよ。」
「やってるんだけど、少しも動いてくれないんだよ」
恋が口を尖らせると、今度は机の上に腰掛けていた黒髪の男の子が、後ろから恋に声をかけた。
「もう1回やってみな、恋。」
男の子────恋の幼なじみのカナトは杖の先から小さな赤い炎を出している。
炎はチリチリと火花を出して燃え、その周りだけ暖かかった。
恋はもう一度呪文を唱えた。
回転していた金色の輪っかは徐々に小さくなり、同時に光を失い始め、それから突然、シュウっと音を立てて消えてしまった。
「なくなっちゃった。」
恋が情けなさそうに呟いた。
今日の課題は出現させた輪っかを美しく回転させ続ける事だった。
生徒達は小声で相談し合いながら、各々自分達の輪っかを完成させようとしていた。
「平気だよ。」
カナトは、自分の隣で回転を続けている大きな金色の輪っかを見やりながら言った。
「僕やシロウの出来が良すぎるだけで、お前が悪い方な訳じゃないよ。考えすぎない事だよ、恋」
「気にしない方が良いよ。何回だって挑戦できるんだから。何回でもやれば良いよ。」
シロウが続けた。
「僕は出来て当然。有名な魔法使いの貴族の出だからね。他の人と同じにされたら困る。」
それを聞いてカナトが鼻を鳴らした。
「貴族貴族って、今は王室使えじゃないじゃないだろ。いつも貴族を自慢して。大したことないじゃないか。お前んち。」
「うるさいな。商人風情の癖に。君の所なんか、賄賂取って儲けてるんだろ。それが評判じゃないか。浅ましいったらないね。」
「金持ちなんだから仕方ないだろ。別に良いけどね、何を言われたって。父さんは金が好きなんだ。僕も嫌いじゃない。」
シロウが恋に声を潜めた。
「恋、カナトなんかと喋らない方が良いよ。君の柄が悪くなる。」
「失礼な奴だな。恋、こいつの言う事聞いたら怒るから。」
シロウはカナトには答えずに、杖を一振りした。
すると一陣の心地の良いそよ風が吹いて、恋の髪を攫った。
「優しい。浄化の光。誰かの乱暴な炎より僕の風の方が良いでしょう?。」
シロウの言葉に、恋は曖昧に笑った。
──────
恋は風を感じていた。
今日は天気が良く、窓ガラスが全部開け放たれた学校の廊下は輝かしく明るく、気持ちが良い。
恋は魔法について漠然としたイメージを考えていた。
────もし世界から魔法がなくなったら。
白いアーチのある裏庭には薔薇が咲いている。
波模様のアーチにくねった花が蔦を絡めて、庭一面に小さな花が咲いて、日差しの下の庭園は美しい。
小鳥が一羽飛んできて、白いアーチのてっぺんに止まった。
恋が花畑にしゃがむと、足音がして校舎の向こうの方からカナトが歩いてきた。
「ここに居た」
カナトが恋を見下ろした。
「学校へ残って花の世話をするより、僕の家へ来て呪文の復習でもしたら?。お前はいつも呪文を間違えるんだから。初歩の呪文なんか、間違えたらみっともないだろ。」
「だって」
花畑に座り込んだ恋の前に、カナトもしゃがみ込んで、青空を見上げた。
「学校にはもう慣れた?。お前が家に居て学校に行かないって粘るから、ほとほと手を焼いたの、まだ覚えてる。来てみたら何ともなかっただろ?」
「うん」
「クラスメートと仲良くやって良い子にしてたら、僕がうちでご褒美を用意してやるよ。商店街の評判のケーキか、専門店のチョコレートを買ってやる。学校に行かないなんて、もう考えないで済むように。」
「ありがとう。」
カナトは手元に咲いていた花を自分側に引き寄せた。
「恋。」
カナトは呼ぶと、手元にあった花を千切って、手を伸ばして恋の耳の横に差した。
「お前と一緒に学校へ来れるのが嬉しい。屋敷でするパーティや振る舞われる贈り物やなんか、全部引き換えにしても、お前と一緒の方が良い。」
額に静かに落とされたキスに、ふわり、と風が吹く。
午後の日差しが静かに照っている。
──────
カナトと恋が待ち合わせをしたのは交差点にある青い屋根の雑貨屋の前だった。
ショーウィンドウに、金色のバッグとドレス。脇に置いてある銀色の靴にはリボンが付いていて、足の見本にする透明な細いポールに結ばれている。
恋が欲しかったのは、ディスプレイに飾ってある銀色の靴だった。
縁に小さな星が散りばめられた模様があって、リボンにはラメが全体に入っている。
お小遣いを貯めれば買えたし、或いはカナトかシロウに言えば買ってくれたかもしれなかったが、恋は自分が靴を欲しがってる事を誰にも言わなかった。
「お待たせ。」
ディスプレイを凝視していた恋は、後ろから声をかけられて、カナトがやって来た事にやっと気が付いた。
「ほら。しゃんとしろよ。こんなに近くにいるのに、僕に気づかないなんて。」
「ごめん」
「まったく。」
プップーとクラクションを鳴らして交差点を旧式な青い車が走っていく。
カナトと恋は、手を繋いで商店街を歩いて行った。
駅は人が多く、天井が高く、プラットフォームには列車が停まっている。
「シロウと前に来たことがあるって言ってたけど、今度そうしたら許さないから。今お前の所に届けてやってるプレゼント、次やったら全部取り下げにするからな。」
奥へ進んだカナトは、駅の煉瓦塀に並んだポップスターのポスターを見てふんと鼻を鳴らした。
「つまらない。こんなもの。」
カナトが杖を一振りすると、ポスターの中の写真がひょこひょこと動き出した。
「魔法使いが居る」
「魔法使いの学校の生徒が来てるぞ」
駅に居た人々はそう囁やき合って動くポスターを物珍し気に眺めた。
「僕たちはまだ魔法使いじゃないよ。タマゴだけどね。」
カナトは腕組みをしてしれっとした顔で言った。
「アホ面で見てる奴ら、魔法が使えないなんて気の毒に。……すぐ僕の家に帰るよ、恋。」
立ち止まっている人々の視線に目もくれず、カナトが言った。
「お前が列車の写真を撮りたいっていうから来たんだ。僕は人ゴミには居たくない。さっさとしな。」
恋は、バッグからカメラを出すと、後ろに下がって、ホームから列車の写真を1枚撮った。
──────
「不死鳥は、知っての通り、願いを叶えてくれる唯一の動物です。」
教卓の前で、先生が言った。
「不死鳥の前で、願い事を念じると、その願い事は必ず叶うと言われています。というか、魔法世界で推奨されているのですね。不死鳥は穏やかですが、火を吐くので、危険があると言われています……。今日はここまで。」
恋は窓際の席で、筆箱で隠してこの間撮った列車の写真の模写をしていた。
「次実習。」
授業が終わると、シロウが恋の席へ来て言った。
「何回も言ってるけど、危ない実習だったらキミは呪文を唱えるフリして黙ってなね。僕が代わりにかけてあげるから。」
恋は頷いて、筆箱を取って教室へ向かった。
実習室にはすでに生徒達が集まっていた。
大人数用のテーブルの前恋が席につくと、その隣にシロウが座った。
その日は魔法薬の調合の授業だった。
魔法で薬を作るにはルールがあり、材料と、それに合わせた呪文の掛け方がある。
呪文は正確に唱えなければ問題が起きる。
恋は、シロウから言われていたが、呪文は自分で掛けるつもりだった。
呪文をうまく唱えられないのに、恋は魔法薬の実習が大好きだったのだ。
先生の説明が終わって、緑色の液体が入ったフラスコに恋が呪文を唱え始めると、とたんにドーン!と大きな音がして、爆発が起きた。
もくもくと上がる黒い煙に、恋が立ち往生していると、後ろから小声で取り消しの呪文が聞こえた。
「僕がやるって言った。今までに何回言った?。ほんとにぶん殴られたいの?」
シロウが最後まで言い切らないうちに、ゴツン!と音がして後ろからカナトが恋の頭を打った。
「復唱。」
カナトが恋を睨んだ。
「私はもう二度と魔法薬の授業では呪文を唱えません。危ないだろ。まったくもう、馬鹿なんだから。」
「ほんとに殴ることないだろ。恋、痛くなかった?」
痛かったので、恋は小声でカナト恨み言を言った。
「なあに?」
カナトが聞いた。
「毎回唱えるフリだけしてろって言ってるだろ。いつになったら分かるんだか。次やったら二倍。」
カナトは恋をてんで相手にしてくれず、シロウも小言を言いながら、爆発で散らかったテーブルの上を片付け始めた。
恋はボソボソと失敗の言い訳を言った。
──────
恋の学校のカフェテリアは全面ガラス張りで、食べながら芝地の庭と空が見える。
昼食の時間、カフェテリアで、恋は並んでバイキングをしていた。
「居た居た。移動する時には一声かけてくれれば良いのに。」
恋がトングでハンバーグを取ろうとしていると、後ろからトレーを取ったばかりのシロウが声をかけた。
「誕生日会、広間の飾りつけもう済んでるよ。」
シロウが言った。
「誰の?」
「キミの。忘れたなんて言わないよね?」
「ああ」
恋は合点して頷いた。
三月は恋の誕生日だった。
カナトとシロウどちらの家で誕生日パーティをするかで揉めていたが、結局、シロウの家でする事になったらしい。
「金と銀のモールを渡して、テーブルは式典用のを借りることにした。舞台があるから楽隊に演奏させても良いし。どうしたいか言ってよ。」
恋がポテトを取るのを見ながら、シロウはサラダを取った。
シロウのトレーはバランスが良く、色々な物が適宜皿に載せられている。
「カナトが家でケーキを用意するって言ったけど、当然断ったよ。うちが使う貴族御用達のケーキ屋の方が何万倍もおいしい。君にはまがい物じゃなく本物を食べさせたいんだ。」
シロウが言ったのを聞きながら、恋はバターの塊を取る。
「誕生日会の日、いい加減キミにも決めて欲しいしね」
トマトを取りながら、シロウが言った。
「何を?」
「僕かカナトか。どっちが好きか。いい加減選んで貰わなくちゃ。ね?。」
恋は困った顔をして、皿の上の取りすぎたバターを眺めた。
──────
自宅へ帰った恋は手を洗うと、キッチンでお湯を沸かした。
キルトの壁掛けがかかっている一角に、午後の日差しが当たっている。
ソファで紅茶を飲みながら、恋は考え事をしていた。
カナトを取るとシロウに嫌われ、シロウを取るとカナトに嫌われる。
────自分はどちらかを選べない。
ふと思い立ってポストを覗くと、カナトの家からキャンディの袋と、シロウの家からチョコレートが届いている。
恋はお菓子を取りながら、自分がどちらかを選んだ所を思って、ほっとため息をついた。
──────
ある日のこと。
昼食用のパンを買いにパン屋から出た恋は、商店街の通りをクラスメート達が歩いていくのに出会った。
「どうしたの?」
「不死鳥が来てたんだ。月の丘に。」
「本物が見れるのは百年に一度位でしょう。きれいだったよ。遠くからしか見てないけど。」
「本当の話。願い事がどんどん叶っていくって、運勢を表す表にも出てたんだって。見れて良かった。あ、どこ行くの、恋」
恋はパンを持ったまま駆け出した。
──────
次の日は待ちに待った恋の誕生日だった。
商店街の雑貨屋では、カナトとシロウが言い争いをしていた。
「絶対僕が買うんだ。僕が先に見つけた。」
「嘘だ。前々から僕が目を付けてたんだ。渡さない。」
「お前はそのバッグ買えよ。そっちで良いだろ。」
「嫌だね。僕はこの靴と、そのバッグも僕が買うんだ。」
カウンターには、リボンの解けた銀の靴。
カナトもシロウも、恋が靴を欲しがっていた事を知って譲らない。
2人が魔法使いなのを知って、店主は騒ぎになるんじゃないかと青い顔をしている。
「前々から言おうと思ってたけど、恋は僕のフィアンセだぞ。図々しいんだよ。昔っから!」
「誰が決めた?。親だったら僕んちは貴族会で申請してお前達の婚約は取り下げてる。恋は僕のものだ!」
「誕生日会だってお前なんか呼んでないのに勝手に企画して、迷惑なんだよ!」
「僕は恋に許可貰ってる!。迷惑はお前の方だろ!」
カナトはシロウの胸ぐらを掴んだ。
「他所へ行けよ!。」
「そっちこそ!。」
ちょうどそこを通りがかった魔法学校のクラスメートが、ショーウィンドウのガラスを叩いた。
「カナト、シロウ。」
「何」
「今僕たち忙しいんだよ。」
「恋が、不死鳥を見に行って、まだ帰ってきてないって言うんだけど……」
「はあ!?」
カナトはシロウから手を離した。
──────
恋は月の丘に居た。
遠くから見た不死鳥は恋より遥かに大きくてオレンジ色で気品があり優雅だったが、外敵には怒りりを示した。
願い事を唱えながら、恋は不死鳥に近づき過ぎてしまったのだ。
怒った不死鳥は恋に魔法をかけると、美しい羽を広げてその場から飛び去った。
「恋!」
声がしてシロウとカナトが走ってきた。
カナトが倒れている恋に屈むと呪文を唱えて恋の魔法を解いた。
シロウも素早く呪文を唱えた。
恋はカナトの手を握り返しながら薄く目を開けた。
不死鳥は影も形もなかった。
「恋、大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「怪我は?。痛いところはない?。ああもうどうして。」
「平気。」
恋が体を起こすと、シロウが背中を支えた。
と、恋の頭をカナトがゴチンとグーで打った。
「ごめんなさいがまだ。勝手に居なくなって。ったくもう。」
「ほんとに。心配させるのが好きなの?。何にも考えてないんだから。」
シロウの手が、打たれた箇所を軽く撫でてから、グーに変わってコツンと落ちてきた。
恋は情けなさそうに首を振った。
「心配した。だって不死鳥って魔法が使えるし、実際にはどういう動物か謎のままだから」
シロウが言った。
「近くで見ようなんて良い根性してる。そんなに近づく事ないだろ。何がしたかったんだよ。」
「そうそう、恋、願い事のために行ったんでしょう?。何を願ったの?」
「言えよね。そうまでして願掛けする理由。言わなかったらこうだから。」
「恋。」
カナトの乱暴なジェスチャーを見て、恋はうーんと唸った。
──────
誕生日会用に飾り付けられた広間は華やかで、飾られている花束は美しい。
「じゃあ、キミは、僕たちを選べないから不死鳥を見に行ったって言うんだね。」
テーブルの上には銀の靴。
三段重ねのケーキの前で、ナイフを取りながらシロウが言った。
「無鉄砲。馬鹿じゃないの。ケーキ没収。」
カナトがケーキを食べながら言う。
「僕を選ぶなら正解だけど、確かに、カナトを選ぶんならね。」
「その逆。大昔から恋は僕のフィアンセだ。」
「まったく無計画なんだから。不死鳥、危ないよって授業で習わなかった?」
「だって……」
カナトが言った。
「お前は一生僕のもので僕が守る。幼なじみなんだから、特別な縁だ。お前が僕を取らないっていうんなら死んでやる。」
「僕は恋がカナトに脅かされて、無理やりくっつかされるのが手に取るように分かる。さっきカナトに食ったげんこ、痛かったでしょう。」
「当然。それにお前だってやったじゃないか。」
「僕はカナトみたいに思い切り打ったりしない。たとえ心配で死にそうでも、僕はいつも、優しくして愛情を勝ち取る方を選ぶね。」
広間のソファに寝そべっているカナトを睨んだ後、シロウはケーキを食べている恋の耳に口を寄せて囁いた。
「心配する事ないよ。どうしてもそうなったら三角関係でも良い。許してあげる。僕が一生追いかけてあげるよ。カナトが折れるまで。」
カナトがソファから起き上がってシロウを睨んだ。
「何だって?。迷惑。聞こえてんだよ。ああ面倒、嫌になる。言っとくけど、僕は折れないからな。」
不死鳥のご加護は?。本当にあるとしたら?。この三角関係は?。
話者はここで話を終わる。
おわり
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