【長】幼なじみは狐の子。
夢主設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
教室。20分休み。
「新田さん。」
前の席から振り向いて、美風が口を開いた。
「この間うちの庭でやった花火、楽しかったね。今度はいつ遊ぼうか。」
恋は、斜め後ろの席の宗介が、頬杖をついた顔をあげて、しかめっ面をしたのに気付いて、なんとなく姿勢を変えた。
「恋。」
後ろから恋を呼ぶ宗介の声の調子は尖っていて機嫌が良くない。
「樋山んち行ったの?。何で?。そいつには関わるなって言っただろ。何でそういう風にいつも仲良くしてるんだよ?」
「だって」
「失礼な奴。新田さんと僕がどうしようが、上野には関係ないだろ。」
「……。変な目にあったのに、遊びに行くなんてどうかしてる。考えなしなんだから。少しはしっかりしろよ。」
宗介は美風を睨んで口を開いた。
「言っとくけど、次恋に妙なマネしたら僕が黙ってないからな。恋、お前も次樋山と遊んできたら言う。」
「いっつもいっつも上野に命令されて、新田さんがかわいそうだ。こんな上から来る奴、何が良いの?。俺様なんて流行らないよ。」
「はっきり言うけど、ただのクラスメートのお前と恋の関係と、幼なじみの僕と恋の関係は違うんだ。雲泥の差があんの。樋山はいい加減にしろよ。」
「腹立つな。幼なじみを自慢して。僕もはっきり言わせて貰うけど、もう僕は新田さんに付き合ってって言って保留貰ってるから。今待ちなんだ。上野は邪魔すんなよ。」
「鬱陶しいんだよお前」
「そっちが。」
恋は2人が言い合うのをぼんやり聞いていた。
さらさらの黒髪で整った顔立ちをしたしっかり者の幼なじみと、金髪に近い淡い色の癖っ毛の美形転校生の三角関係は、学年でも有名で知らない人が居ないくらいだったが、当の本人の恋はさっぱりその事を分かっていなかった。
どうしてこの2人はこんなに嫌い合っているんだろう、と恋はいつも首を傾げる。
今と反対に格好いい男の子2人が仲良くなったら、それはそれで強いタッグなのではないか、と呑気に考えていた恋は、宗介に睨まれて肩をすくめた。
「聞いてるの?。恋。」
美風に視線をずらして宗介は命令した。
「こいつに付き纏うなって言え」
「僕と新田さんの勝手だ。」
美風がきっぱりと言い返してから言った。
「新田さん、今度の日曜、またデートしようよ。」
「!」
「デートって言わないよ……」
照れくさくなった恋が髪を触ると、美風はにっこり笑顔を見せた。
「映画のチケットがあるから2人で見に行こうよ。前にも誘ったでしょう。待ってたんだよね、2人で行くの。」
「恋、こいつに構うなよ。映画なら僕が連れてってやる。樋山なんかと遊ばない方がいい。またおかしな目にあったらお前が悪いんだぞ。」
「行くって言っちゃったから……」
「約束してくれたもんね。楽しみ!。チケット苦労して取ったんだよ。」
「ありがとう。」
「恋!」
美風が言った。
「上野は家で昼寝とかしてればいいんじゃない。」
授業が始まるまで、宗介と美風はまだぶつぶつ言い争いをしていた。
────1────
チャイムが鳴ってホームルームが終わった。
教室を出ていく生徒たち。
鞄に荷物を入れていた恋に、理央がやって来て声をかけた。
「恋、校門まで一緒に行こうよ」
「うん」
「そういや恋、恋が見たいって言ってた森の子狐の展示の博物館、もう今週始まってるよ。」
「えっ」
目を輝かせた恋を、宗介が胡散臭そうに見た。
「まーた、どこで見つけて来たんだか、子狐の展示なんて」
宗介はわざと狐を強調した。
「前から見たかったんだ。でも他県だから、ママが遠いって言って連れて行ってくれなかった。」
「ふーん」
「また同じ県でやってたよ。同じ広告が入ってた。要るって言うと思って、広告持ってきた。」
「駒井、それってどんなの?」
鞄を背負いながら宗介が聞く。
「どんなって言うか、子狐。子狐尽くしで狐ばっか。私には変な物に見えたよ。はい、恋」
理央は鞄を開けてファイルから緑色の広告を取り出すと、恋に手渡した。
「ありがとう!」
「変なもの……確かにね。」
「一緒に行ってくれない?理央」
「他県はちょっと。親が心配して駄目って言うから。ごめんね。」
恋がいそいそと博物館の広告をしまうと、三人はガラガラと戸を開けて連れ立って教室を出た。
「そういや恋、また樋山くんち行ったんだって。上野くん知ってた?」
廊下の隅にある階段を降りながら、理央が聞いた。
「今日聞いた。ったく恋も何考えてるんだか。あんな奴が良いなんて。気が知れない。」
「樋山くん誰にでも優しいよ。それにあのルックスでしょ。人気あるよ。ねえ恋何してきたの?」
「写真を見せてもらったんだ」
「お家どうだった?」
手摺を触りながら理央が聞いた。
「広かった。お母さん綺麗だった。」
「恋樋山くんと仲良いよね。上野くん、不味いよ。おちおちして居られないよ。」
「別に。僕は恋が心配なだけ。」
「ああいう王子様タイプで来られると上野くんが負けちゃう可能性もある気がする。どっちも男前だけど。上野くん、恋盗られたくなかったらさっさと告白しなよ。」
理央が言うと宗介は怒り笑いした。
「駒井はお節介。恋。」
宗介は恋を呼んで聞いた。
「聞いてた?」
恋は、聞いていなかったが反射的に頷いた。
恋は、子狐の博物館の事で頭が一杯だった。
前々から興味があって、その度に親にせがむのだが、展示はいつも他県で、いつも連れて行って貰えなかった。
最後に同じ広告を見た時、小学六年生になった今年こそは何があっても一人きりでも見に行こうと、恋は密かに決意していた。
────絶対見に行こう。
恋が何も言わずに居ると、宗介がパチンと恋の頭を打った。
「何」
「ぼけっとしてんなよね。ったく。」
「恋樋山くんち行く時私も誘ってよ。みんなで押しかけようよ」
「僕は行きたくない。」
話しながら靴を履き替えると三人は昇降口から出た。
────2────
学校から帰った恋は、いつもの様に宗介の家へ向かった。
チャイムを押すと靴下のまま宗介が出て来て、リビングへ恋を通した。
宗介の家のリビングはいつも綺麗で明るい。
狐用の空のケージが窓際に片付けられている。
「恋、子狐の展示って、不用意に人に言うなよね」
ダイニングで急須にコポコポとお湯を注ぎながら、宗介が言った。
「そういう所からあやかしだってバレるんだよ。お前が気をつけないから肝が冷える。駒井にお前の秘密が知られたらどうするんだよ?。」
「大丈夫だよ。」
「全く。お前は警戒しなさすぎなの。馬鹿なんだから。」
宗介はコップにお茶を2人分注ぐと、恋の好物のお菓子と一緒にお盆に乗せてリビングへ運んだ。
「樋山とお前って、なんでこの頃一緒に遊ぶの?」
宗介はソファに腰掛けながら、両手で持ってお茶を飲んでいる恋に聞いた。
「別に?」
「別にって何。何で仲良くしだしたのか言えよ。まったくどうかしてる、あんな奴と遊ぶなんて。もしあやかしって事を逆手に取られてたらすぐ言えよな。」
「言われてないよ。良い人だよ、樋山くん。」
「……。お前にそういう気がなくても、あっちはそのつもりなんだから、考えろよ。あーあ、嫌な奴。」
恋は宗介が美風を嫌うのが分からない。
あの告白以来、恋と美風はかなり仲良くなっていた。
宗介は恋に何かとガミガミ厳しかったが、美風は恋にいつも優しかった。
人前で狐に変身する事について2人とも喧しかったが、美風は宗介の様には脅したりはしなかった。
コップをテーブルに置いて、恋は、鞄から、この間撮って現像したばかりの美風と撮った写真を取り出した。
「何それ。」
後ろから宗介が写真を覗き込んだ。
写真には、広い家の庭のぶらんこに並んで座る恋と美風が映っていた。
2人は仲睦まじそうに、手を繋いで笑い合っている。
最後にそうやって宗介と恋が仲良く手を繋いだのは大分前だった。
大きくなってから恋とそういう風に手を繋ぐ事に、宗介は密かに憧れていた。
「樋山くんのお母さんが撮ってくれたんだ。」
恋が言った。
宗介は苛立ちを抑えてお茶を一口飲んだ。
「ふーん。お似合いの2人とでも思ってるんじゃないだろうね?。」
宗介が聞いた。
「似合うかなあ?」
恋が照れて頭をかくと、宗介は乱暴に飲みかけのコップを置いた。
忌々しげにため息をつくと、口を開いた。
「僕お前の無神経にはもううんざり。」
「何が?」
「何が、じゃない。」
「何で怒ってんの?宗介」
ギロリと宗介が自分を睨んだので恋は怯えておどおどした。
恋にはちっとも、宗介の機嫌を損ねるつもりがなかった。
「な、何」
「僕もうお前とは口聞かない。」
冷めた声で宗介が言った。
「何でよ。」
「腹立つ。家に帰れよ。お前の顔見てたくない。見てるとイライラすんだよね。」
「おかしいよ、それ。いきなり。」
恋は困惑した顔をしていたが、宗介が手をあげるかもしれないと思って、消沈して写真を片付けた。
恋はリビングから出てこそこと玄関へ向かった。
────3────
次の日。
恋が学校に1人で登校すると、宗介は先に教室へ着いていた。
宗介は恋が教室へ入って来たのを背中に、男子生徒と歓談していた。
なんで宗介が怒ったのかさっぱり分からなかったが、昨日の事を謝ろうと思っていたので恋が宗介達の会話が途切れるのを待っていると、後ろからぽん、と肩を叩かれた。
「新田さんこっち見て。」
振り向くと美風が立っていて、にこっと笑顔を作った。
「樋山くん」
「どうして上野なんかを見てるの?。キミには僕が居るでしょ。まったくそういう風にいつも僕を無意識に煽るんだから。約束のチケット、今日財布に持ってきてあるよ。」
「約束?」
「デート。決まってるよ。」
美風は首を傾げた。
「忘れたなんて言わないよね?。」
「あ、そっか」
「日曜の一時に、公園で待ち合わせ。バス乗って隣町の映画館。アイス食べても良いし、ファーストフード食べても良いし。帰りどっか寄ろうよ。」
「良いね。」
「凄い評判の映画なんだ。楽しみだね。」
モジモジしている恋に向かって、美風は茶目っ気たっぷりに言った。
「言っておくけど、狐で来ちゃ駄目だからね。」
「分かってるよ。」
恋は、映画館で狐になって膝に乗って良いか聞いた。
宗介は2人のやり取りに耳を澄ませていたが、わざと、話が終わるのを待っている恋を無視して男子生徒と話し続けた。
────4────
恋が学校から家に帰ると両親が出かけていて留守だった。
手を洗ってから、自分の部屋に戻って引き出しを開けて子狐の博物館の広告を見ると、展示の日付はなんと今日までとなっている。
恋は、お財布を確認すると、広告を鞄に入れて、親が帰って来て止められる前にと靴を履いて玄関を出た。
駅から博物館までの道はかなりややこしかったが、注意していけばなんとかなる気がした。
────5────
日曜。
宗介は自分の部屋で宿題をしていた。
算数のその宿題はプリントで、熱心な先生がいつも出すものだ。
最後の問題は、いつもクラスで宗介と美風と何人かしか解く人が居ないほど難しい。
恋の事が気になったが、謝っても許さない、だってあいつは意味を分かってないんだから、と宗介は思っていた。
プルルルル、と小さな電話の音がして、宗介は顔を上げた。
一階で母親が電話に出る声がしたのを聞きながら、宗介は問題を解いていた。が、母親はすぐに宗介を呼んだ。
「宗介、お電話よ」
宗介は勉強机の椅子を立つと、早足でダイニングへ向かった。
「はいもしもし。」
宗介が受話器を取ると、相手は意外な事に美風だった。
『もしもし上野?』
宗介は美風を嫌だ、と思う前に、切迫した声の調子にすぐ気が付いた。
「何か用?」
『あのさ、新田さんそっち居る?。新田さんのママが、上野の家には居ないみたいだったって言うから。』
「は?」
『居る?居ない?』
美風の声は挑発とは違っていた。
宗介は答えた。
「来てない」
『新田さん、一昨日から家出してるらしいんだ。新田さんのご両親が探してるけど、まだ戻ってない』
「!」
『上野んとこに居ないんだ。じゃあ。それだけだから。』
受話器を持った宗介は呆然としてその場に立ちつくしていた。
────6────
次の日。
学校の朝のホームルームで、連絡があった。
担任の小山田先生がちょっと真面目な顔つきで、教室の生徒たちに言った。
「新田さんが、一昨日から家に帰ってないそうです。えー心当たりのある者」
教室はざわついた。
「先生も心配で、車からも気をつけて見てたんだけど、まだ見つかっていません」
小山田先生は空咳をした。
「ケータイで連絡取れる人はぜひ連絡してみてください。心配して探しています。……みんな無断外泊しちゃ駄目ですよ。親御さんとっても心配するから。」
宗介は無表情で、連絡を聞いていた。
休み時間。
「上野くん」
宗介が振り向くと理央と明日香だった。
2人とも心配そうに、表情を曇らせている。
「恋、どこに行ったと思う?」
「それが分からなくて。駒井達はどこかあいつが行きそうな所知ってる?。僕が行ってこようと思ってるんだ。」
「ううん、恋のお母さんが言うには、いつも行く場所には居なかったみたい。ケータイにかけても、なんの返事もくれないんだ。不安になってきて。」
「今日の放課後、みんなで探さない?って話なんだけど、上野くんも来るよね?」
「行く。あいつ、普段はこんなことしないんだけど。」
宗介は頷いたが、固い表情を崩さない。
「見つけたら絶対……ううん何でもない。あいつを探してくれてありがとう、駒井も田山も。」
「当然だよ、友達だもん」
「ねえ。当たり前だよ。できるだけ一緒に探してくれる友達誘ってるんだ」
頷いた理央と明日香の前で、宗介ははあ、と大きくため息をついた。
────7────
宗介と美風と理央と明日香と多紀と数名のクラスメートは、放課後学校の近所の公園で待ち合わせをした。
全員は、一旦ぶらんこの前で、恋が行きそうな場所を話し合った。
図書館に居るという者も居れば、雑貨屋に居るんじゃないかという者も居たが、宗介は狐に変身する事ができる恋はそんな場所には居ない気がした。
意見はまとまらなかったが、そうして居ても仕方ないので、とりあえず手分けして探そう、という事になって、宗介達は、待ち合わせの約束をしてから公園を離れた。
しばらく宗介は駅前の通りの商店街を探していた。
前に恋が狐の姿で商店街を歩くのは楽しい、と言っていた事を思い出したからだ。
その時は人前で狐になっている事について叱ったが、こんな事になるなんて思っても見なかった。
─────もしもこのまま恋が帰ってこなかったら。
宗介は胸が締め付けられて苦しかった。
小さな店店が立ち並んでいる混み合った商店街は、人探しにはちっとも向かなかった。
道の下の方を動いていくものがあってハッとすると、ただの野良猫だったりして宗介はその度にがっかりした。
もうすぐ夕方になる。
宗介が商店街を探していると、ズボンのポケットから、ケータイが鳴った。
『もしもし上野くん?』
ケータイは理央からだった。
理央のいつもの明るいトーンに、小さな雑音が入っている。
「駒井、恋居た?」
『それがさ、本人から連絡があって』
宗介の顔がその場でパアッと明るくなったので、通りすがりの人が思わず宗介を見た。
「良かった。最低。あいつ。どこに居るって?」
『それがさ、博物館に行って、帰り道が分かんなくなってたらしいんだ。』
「は?」
『あの広告の博物館。』
あの広告の、と言うと。
宗介はその場で怒り笑いした。
『今日3日目でしょう。車も電車も使わなかったんだって。どうしてたんだろう?。当てずっぽうに歩いてたんだって。今電車で駅に向かってるって言ってた。』
「分かった。ありがとう、駒井。」
『探しに集まったみんなはどうする?解散していいの?』
「僕が迎えにいっとく。オーケー。みんな帰るように言っといて。ほんっと最低。」
『了解。』
ケータイを切ると、宗介は、自転車で猛ダッシュで駅への道を走った。
────8────
駅前の広場には花壇があり、今を盛りに花が咲き乱れていた。
色とりどりの花壇には日時計があり、一本だけ長い日陰を作っている。
宗介が広場に入ると先客が居た。
美風が花壇の端に、足を組んで座って駅の入口の方を見ていた。
「上野」
美風は気付いて目をあげた。
「帰らなかったの?」
「こっちのセリフ。」
ふーん、と美風は座ったまま宗介を見上げた。
「帰れば良いのに。」
美風が呟いた。
宗介は鼻で笑った。
「ありえないね。僕はこれから恋に言う事が山程あるんだ」
「……同じく。新田さんはほんとに。何かあったらどうするつもりだったんだろ。馬鹿なのかなって今考えてた。」
作り物の様な顔立ちの美風が顔をしかめるのはまるでドラマのワンシーンみたいだった。
「腹立ってきた。」
美風が言った。
「上野は何なんだよ。迷惑。保護者ヅラすんならちゃんと見とけよ。居なくなっちゃったじゃないか!。」
「……。」
「ほら黙った。最低。僕ならこんなことさせないのに。」
「……うざった。」
宗介は小声で毒づいたが美風は構わない。
「今タイミングだから言う。」
美風が顔をあげた。
「譲ってよ。僕あの子なしじゃ居られない。」
「断る。」
宗介が言った。
「譲れよ。僕ならこんな危ないことさせない。絶対に。」
「死んでも嫌だ。……二度とさせないから。」
美風が黙ったので、宗介は次の言葉を考えていた。
もう日は暮れて、2人はオレンジがかった夕焼けに照らされている。
駅の改札から茶色い髪の見知った顔がのこのこ歩いて来るのを見て、宗介は安堵で思考が一瞬止まった。
「恋」
────9────
改札から出て来た恋は、宗介を見つけると、家へ帰ってきた百倍速で博物館にまた戻ってしまいたくなった。
宗介がいつもとは違うおっかない顔をしていたので、これはただでは済まない、と恋は直感した。
花壇の日時計の前、スタスタ近付いて来た宗介は、いきなり、パチーンと恋の頬を打った。
恋は痛かったしびっくりした。
宗介が何も言わなかったので、恋は転びそうになりながら美風の方を見た。
「樋山くん」
恋は小さく呟いた。
美風は腰掛けていた花壇から恋と宗介を眺めていたが、やがて立ち上がると、恋の方へ歩いてきた。
何か言われるなと思った時に冷たい表情をした美風がパチンと恋の逆の頬を打ったので、恋はショックを受けた。
「ごめんなさいは?」
美風が聞いた。
顔を上げると怖い顔をした宗介と美風が自分を睨んでいた。
恋はその場でべそを描き始めた。
「お前はいつ帰ってきたと思ってるんだよ!」
宗介が声を荒げた。
「3日居なかった。一体何をしてるつもりだったの?」
美風が冷たく聞いた。
「散々心配させて。信じらんない。探すこっちがどういう気持ちでいたと思ってるんだよ。ほんといい度胸してる。よく僕の前にのこのこ顔を出せたね。」
「新田さん馬鹿なんじゃないの。道に迷って帰れなくなるなんて。何も考えてないんだ。僕の信用を全部失ったね。」
「何かあったらどうするつもりだったんだよ。本当に家にたどり着けなかったら?。その間に何か起きたら?。どうしようと思ってたんだよ。馬鹿狐!。」
「心配でどうにかなりそうだった。だって何の連絡もくれないし。ケータイ持ってるのにそんなのおかしい。一生言ってやる。何で一言言わないんだよ。」
恋がぽろぽろ涙をこぼしていると、宗介が宣言した。
「今日は僕んち。お前は帰って説教。」
「二度とするなよ。ああもう本当無鉄砲。無計画。」
美風が言った。
2人は恋を挟んで自転車を押しながら、駅からの道を歩き始めた。
ぶつぶつ小言を言っている宗介と言葉少なな美風と歩きながら、恋はずっとべそを描いていた。
美風と別れて、並んだ宗介と恋の家の前で、恋が自分の家の門扉を開けようとすると、宗介が腕を掴んだので、恋は思わずげ、と口に出した。
「お前はこっちね。」
宗介は恋の腕を掴んだまま家の扉を開けると、玄関へ入った。
────10────
宗介の家には誰も居なかった。
これから怒られるのが分かっていたので、恋は消沈してのろのろと手を洗った。
「どこ行く気?」
出口へ向かおうとすると声をかけられて、仕方なく恋がリビングへ入ると宗介はしかめっ面で壁に寄りかかって立っていた。
「言いたいこと分かる?」
宗介がわざと笑顔をつくって聞いた。
「帰ってこれなかったらどうするつもりだったんだよ。お前は。ほんっと、馬鹿なんだから!。」
「だって」
「狐の展示なんて、わざわざ行かなくっていいんだよ。説明見なくてもお前は分かってるんだから。全くどんだけ心配だったと思ってるんだよ!。」
「……だって」
恋は言い返すことができない。
恋はふくれっ面で小声で恨み言を言った。
「……痛かった」
「しつけ。打たれて当然、お前は。打たれないとでも思ってたの?。ざまあみな。」
「……」
「もう懲り懲りですごめんなさいって僕に言うんだね。ったく。ほんとに。二度とするなよ。まったくどういう考えで居るんだか。僕がどれだけ心配したと思ってるんだよ。」
本当は、次に宗介が言おうとしたのは、お前が見つかって良かった、という心からの言葉だった。
恋が見つかるまで、宗介は気が気ではなく、もし見つからなかったらという暗い気持ちに呑まれかけていたのだ。
しかし、折り悪く、怒られ通しの恋は悔し紛れに呟いた。
「もう口聞かないってこの間言った」
「……」
イラっと来た宗介は無言で手を伸ばすと恋の片頬を思い切り抓り上げた。
「なあに?なんか言った?そんなにげんこが食いたいの?」
2人の気持ちはここでも通じ合わない。