【長】幼なじみは狐の子。
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教室。 20分休み。
「新田さん、この間借りた本、ありがとう。とっても面白かったよ。いつ返したら良い?」
並んだロッカーに教科書をしまいながら、美風が尋ねた。
「いつでも良いよ。気が向いた時に返してくれれば。」
「冒険小説のあの筋で、船が出てくるのは知ってたけど、その船が空を飛ぶとは思わなかった。」
「名作だよね。」
「ラストで主人公達が合流するのが感動的だった。華やかになって良いシーンだと思う。もう一回読もうかな。」
美風は、ロッカーに寄りかかって、教室の後ろの植木鉢の花に水をやっている恋を見下した。
「新田さん、今度の日曜、僕の家に遊びに来ない?」
「お家に?。お邪魔して良いの?」
「うん、是非。前に言ってた絵も見せたいし。大判のきれいな絵だから、多分気にいると思う。専門店のケーキをご馳走するよ。専門店の紅茶も一緒に。我が家御用達の。」
「行っても良いなら。」
恋はジョウロを置きながら遠慮がちに言った。
美風はにっこり笑うと、ロッカーから背中を離した。
「良いに決まってるよ。歓迎する。僕の家を見て貰いたいんだ。」
その後、恋と美風は小説の話を少しした。
────1────
学校から家に帰った恋は、宗介の家へ向かった。
チャイムを鳴らすと宗介は普段通りの顔でサンダルをつっかけて出て来て、恋をリビングに招き入れた。
お茶を淹れている宗介の傍らで、恋は今日あった事を話した。
「お前が樋山と話してる時、僕は廊下に居た。」
宗介が言った。
「図書委員の連絡で五年生が来てたんだ。それでお前達は何を話してたの?」
「別に。何にも。」
「樋山は緑化委員だから、水やりはあいつの仕事だけど、たまにしかやってないだろ。手伝う事ないぞ、恋。あいつの役目なんだから。」
宗介はコップに淹れたお茶を口元に持って行った。
「女子達が樋山の事を話す時、王子様みたいに言うけど、顔があれっていうだけで僕にはそんな風に見えない。」
「優しいよ、樋山くん。親切だから人気があるんだよ。」
「クラスの女子達が、僕と樋山を並べて容姿の事で喜んでてイライラする。和と洋だって。どういう神経してんだか。恋、お前は。」
宗介は言葉を切って恋を睨んだ。
「妙な事言い出さない様に。頭来る。」
「褒めてるんだよ、それ」
「嬉しくない。セットにされてるのが超嫌だ。別々でなら前からなんか言われてたけど。黒王子?僕が?黒って何?。王子もついにはファンタジーがかってる。白王子が樋山なんだってさ。どうでも良いけど。あーあ。」
宗介はコップを置くとソファに寄りかかった。
「そういや、発表会、いつだっけ?」
お茶を飲みながら、ふと顔を上げて恋が尋ねた。
「誰の?」
「樋山くんの。ピアノの。」
「知らないよ、僕は。知るわけないだろ。樋山、あいつ、お前の事呼んだの?」
「うん、みんなで来なよって招待してくれてるよ。宗介も呼ばれたのかと思ってた。」
「あいつが?僕を?。お前本っ当に何も分かってないんだね!」
分かってない、とは、それはどういう意味なのかを恋が聞こうとした時、宗介の家のチャイムが鳴った。
────2────
宗介が玄関に出ていくと、意外な事にそこには美風が居た。
美風はいつもと変わらない済まし顔で宗介の家の前に立っていた。
「何か用?」
宗介がドアノブを片手に作り笑顔で聞いた。
「新田さんが来てるって聞いて。さっき新田さんの家に行ったんだ。」
「へーえ。そう。で?。」
美風の声が聞こえたので、リビングから恋が走って来た。
「樋山くん!」
「新田さん。さっき家に行ったよ。それで。」
美風は両腰に手を添えて母親が子供を叱る時の様なポーズをした。
「君はなんで上野の家なんかに居るのかな?」
「居ちゃ悪い?。」
再び宗介の苛立った作り笑顔。
「隣の家って聞いてたけど、本当に隣なんだ。」
美風がちょっと深刻な様子で呟いた。
「見たところ上野の家は大きいけど庶民の家だな。古くさいし和風だし。僕んちを見せてやりたい。」
「うざった。人の家に来て。お前んちなんか見たくねーよ。恋。」
宗介は恋に顎で差して命令した。
「お前は家入ってな。」
「そんな……」
「新田さんと遊ぶために来たんだ。」
美風が言うと、宗介は美風の胸ぐらを掴んだ。
「帰れ。恋に付き纏うな。いちいちうざったいんだよ、お前!」
「放せ!」
「宗介!」
恋の言葉で、宗介が仕方なく美風を離すと、美風は平気な顔で宗介の掴んだ胸元を片手でパタパタと払った。
「低級。低俗。上野は暴力的。新田さん、危ないから近付かない様にね。」
「は?。何言ってんだこいつ?。恋、樋山の言う事なんか聞かないだろうね?」
「や、辞めようよ二人とも。宗介……家入って貰えば。」
宗介の怖い顔は今度は恋に向いた。
「……誰が。どこに誰を入れるって?。」
宗介の目が開いて、自分をきっと睨んだので、恋はおどおどして、ためらいがちに言った。
「一旦帰るよ、樋山くんと。」
「僕もこんな所には居たくない。上野の家なんか。」
美風が言った。
「帰るって、じゃあお前これから樋山と遊ぶの?」
そこで、宗介は開きかけた口を結んだ。
「あっそ。分かった。いい。」
「ごめんね宗介。」
「新田さんの家行けるの楽しみにしてた。お邪魔できるの嬉しい。」
「……」
宗介は小声で毒づいたが美風は構わない。
恋は靴を履いて、恋と美風は恋の家に向かった。
────3────
そして日曜。
学校で待ち合わせをしていた恋と美風は、前庭の花壇の前で落ち合った。
「樋山くん」
恋が言うと、美風が花壇を後ろに手を振って笑った。
「新田さん、待った?」
「ううん。来たばっかり。」
「良かった、来てくれて」
恋と美風は、自転車に乗って美風の家へ走った。
美風の家は、洋風の大きな豪邸のお屋敷だった。
整然と整えられた庭の、きらきら光る噴水の周りの花壇には、咲きこぼれる様に色々な色の花が咲いている。
家の隣の駐車場スペースには屋根の下にピカピカの車が三台も置いてあって、恋は、自転車を降りる時しげしげとそれらを見ていた。
広く美しい玄関ホールを入ると、美風と同じ髪色のきれいな女の人が歩いて出て来た。
「いらっしゃい」
「母さん。わざわざ出迎えてくれなくても良いのに。」
宗介の母親はロングヘアをひとつに束ねていたが美風の母親は逆でショートヘアだった。
美風の母親はゆったりしたセンスの良い服装をしていて、恋を見ると機嫌よく笑った。
「今日はよく来てくれたわね。美風からいつもあなたの話を聞いてるわ。すっごくチャーミングなんだって。」
「チャーミング?」
「うん。そのまんま。当たってるでしょう。」
「もう可愛い可愛いって夢中よ。この家、建築家に建てさせた自慢の家なの。あなたたちの家も是非同じ建築家に作らせますからね。亅
「あなたたちの家って?」
「僕たちの家だよ。言葉通り。将来のだけど。」
「どんな家がいいかしらね。大人になったらうちに来るのね、いつ来てくれるのかしらねって、美風といつも話してるのよ。」
「来るって……?」
恋が聞くと、美風が済まし顔で言った。
「花嫁。決まってるでしょう。何だと思ったの?」
「いつもその話で持ち切りなのよ。」
「新田さんは逃げられると思わない方が正しいよ。僕はもう決めてあるんだから。式場は一流の教会で。家はこの家のすぐそば。犬を飼っても良い。いつも言ってるんだ。ね?母さん。」
「ええ。今から待ち遠しいわ。どんなウェディングドレスが良いかしらね。」
思いの外まとまっている話に、恋はうーん、と微妙な顔をして笑った。
────4────
美風は恋をお屋敷の各部屋に案内した。
すべすべの床は広く、置いてある調度品はどれも一流で、職人の技が光る高級品ばかりだった。
二階のホールを抜けて、2人はある大きな扉の前に来た。
鍵穴に鍵を差して、美風が重たい大きな扉を開けると、中は薄暗く、ふわり、と白いカーテンが翻った。
「わあ」
恋は思わず声を上げた。
壁に、色々な画家の絵が飾られている。
どれも風景画ばかりだったが、色々な色で描かれていて、美しい。
美風は黙って歩いて行って、一番奥にある画家の絵を指した。
「これが、前に言ってた画家の。」
「凄い……」
オレンジ色と青色の溶け出した見事な夕焼けが、絶妙なタッチで描かれている。
「絵の名前は……。」
「……きれいだね。」
「夜になる手前の夕焼けを描きたかったんだって。僕は気に入ってる。」
絵を眺めながら、美風が言った。
「これを描いた画家、画集に載ってたのより、僕んちにある方が力作だって言ってるんだ。」
「そうなんだ」
「秀作だよね。この絵は父さんが買ったけど、他のは母さんの趣味。絵を集めるのが好きなんだ。」
「へえ……。」
美風が聞いた。
「新田さん、上野と絵の話したりする?」
「しないよ。何で宗介?」
「えっとね。」
美風が言った。
「新田さんときれいな物の話をするの独占したいなって思って。いっつも上野が新田さんをそうするでしょう?。羨ましかったから。僕たち2人で美しい物を愛でて遊ぼうよ。」
恋はしばらくその絵に見入っていた。
────5────
絵を見た後に、美風は居間に恋を通した。
磨かれた床にはチリひとつなく、広間は雑誌に出てくる写真の様に美しく飾られていた。
恋がアンティーク調の薔薇の柄の大きなソファに座ってあたりを見回す。
美風がケーキを持ってダイニングから出てきた。
「今日のケーキは生クリーム。フルーツをサンドして、クリームは甘さ控えめだよ。」
「わあ」
美風は向かい側のソファに座ると、紅茶のカップを取り、恋が食べ始めるのを見ていた。
「おいしい?」
「うん、とっても。」
「良かった。評判のケーキだけど、新田さんの口に合うか分からなかったから。色んな所でケーキ買ってるけど、僕はこの店がベストだな。」
美風も上品に銀のフォークを使ってケーキを食べる。
「この店のは生クリームの品が良いから沢山食べられる。もっと前には賞を持ってる違うケーキ屋が御用達だったけど、そこはもう店長さんが作るのを辞めちゃったんだ。残念。」
「ふーん」
「甘すぎないでしょ?」
「うん。丁度いいよ。」
恋はちまちまとフォークでケーキを食べる。
「そういえば新田さん学校で国語の問題分からないって言ってたけど、あれ簡単だよ。」
美風が言った。
「漢字を覚えてないから分からなかっただけ。範囲が長い時には、必ず要点に線を引いて、それを元に解くんだ。みんなそうしてるよ。」
「そうなの?。」
「やり方よく分からないって言ってたから。解き方教えるよ。他に分からないって思うのあったら聞いて。それも教えるから。」
「ありがとう。」
「僕はもう覚えちゃって必要ないけど、まだやった事ない方が普通だから。新田さんが出来るように協力するよ。頑張ろうね。」
ケーキを食べる恋を見ながら、美風がふと聞いた。
「新田さん、さっきから少しずつ食べてるけど、ケーキ好きでしょう?。」
「うん」
「うちに嫁に来たら、毎日ケーキが食べれるよ。」
「うん?」
手を止めて、美風がにこっと笑った。
「食べながら僕の籍に入る事を考えてよね。」
「……」
それはそれとして、恋はちまちまと時間をかけて生クリームのケーキを平らげた。
────6────
美風は恋を家まで送ると言って聞かなかった。
夕方になって家へ向かって2人で並んで自転車を漕いでいる時、美風が言った。
「こういう楽しい日が、ずっと続けばいいのに。新田さん、次はいつ遊びに来てくれる?」
「いつでも。樋山くんの都合の良い日に。」
「今度は母さんをちゃんと紹介するよ。いっつも新田さんの事を聞かせてあるから、あっちは結構新田さんを知ってるんだけど。母さんも新田さんの事かなり気に入ってるし、気にしてるよ。」
「そうなんだ」
恋は、ふと空を眺めて呟いた。
「……」
「どうしたの?」
「なんかこの空、あの絵みたい。」
美風が上を見上げると、頭の上に、あの画家の絵そっくりな鮮やかな夕焼けが広がっている。
「不思議」
「ね」
「運命、とか感じたりして」
恋は言った後でとちょっと照れて髪を触った。
美風が機嫌よく嬉しそうに頷いたのが先だった。
「絶対そうだ。新田さん、僕たち運命だよね。」
空が光って、風が吹いてきた。