【長】幼なじみは狐の子。
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ある日のこと。
学校の帰り、公園に寄った恋は、花壇で花を眺めていた。
向こう側には、ぶらんこと滑り台。
花は色とりどり、形も様々だ。
恋は、咲いている花の匂いを嗅いでいるうち、狐の姿で花壇を歩きたくなったので、辺りを確認してから、どろん!と子狐に変身した。
しばらく経って、花を見るのに飽きた恋は、花壇の隅の方まで行って、そこで人の姿に戻ることにした。
どろん!と変身して、もくもくと白い煙があがった後は、そこに居るのは1人の少女。
恋が花壇の土で汚れてしまった服をパタパタと叩いていると、突然、後ろから声がした。
「ねえ」
振り向くと、淡い色の髪の綺麗な男の子が居て、さっきまで無人だった向かい側のベンチに座っていた。
男の子はちょっとだけ首を傾げた。
「キミ、あやかし狐でしょう。」
恋は、他人からそれを言い当てられたのは初めてだった。
何より変身するところを見つかってしまったので恋はショックで動けなかった。
恋は服の裾を掴み、男の子をこわごわ見返した。
「逃げないでね。」
男の子が言った。
男の子は足を斜めに組んで、頭からつま先まで、ふーん、と恋の姿を見おろした。
「外で変身したら見つかるよ。駄目だよ、やったら。」
男の子は落ち着いた口調で諭した。
「まだ子狐だね。居たのが僕で良かった。……どうして何も喋らないの?」
聞きながら男の子がベンチから立ち上がって恋の方へ歩いてきたので、恋は焦った。
恋は、咄嗟に、どろん!と狐の姿に変身した。
「あ、待って。」
男の子は何か言おうとしたが、もくもくと上がる白い煙を置いて、恋は猛スピードでその場から走り去った。
────1────
次の日、前庭の花壇から恋が昇降口に入っていくと、同じ学年の女の子達が集って、ベンチのある職員室の前に集まって騒いでいた。
「あ、恋」
女の子の1人が、恋に気付いてパタパタと手を振った。
「どうしたの?みんなして。」
「学校に転校生が来るんだって。」
「昇降口に、めちゃくちゃ格好いい男の子が来てたんだ。」
女の子の1人が言うと、もう1人の女の子が割り込む様にして言った。
「金髪みたいな髪の色で、王子様みたいだった。こっち見てたよね!。」
「ね!。かっこよかったよね。」
「上野くんと張るんじゃないかな、あのかっこよさは。ちょっと珍しいタイプだよ。」
「多分ハーフかクォーターじゃないかな。恋も居ればよかったのに。見せたくなるくらい綺麗な子だったよ。」
女の子の1人が言った。
「うちの学年に来る転校生らしいんだけど、どのクラスだろうね。」
「うちのクラスだったらどうしよう!」
「ねえ!。ほんと。一目惚れしちゃったらどうしてくれるの」
「ほんとだよ!きっれーな子。」
恋は、まだ熱の冷めない女の子達から離れて、歩き出して教室へと向かった。
────2────
キンコーンとチャイムが鳴って、戸を開けて先生が教室に入って来る。
担任の小山田先生は、いつもと同じように、教卓から号令をかけて静かに挨拶した。
「えー」
小山田先生が咳払いした。
「今日は皆さんにお知らせがあります。」
数人の女の子達が嬉しそうに目配せし合う。
恋が思った通りだった。
「大変喜ばしい事に、我がクラスに、今日から新しい仲間が増える事になりました。樋山くんです。」
先生が呼ぶと、ガラガラと戸を開けて、転校生がスタスタと教室へ入って来た。
その姿を見て、恋は窓際の席で息を呑んだ。
教室を歩いて来た転校生は、公園で出会った、あの男の子本人だった。
「|樋山美風《ひやまみかぜ》 です。ミカゼと読みます。」
美風はリラックスした表情で、黒板の前で挨拶をした。
次に、美風は教室を見渡して、自分を凝視している、あやかし狐の少女に目を留めた。
気づいた顔をして首を傾げた後、美風は、恋に向かってにこっと微笑んだ。
「特技は走ること。趣味は写真を撮ることです。これからよろしくお願いします」
改めて見ると美風はとてもきれいな顔をしていた。
宗介はすっきりと涼しく整っているが、美風は、それとはまた趣が違って、美しい人形のような顔立ちをしている。
「樋山くんは、休みの日は何してますか?」
「大体の場合は写真を撮ってます。それかピアノを弾いてるか。買い物にも行くし。」
質問タイムになり、美風は、新しいクラスメートからの質問に答え始めた。
先生の指示で、転校生の美風の席は恋の真ん前に決まってしまった。
恋は、困ったなと思いながら、美風が席に付くのを眺めていた。
────3────
帰りのホームルームが終わって、生徒達が三々五々パラパラと教室を出ていく。
「新田さん」
時間割を書いていた恋が振り向くと、転校生の美風が、ロッカーを背に、鞄を肩に掛けて持って立っている。
美風が言った。
「新田さんってあやかし狐の末裔なんでしょう?」
公園で出会った時と同じ、なんともないような声。
恋がなにか言おうとする前に、横から、斜め後ろの席で恋を待っていた宗介がすかさず割り込んで聞き返した。
「どういうこと?」
宗介の声は普段とひとつも変わらない。
穏やかで礼儀正しく、きちんと美風に向かっている。
美風はびっくりした顔をしない。
「えーと上野だっけ……上野は知らないの?。変身するところ見た。新田さんは、あやかしの末裔なんだ。レア種だよ、かなり。」
美風が言った。
「樋山、お前、変わってるって言われない?」
「別に。って事は上野は新田さんと組んでるのか。この地方って、あやかしの人、珍しくないよ。秘密にしてるの?。」
恋が黙っていると、美風は、薄い唇をふっと持ち上げた。
そうすると美風の整った顔はさらに引き立てられれて綺麗に見えた。
「僕、あやかし調べてたことあるんだ。前に知り合った化け狐の人が、すごく写真映り良くて。綺麗だよね、レア種の人。」
「化け狐って、何のこと?」
宗介が冷静な声で聞き返したが美風は無視した。
「あやかし狐って、美人ってだけでしょ?気にすることないと思うけど。」
美風は手に持った鞄を無聊にゆらゆらさせて見せた。
「新田さんもすごく綺麗だよね。」
そう言って笑った美風に、恋は何も言う事ができない。
────4────
昇降口から出て恋と宗介は校門に向かう。
パラパラと前を歩く生徒たちに混ざって、宗介が声を潜めた。
「樋山にお前があやかし狐って事がバレてる。何でだと思う?」
ぎくっとした恋は無言で地面をつま先で蹴った。
宗介に公園での事を言うわけには行かない。
宗介はそんな恋を怪しいと思ったらしい。
「何かしたの?」
眉を顰めた宗介が聞いた。
「さ、さあ」
目を逸らした恋の声は上ずった。
宗介は、ぴんときて、疑いの眼差しで恋を見た。
数分後。
宗介は恋の頬を嫌と言うほど抓っていた。
「それであいつは写真が趣味で、あやかしの映りの良さを知ってるんだ。なるほどね。」
やっと手を離してから、宗介が言った。
「知ってる人たまに居るよ」
「まあね。一応あやかしに理解はありそうな奴だけど。今後どう出るか分からないし。ああ、不安。恋は平気なの?」
「多分何も、されないよ」
恋は宗介の心配を分からない。
宗介は恋があやかし狐だとみんなに触れ回られる、と危惧していたが、美風には、特にその気はなさそうに見えた。
「何かしてくるって思うの、暗い」
「お前はノーテンキなの。どんなやつか分からないだろ。秘密を言いたがるタイプだったらどうするんだよ。そういう奴は平気な顔でバラして回るんだから。ちゃんと警戒しないと。」
宗介は恋を心配である。
宗介は、時々、恋があやかしだとばれて、住んでいるこの土地から追い出されて自分のそばから居なくなるという夢を見た。
そういう時は、必ず胸の痛みで起きた。
「……とにかく、恋は知らん顔してろよ。聞かれても答えない事。ばれてるにしても。そのうち僕から言ってやるから。分かった?」
宗介が言った。
「返事は。」
恋は、「はい」と小声で気乗りしない返事をした。
────5────
次の日。
3時間目の美術は移動教室だった。
恋は理央達と話をしながら廊下を歩いて美術室へ向かった。
美術室の大きな戸を開けて教室へ入ると、教室の真ん中のテーブルに、美風が1人で座って頬杖をついていた。
「転校生くん、教室迷わなかったんだね」
理央が小声で恋に耳打ちした。
「樋山くん、時々恋のこと見てるよ。気になるのかな?」
「樋山くん、顔がすっごい綺麗だよね。ありゃ目立つよ。」
明日香が言った。
「恋って、綺麗な人ばっかに好かれるのかな?。羨ましい。」
恋は美風の方を盗み見た。
窓から入る日差しに当たって、黙っている美風はいっそう綺麗に見えた。
────6────
その日の美術の授業は絵画の鑑賞だった。
教卓に色んな画家達の画集が山と並べられ、生徒たちはそこから好きな物を選んで取って感想を書く。
恋は散々迷ってからある画家の風景画を選んだ。
グループ用の大きなテーブルで、シャーペンを取って用紙に感想を書こうとしていると、ふいに人の来る気配がして、後ろから声がした。
「へえ」
振り向くと、美風が机に片手をついて、恋の開いた画集を見ていた。
「樋山くん」
「新田さん、その絵好きなの?」
恋は、夕方を描いたその絵を見て、黙ったま頷いた。
ピンクとオレンジと黄色の夕焼け空を、鳥が飛んでいく。
繊細な色使いは抽象画の様にも見えた。
「その画家、まだ生きてるよ。夕焼けの絵が好きで、夕焼けばっかり描くんだ。」
美風は隣の椅子を引いて座った。
「一人暮らしで好物はサンドイッチ。絵は夜にしか描かない。猫を飼ってて大事にしてる。有名になってからは、大判の絵ばっかり描いてる。」
「どうして知ってるの?」
「うちに絵があるんだ。一昨年に買った。直接買ったから話をした事もある。」
美風は頬杖をついて、恋の画集をパラパラと捲った。
宵闇に金星の絵。
朝焼けの絵。
また夕方の絵。
美風が顔をあげた。
「画家がどんな事を思いながら絵を描いてるか気にならない?」
「なる、けど。」
「今度聞いといてあげるよ。懇意にしてるんだ。小さい絵なら描いて貰えるよ。」
「良いの?」
恋が嬉しそうにすると、美風は微笑んで、画集を元のページに戻して置いた。
「新田さんって、笑うと子狐みたい。」
美風が言った。
「……」
「駄目だよ。もうやっちゃ。……僕の秘密にしとこうっと。」
美風はそう呟くと、隣で違う画集を捲り始めた。
────7────
転校生の美風とはどうも縁があるらしい。
それは休み時間、図書室に行っていた恋と理央と明日香が連れ立って階段を降りていた時のこと。
三人は、理央の借りた小説の話をしていた。
「もしこの小説に友達を当てはめるとしたらクラスで誰が似合うと思う?」
理央が聞いた。
「ヒーローはやっぱり上野くんかな。あの上品な感じが。ハキハキ喋る所とかも。」
「となるとヒロインは恋だよね」
「私、小説をそんな風には思えないけど」
「なんでも良いんだよ。色んな楽しみ方があるもん。恋愛小説じゃなくて冒険小説だけど、ヒロインとの絡みも楽しみだよね。よし、今度は恋愛小説として読んでみようっと。」
恋は、普段小説をあまり読まない。
文字を追うのは面倒だし、絵を描いている方が好きだからだ。
ふと下を向くと、向こうの方から、筆箱を持った美風が階段を登って来ている。
次に恋が口を開きかけたのと、足を滑べらせたのは丁度同時だった。
「わっ」
階段の真ん中で、転げ落ちそうになった恋の体を、咄嗟に、腕を伸ばした美風が抱き止めていた。
「……」
「新田さん、大丈夫?」
美風が普段と変わらない声音で優しく聞いた。
「気をつけてね。」
美風は平然とした顔で恋を見下ろした。
腕を降ろした美風は振り向くと手を振ってから歩き出した。
「ナイスキャッチ。すっごい偶然。樋山くん王子様みたいだったね。」
理央が小声で言った。
「そういえば、樋山くんと恋、よくこそこそ話してるけど、いつの間にそんなに仲良くなったの?。きっかけは?。」
「……」
恋は困った顔をして、曖昧に笑った。
────8────
笛が鳴る。また生徒が走り出す。
体育の授業。
50メートルを計測していた恋は、走り終わって校庭の脇にある階段に向かった。
校庭の低い階段には既に計測を終えていた美風が座っていた。
恋に目を留めると、美風は立ち上がって恋の座っている場所の近くに座り直した。
「……見てたよ。キミは本当にきれいだね。」
美風が言った。
「新田さんって、髪の色が淡くて、妖精みたい。あやかし狐って妖精の仲間だと思う。」
宗介の計測の番になると、恋達が見ている前で宗介は走り出した。
白線に、宗介は組の一位でゴールする。
「新田さんって、上野と付き合ってるの?」
美風が聞いた。
「付き合ってないよ」
「そっか。良かった。二人で秘密を共有してたから、付き合ってるのかと思ってた。」
「……」
「話してると何かっていうと上野って出すから、ちょっと妬けたよ。あやかし狐って事についても、あいつが管理しようとしてるみたいだし。」
「幼なじみなんだ。そう見えるの?」
「うん。そんなに仲良いなんて羨ましいな。」
「そんな事はないけど。」
「何で僕はもっと早くにこの学校に来なかったんだろう。もっと早くに新田さんと出会えたら良かった。」
「そうなの?。それは……」
恋が言い終わる前に、さっと風が吹いて、恋の髪を攫った。
と、後ろから、恋と美風の肩を押して、西井多紀が現れた。
「走り終わったの?。ねえ転校生、あやかし狐っていつも言うけど、それって何?」
多紀が聞いた。
「……ううん、内緒。僕と新田さんの秘密なんだ。」
美風は微笑んで、立ち上がった。
────9────
ある晴れの日の放課後。
「新田さん」
時間割を書いていた恋に、美風が来て声をかけた。
「ちょっといい?」
恋がなにか言う前に、美風は恋の手を掴んで立たせた。
上履きのまま、美風が恋を連れて行ったところは教室の裏手だった。
足元には砂利が敷かれていて、そこはそこで日が当たっている。
美風は人がいないのを確認すると、普段と同じ声音で切り出した。
「一目惚れした。僕と、付き合ってください。」
恋は息を呑んだ。
「いきなりこう言うの緊張した。誰かを好きになったのキミが初めてで。どう言おうか考えてるんだけど。」
恋は、誰かと付き合うだなんて、想像した事がなかった。
恋は、びっくりした顔していたが、やがて困った顔をして、首を横に振った。
「ごめんね」
「ふーん。そっか。」
申し訳なさそうな恋に、美風は特に落胆した色もなく頷いた。
教室の裏には涼しい風が吹いている。
ちょっと肌寒いくらいで、教室の喧騒が、ここからは遠く小さく微かに聞こえた。
美風の目が光った。
「新田さん。あのさ、」
美風が言った。
「考えてきたよ。呪符持ってるんだ。貼れば君は狐になる」
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「……なんてね。呪符持ってるのは事実だけど、そういうことは別に言わないから安心して。付き合ってもらえなくて残念。一旦言ったほうが仲良くなれるかと思って。」
呆然とした顔の恋に、くすくす笑いながら美風が言った。
「新田さん、上野は別に恋人じゃないんでしょ?」
美風は頷きながら言う。
「恋人だったら呪ってやる。待っても良い?。」
こわごわ会釈をして、その場をそそくさと後にしようとした恋を、美風は後ろから呼び止めた。
「言っておくけど、僕は待つけど諦めてないからね。あんまりきょとんとしてると、僕、君のこと逆に嫌いになってやる。」
美風は空を見上げて、さて、と息をつくと、つっ立っている恋に、声の調子を変えた。
「それじゃあ新田さん改めて。振られちゃったから。」
空は晴れていた。
水色に澄んだ薄い空は、爽やかな色合いを保っている。
浮かんだ白い雲が翳を作って通過していく。
美風が口を開いた。
「記念にキスしてくれたら、君が狐って事内緒にしてあげるよ。」
なんでもないことを言うような口調。
美風が、にこ、と微笑んだ。
────12────
その頃、宗介は家に帰って自分の学習机で数学の勉強をしていた。
美風と恋が二人で教室を出ていったのが気になったが、後でとっちめるから良い、と宗介は思っていた。
この頃恋が美風とよく喋るのは、宗介にとって頭痛の種だった。
2人は案外気が合うようで、近頃は教室の隅で、よく何か話をしていた。
────なんであんな奴が良いんだ。
美風に対する嫉妬は、宗介にとって癪の種だった。いつもなら自分が側にいるのに、秘密を知る美風を避けられない。
恋が自分とだけ喋ってくれればとも思ったが、宗介はその考えを頭から振り払う。やっぱ腹立つ。
もうそろそろ恋が家に寄る、そう思っていると、玄関の方からチャイムの音がした。
宗介は恋を迎え入れるため、立ち上がって、部屋を後にした。
キッチンで、宗介は恋のためにカフェオレを作った。
混ぜるとカチャカチャと涼しい音を立てたカフェオレは甘い良い匂いがする。
「宗介、あのね」
手渡されたカフェオレを飲まずに、ソファーの前に座って、恋が口を開いた。
「何?どうかした?」
宗介もソファに座った。
「あのね……」
恋の言葉に、宗介は目を見開いた。
「はあ?恋人ができた!?」
宗介は思わずソファの上で身を引いた。
「何で?。どういう事だよ?。訳分かんない。」
宗介はびっくりした顔で恋をじろじろ見る。
「誰?」
宗介が尋ねた。
「……」
恋が名前を言うと宗介は怒り笑いで言った。
「はあ?何それ。なんでいきなり?」
恋は困った顔をして、無邪気な目で、黙って宗介を見つめ返す。
「……ふーん。で?お前はなんて言ったの?」
意外にも思い詰めた声で宗介が聞いたので、恋は答に自信をなくした。
「いや、そう言ったんだけど」
「で?」
「キスされちゃった」
「!」
宗介は難しい顔で天井を見た。
────13────
「樋山」
「何」
「恋のことでちょっと話」
放課後の事。
ホームルームが終わると、宗介が美風を呼んだ。
宗介は自分の机に浅く腰掛けていて、美風が何と聞いても答えなかった。
生徒たちは一人また一人と帰って行った。
やがて、教室には、宗介と美風の他誰も居なくなった。
宗介は、ガラガラと音を立てて、戸をぴっちりと閉めた。
「何?」
「恋に変なちょっかい出さないでくれない?」
宗介が言った。
美風は驚かない。
「ちょっかいって?……恋人じゃないんでしょ。」
宗介が聞いた。
「お前誰に断ってキスした?」
「……新田さんの飼い主のつもり?」
美風が尋ねた。
「だったら何?」
宗介の低い声に、美風がくすりと笑った。
「……僕がなりたいのは飼い主じゃなくて恋人。新田さんキョトンとしてて可愛いから、僕は諦めないことにしたんだ。お前のじゃないよ、上野。」
宗介が言う。
「恋はキスされて困ってた。樋山、迷惑なんだよ、お前。勘違い野郎。頭どうかしてんじゃねえの?」
美風はシカトした。
黙って宗介を見つめていたがやがて嘲る様にふ、と笑った。
「キスされたのが悔しいの?」
宗介がカタン、と鞄を置いた。
丁度そのタイミングで、恋が教室の戸を開けた。
忘れものを取りに来たのだ。
「あ、恋」
宗介が睨むと、恋は驚いて髪を触った。
美風は俯いて床の端を見た。
「こいつが悪いって言ったら止す」
宗介が低い声で言った。
「何が?」
恋が聞き返した。
くわ、と変わった表情に、恋は怯えて打たれるのかと思って目を瞑った。
「何。どうしたの。」
「お前が良いなら良いけど、僕は嫌だからね。」
「だから、何が」
「それとこれとは別。お前がぼけっとしてるのが悪いんだよ。ほんとに。虫唾が走る。お前のじゃない、はこっちのセリフ。」
「は?」
「恋行くぞ。さっさと僕の家に帰ろうぜ。頭来る。」
「樋山くんどうしたの?」
美風は黙って済まし顔をしている。
これは面白いことになりそうだ。