【長】幼なじみは狐の子。
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朝のホームルーム前、恋がロッカーに鞄を仕舞っていると、ガラガラと戸を開けて急ぎ足で理央が入ってきた。
「おはよ、恋」
「おはよう」
「ねえ、聞いた?」
理央はいきなり声を潜めた。
「2組の黒沢さん、西木くん振っちゃったんだって。」
「えっ?」
「
黒沢香凛は、隣のクラスの女子だ。
美術クラブ所属で、恋とはあまり話をした事がなかったが、学校で告白騒ぎを起こしたことで、学年で名前が知られていた。
「前の時追っかけ過ぎて大騒ぎだったのに。」
「私ああいう人嫌。西木くんせっかく付き合ってくれたのにプライド丸潰れじゃない。恋、今日休み時間西木くん慰めに行こう。」
「いいよ。」
「あーあ、もうすぐ夏休みなのに嫌な話聞いちゃった。黒沢さん、星祭りも原くん誘っていくらしいよ。」
「ふーん」
「噂に拠れば、星祭りで星を見ながら告白すると、一生相思相愛で居られるんだって。雑誌にもいつも載ってて、結婚式のサイトとかにもよく出てくるんだ。この辺で一番有名なお祭りだし、結構信憑性高いらしいよ。」
「黒沢さんはまた告白するのかな?」
「みたいだよ。本当かわいそうだよね。」
恋と理央が星祭り、と話すのを聞いて、斜め後ろの席で頬杖をついていた宗介は、目を上げてちょっと考え顔をした。
宗介は、今年の星祭りに恋を誘う予定だった。
お祭りには毎年恋を含めた友達数名で行くが、宗介は今年は恋と2人きりで行くつもりだった。
そのために宗介は友達からの誘いを断っていたが、タイミングがなくて、恋をまだ誘っていなかったのだ。
やがてチャイムが鳴って朝のホームルームが始まった。
────1────
2時間目は国語の授業だった。
将来について作文を書くのが課題で、宗介は会社員、恋は散々迷った挙げ句ケーキ屋さんになる事について書いた。
キンコーンとチャイムが鳴って20分休みが始まる。
恋は理央と連れ立って廊下に出て、2組の教室へ向かった。
ガラガラと2組の教室の戸を開けると、
黒沢さんもほとんどの女子たちも居なくて、教室はがらんとしていて静かだった。
「西木くん」
「あ、新田、駒井」
近づいていくと西木くんは本を閉じて顔をあげた。
「黒沢さんのお相手、お疲れ様。恋人解消した方が良かったよ。大変だったね」
「うーん」
西木くんは苦笑いした。
「酷いよね。ああやって泣いておいて、コロっと態度変えるなんて。その後の事とか考えてくれないんだ。私黒沢さん嫌いになりそう。」
「酷いっていうか、考えてる事が分かんなくて。」
「気にしちゃだめだよ。忘れちゃいな。別れてって言うってそういう事だもん。もう放って置いた方が良いよ。」
「いや、一回好きって言ってこられると忘れられない。ちょっと言うと、迷惑。新田は上野と付き合ってるんだろ?」
西木くんは恋の返事を待たずにまた話に戻った。
「忘れられたくないとかそういう事を言いたがる奴だったし、忘れない方が良いんだろうな」
「駄目だよ。優しすぎるよ、そんなの。」
「まあいいや。俺が流せば良いんだし。恋愛ごっこが好きな奴ってだけなんだろ。嫌だけどさ。」
「嫌どころじゃないよ。大迷惑だよ。ああいう人って多分死んでも分かんないんだから。」
西木くんは理央を手で制したが、ふっとため息を付いて言った。
「俺は最初から別に好きじゃないから良いけど、家族に言っちゃったからなあ。姉貴が超がっかりする。面倒くさいことしないで欲しかったよな……。」
恋は心から同情して、コクンと頷いた。
────2────
掃除の時間、恋と理央は、教室の片付けをしながら、学校に出没する子狐の話をしていた。
下げていた机を運び終わって、箒をロッカーに片付けて居ると、外の掃除の班だった宗介が教室に入ってきた。
宗介は黒板を下げていた恋に気付くと、後ろから声を掛けた。
「居た居た、恋、」
しかし丁度チャイムが鳴ったので、恋と宗介は話せずじまいだった。
────3────
チャイムが鳴って、帰りのホームルームが終わった。
パラパラと生徒たちが教室を出ていく。
恋が鞄を背負うのを、宗介は机に腰掛けて待っていた。
階段を降りた昇降口で、宗介は片手で下駄箱に凭れながら、恋がしゃがんで靴を履くのを見ていた。
「恋」
宗介が呼んだ。
「何?」
「今年の星祭り、一緒に行かない?」
靴を履きながら恋が顔をあげると、宗介はちょっとだけ首を傾げた。
下から見ると、さらさらの黒い髪が斜めに下へ流れて、宗介はいつもよりいっそう端正に見える。
「良いよ。行く」
恋は靴紐を結んでいる最中だった。
恋が聞いた。
「理央たちもう誘った?」
「いや?」
宗介はちょっと真面目な顔をして、声を低くした。
「違うよ。2人きりで行こうって言ってる。祭り。」
「何で?」
びっくりして素っ頓狂な声を上げた恋に、宗介は顔色を変えない。
「別に。」
そっけなくそう言われて恋は戸惑った。
「何で?」
「なんでもいいだろ。約束。他の誰かを誘うなよ。」
「でも……」
「なあに?」
宗介は機嫌は良さそうだったが、いつもと同じ恋を叱る時の声音を出した。
「僕とじゃ不満なの?。」
「ちが……」
「じゃあ決定。この話は終わり。僕楽しみにしてるからね。」
歩き出した宗介は、話題を変えて、恋が分からないと言っていた算数の授業の説明を始めた。
────4────
学校から家に帰った宗介は、ソファに鞄を置くとリビングのカレンダーの前に立って、黒いサインペンで日付に印を付けた。
今年星祭りで告白して恋と付き合おうというのは、前々から決めていた宗介の目標だった。
宗介は誰よりも恋を好きだという自信があったし、他の誰かが恋を奪おうとするのもいつもやんわり排除し続けていた。
小さい頃から、恋は自分のものだと思っていたが、恋の方ではどう思っているかまだ分からなかった。
────自分が想うくらい、恋が自分を想ってくれたら。
宗介はため息を付くと、しばらくソファに座って部屋を眺めていた。
────5────
放課後。
教室に忘れものをしてしまって、一旦家に帰ってからまた学校へ来た恋は、廊下を歩いていた。
窓から大きく風が入ってきて恋の髪を攫う。
恋は、髪を切ろうか考えていたが、結んでしまえば同じだという気もしていた。
ガラガラと戸を開けて教室に入ると、黒板の前の教卓の椅子に、なぜか黒沢さんが1人で座って居た。
黒沢さんが顔をあげた。
「あ、新田さん」
話さずに出ていこうと思ったのに、黒沢さんは目ざとく恋に声を掛けた。
教卓の上で指を組み直すと、黒沢さんはうっとりした顔で言った。
「これから原くんと待ち合わせしてるんだ。校舎裏で2人で喋るの。そろそろ夏休みだね。」
「そうだね。」
「ねえねえ、新田さんって上野くんとこの頃どう?。新田さんには彼氏が居るから言えるんだ。私、原くんと星祭りに行くんだよ。」
「知ってるよ。」
恋は呆れ顔で言った。
「西木くん、かわいそうだよ。振り回しちゃ。」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと言ったから、友達としては好きだって。それも大事な事だよね。」
黒沢さんは自分の恋の話をするのが大好きで、できれば恋にもその話をしたかったのだが、恋はちょっと困った様な顔をした。
「迷惑になってもそうするの?」
「だって仕方ないよ。原くん、好きになっちゃったんだもん。もう他の人なんか見えないよ。」
「ふーん。」
「誰かを好きになるって楽しいよね。友達以上恋人未満より、ちゃんと付き合ってる方が絶対楽しいよ。私最近その事ばっかり考えてる。」
恋は黙って自分の机へ歩いた。
「付き合ってからが楽しいって言う人も居るけど、試してみるまで分かんなかった。西木くんで分かった事いっぱいあってね……え、新田さん、もう行くの?」
筆箱を取った恋がすぐに教室を出ようとしたので、黒沢さんは教卓からちょっと驚いた声を出した。
「待ってよ、まだ話してないのに。」
「うーん……今日はちょっと……ごめんね。」
恋は黒沢さんと目を合わせないまま、教室を出た。
────6────
星祭りの前日の夜、恋の母親は部屋のクローゼットの箪笥から恋の浴衣を出していた。
「お母さん、あった?」
部屋の戸口から、自分の部屋からやって来た恋が顔を出した。
「あったわよ。春に畳んでしまっておいたもの。ちゃんと干して、毛玉取りしてから着なさいね。」
「分かってる」
「宗介くんとデートなんて、良いわね。二人きりで行くならお洒落していかないと。可愛く作って行きなさいよ。」
「デートじゃないったら」
恋は部屋に入って、母親と一緒に浴衣を見た。
今年親戚の人に貰ったばかりの新しい浴衣は、緑色の地に黄色やオレンジで華やかな金魚の模様が描かれている。
「デートよ。宗介くん昔っからあなたの事大好きなんだから。いつもいつもあなたばっかり気にしてくれて。ありがたく思いなさい。」
母親の言葉に、恋は戸口に寄りかかって、宗介を思い浮かべた。
昔から恋は、宗介にはどうにも頭があがらない。
想像の中の宗介は、恋を脅す時の笑顔で「言う事聞かなかったらどうなるか分かってる?」と言った。
「早いもので二人とももう来年は中学生だし、楽しみね。明日は晴れるって。いいお天気なんて良かったじゃない。頑張りなさいね」
微妙な顔をしている恋に、恋の母親は浴衣をハンガーに下げながら笑った。
────7────
星祭りの夕方。
宗介は、庭の塀に寄りかかって、浴衣姿の恋が玄関から出てくるのを待っていた。
「浴衣だね」
塀から体を離し、黙っていた宗介が口を開いた。
「うん」
「僕は着ない。歩きにくくて面倒だから。部屋に持ってるけど。」
星祭りは神社のそばの大通りのお祭りで、お祭りが天の川の真下に位置する時期に催されるためこの名が付いた。
カップルや家族連れなど沢山の人が足を運ぶ、賑やかな祭りで、恋も宗介も毎年必ず友達を伴って遊びに行っている。
「夕方は結構涼しいね。今日はカンカン照りとは違ったからこの位になるって思ってた」
「昨日は雨が降ってたけど、今日は降らなくて良かったね」
「昨日学校で夏休みについて言われた事覚えてる?特別な事を積極的にしろだって。何か思いつく?」
「特別って言っても、あんまり無いからね。今年はどんな事があるかな。」
二人は話をしながらお祭りの通りへ向かった。
晴れ空の霞がかった夕暮れに浴衣姿の人が多くなってきた。見上げると提灯の連なる一本道の通りに祭りの景品を抱いている人や、うちわを持って仰いでいる人が歩いていく。どこからか太鼓の音がしている。
「綿あめ買いたい」
「良いよ、どこ?」
恋と宗介は綿あめ屋の屋台で綿あめを買った。
「宗介も食べる?」
恋が綿あめを向けると宗介はぱくりと一口端っこを食べた。
次に恋は綿あめを手に、宗介とかき氷屋へ行った。
代金を払ってブルーハワイのかき氷を受け取った宗介は、スプーンで氷を大きく掬って恋の口元に持っていった。
「はい。お返し。」
恋達は食べ物を食べながらお祭りの通りを歩いた。
「人が多いね」
「そうだね。はぐれないように気をつけろよ、恋。万一はぐれても、狐に変身して歩き回らない事。足元で動くし小さくて見つけにくいんだから。分かった?」
「大丈夫だよ」
「浴衣は見間違えないからね。お前がもし勝手に歩いても、僕が見つけてやれるから、はぐれたらその場から動くなよ。もしはぐれたらすぐ僕が引き返してやるから。」
二人がラムネを買いに行くと、屋台のラムネ瓶は盥の氷水に浸かって売られていた。
蓋を開けて飲むと透明なラムネは冷たくて涼しい味がした。
────8────
お面屋とピンバッジの屋台を通り過ぎて、チョコバナナ屋とたこ焼き屋の前を通った。
旗の立っているりんご飴屋の前で、恋は向こうから来た人にぶつかってしまった。
立ち往生していた恋に、宗介はすぐに気付いて通りを戻ってきた。
宗介は軽く恋の右手を掴むと、何も言わずに石畳の道を歩き出した。
昼間の間明るく照っていた陽は落ちて、辺りの景色が薄青い。
屋台の明かりが光りだしている。
小さい女の子の玩具のアクセサリーの屋台を通り過ぎようとした所で、宗介が口を開いた。
「恋、お前、好きなやつ居ないよな?」
恋が見上げると、宗介はいつも通りの顔で、まっすぐ恋を見返した。
「え、何で?」
「別に。」
宗介が何も言わないので視線をずらすと、安っぽい飾りの付いた女の子のおもちゃの指輪が、屋台の明かりの下できらきら光っている。
「好きだよってお前に言う奴どう思う?」
「え」
恋は宵の空を見上げた。
一番星がもう出ていて、上の方で小さく瞬いている。
「……すぐに誰かを好きだっていう人はちょっと変だよ。」
顔をしかめた恋の口をついて出て来たのはそんな言葉だった。
「きっと一人で恋愛してるつもりになってのぼせてるんだ。」
「……なんでそう思うの?」
「別に。」
宗介の表情が微かに揺らいだ。
黙ってお客の居ない子供のアクセサリーの並びに目をやる。
宗介が聞いた。
「例えば誰かがお前を好きって言ったら、それもそういう風に取るの?」
「だって、私は誰も好きにならないし、迷惑だよ、告白なんて。」
ふいに、どこかで花火があがったようで、ドーンと大きな音が聞こえた。
通りすがりの人々が宵の空を見上げて囁やき合う。
繋いでいた手がゆるくほどけて離れたのに恋は気づかなかった。
黙っていた宗介が口を開いた。
「……帰ったら夕飯。今日家にゼリー作ってあるから、食べに来てもいいよ。」
「え。」
「これから帰ってシャワー浴びて眠る。僕やることあるけど明日にする。今日は疲れた。」
「まだ回ってない所が……」
「いい。」
あんまりきっぱりした口調で宗介が言ったので、恋は自分が宗介の機嫌を損ねたのに気付いた。
おそるおそる宗介を見上げると、宗介は普段の顔で言った。
「こんなに暗いし、あんまり遅いとおばさんが心配するだろ。」
恋が何か言う前に言った。
「今日は楽しかったね。」
そっけなく、全然そんな風に思ってなさそうな口調で。
綺羅びやかなお祭りの通りを後ろに、暗い道を歩いて二人で帰ったが、宗介はほとんど何も喋ってくれなかった。