【長】幼なじみは狐の子。
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「今年の宿泊学習は野外体験教室です。」
教卓を背にした担任の小山田先生は、教室の黒板に白いチョークで大きく野外実習と書いた。
「生徒たちにとって、野外体験教室は6年生最大の楽しみです。1人1人責任を持って、普段では経験できない活動をして、思い出に残る一日を作りましょう。」
恋は、窓際の後ろの席で先生の話を聞いていた。
6年生のキャンプは毎年恒例で、梅雨明けと同時に始まる。
恋も生徒たちも教室を楽しみにしていた。
────1────
「恋、バス、隣に座らない?。」
グループ決めで席を立ってやって来た理央が恋の背中を軽く叩いた。
「良いよ。でも明日香は?」
「芽衣と座るって。上野くんは多紀と座るって。良かった、恋がまだ誰と座るか決めてなくて。」
「楽しみ。バスもキャンプも。」
「ね。みんなで泊まりに行くなんて滅多にないもん。ワクワクするよね。」
班ごとに合わせた机で、配られたしおりに目を通しながら理央が言った。
「何持ってこうかなあ、キャンプ。」
「キャンプグッズは全部準備されてるって。泊まりもロッジだし。可愛いロッジだと良いね。」
「去年の6年生が言うには、結構大きいロッジだったみたい。グループごとに別棟の。こう、丸太で組んであるみたいな。キャッチーでお洒落な。恋、分かる?」
「分かる、気がする」
わくわくしながら恋が言うと、班の行動表をチェックしていた宗介が言った。
「僕はテントで寝た事あるけど、恋は外で泊まった事ないだろ。山の中は涼しいけど、結構危ないから、気をつけないと。外で怪我したりしても面倒だしね。虫除けも持っていかないと。」
「野生の動物居るかな。」
「リスとかなら居るみたいだよ。時々だけど。見れると良いね。」
「俺、去年の夏同じとこ行ってきたんだ。ロッジは違うけど。面白かったぜ。」
しおりを眺めながら|西井多紀《にしいたき》が言うと、明日香がうっとりとため息をつく。
「いいなあ。私も恋と同じで、外に泊まった事ないんだ。夏はやっぱキャンプだよねえ」
「それでやっぱカレーだよな。外で食べる。」
「テントも良いけどロッジも良いよね。夜ずっと起きてようよ。よし、私カメラ持っていこう。」
先生の指示で席に戻るまで、クラス中ががやがやとキャンプの話で盛り上がっていた。
────2────
キンコーンとチャイムが鳴って帰りのホームルームが終わる。
「恋、うちへ寄ってかない?」
鞄を背負った理央が机にやって来て恋に尋ねた。
恋は時間割を描き終えて今しがたメモ帳をしまった所だった。
「何で?何か用事?」
「この間恋に借りてた図鑑、返そうと思って。学校に持ってくれば良かったんだけど。」
「いつでも良いよ」
「助かる。暇なら遊びに来てよ。私やることないし。」
斜め後ろの席で宗介が、鞄を持って立ち上がった。
「恋、帰るよ。」
「ちょっと待って。」
「駒井んち寄るなら寄るで良いけど、お前まだこの前の国語の作文書き終えてないだろ。ちゃんと終わらせなよ。成績付くんだから。端折って先生に怒られても知らないよ。」
「うん、分かってるよ」
「国語の先生厳しいから、恋、先に作文仕上げた方が良いよ。またにする。また今度呼ぶよ。」
「言っとくけど僕に頼んでも書かないからね。まったく。学校の作文なんて、適当に済ませれば良いのに。普通そんなに根詰めては書かないんだから。」
ガラガラと戸を開けて廊下に出る。
話しながら階段を降りて行くと、パラパラと下校する生徒たちの姿が見えた。
────3────
前庭の花壇を通って校門を出て、理央と分かれると、人気のない静かな通学路を歩きながら宗介が口を開いた。
「恋、今度のキャンプの最中、狐になったりしちゃ駄目だからね。」
恋は首を傾げた。
「キャンプ場で狐が出たら、クラス中大騒ぎだ。人に戻るタイミングを間違えて、お前があやかしだってバレたらどうするの?。絶対に変身はしちゃ駄目だからね。」
「大丈夫だよ、多分」
「多分じゃなくて。子狐の姿のまま食べたり、バスに乗ったりする訳にはいかないだろ。不注意ったらない。お前はあやかしなの。ちゃんと弁えろよな。本当に。」
「……だって、狐なんだから」
恋は困った顔で頬を掻いた。
「ったく。お前はどうせ山で変身したがると思った。先に言っとく。あやかしは怖がられるし、驚かれるの。僕以外にお前が狐の子だって知られちゃ駄目だからね。」
「え、でも」
「でもも何もない。狐になるのは僕んちだけでにしなっていつも言ってるだろ。大体、おばさんも甘すぎるんだよ、お前に。叱らないからそういう風に好き放題するんだ。いつもいつも外で変身して心配させて。」
「……」
宗介はしかめっ面で言った。
「まったく言う事聞かない馬鹿狐なんだから。約束。お前はキャンプ場で変身はしない。はい、返事。」
「……」
「返事。こら。」
宗介に睨まれた恋は、黙ったまま上を見上げた。
民家の通りの水色に澄んだ空を、小鳥が一羽、塀の上から羽ばたいて飛んでいく。
恋は、狐の姿で山を駆け回るのを内心楽しみにしていた。
宗介に言われなければ、もちろん恋は、キャンプ場で子狐の姿になって理央達にじゃれて過ごすつもりだった。
「も・し・もキャンプ場で狐が出たりしたら、ただじゃ置かないからね。」
宗介は恋を脅す時にする声音で凄んだ。
────4────
朝。
花壇のある学校の前庭には、旅行用の大型バスが入ってきて停まっていた。
並んだ生徒達に代わって先生が荷物をバスの中へ運び込んでいる。
恋が旅行用のボストンバックを渡すと、先生は名前を確認してから他の生徒の荷物と一緒にトランクにバックを入れた。
恋はわくわくしながら階段を上ってバスに乗り込んだ。
クラス全員がバスに乗車した後、先生が点呼を取って、車は出発した。
しばらくして。
恋の隣の席に座ってしおりを見ながら、理央が口を開いた。
「何時頃に着くと思う?恋。」
「10時って書いてなかったっけ。」
「予定通り着くと思う?。このバス乗り心地良いけど、大きいからか遅い気がするんだよね。中カーテン付いてて綺麗だけど。」
窓の外の横断歩道が赤信号に変わった。
理央はそう言うが、恋はそんな事はないような気がした。
「着くまで何する?。しりとりはつまんないし。」
黙っていた恋にふいに理央が閃いたように言った。
「そうだ、恋、告白ゲームしようよ。」
「告白って?」
「秘密の話して、盛り上がろうよ。恋、なんか言って。誰にも言わないから。秘密、あるでしょ。」
「え、あるけど……」
「教えて教えて。ねえ、良いでしょう?。」
恋はシートから振り返って、後ろの席の宗介が多紀と話をしているのをそっと確認した。
宗介はペットボトルのお茶を飲みながら歓談していて、自分達を見ている恋の様子には気付いていない様だった。
「何なに?。絶対誰にも言わないって約束する。」
きらきらした目の理央に恋は声を潜めた。
「私、狐のあやかしなんだ」
「はい?」
「あやかしの末裔で」
「どういう事?」
目をパチクリさせた理央に恋は辛抱強く説明した。
曰く、自分はあやかし狐の末裔であると。
いつでも変身できるが、宗介に怒られるため普段それはどうしてもできないと。
「理央、狐、嫌い?」
「いや、ごめん、ちょっと、意味が分かんないんだけど。」
恋がため息混じりに俯いていると理央は吹き出した。小声で言う。
「わかんないけどいいや。狐なんだね!」
「理央、もし友達が狐だったら嫌?」
「ぜーんぜん。むしろ嬉しい!。狐って可愛いよね。」
にっこり笑った理央に恋は自然に笑顔になる。
車は快速でキャンプ場へと向かった。
────5────
目的地に付いたバスはキャンプ場の駐車場へ入った。
車から降りると、駐車場の青空の下に連なる背の高い緑が辺りを囲んで居て、自然の香りが鼻先をくすぐった。
「ふー、最高」
「空気がおいしいねえ」
自分たちの荷物を運びながら、多紀と理央が言った。
着いたロッジは可愛い丸太小屋のデザインで、グループごとに別棟だった。
寝室に広いフリースペースが付いていて、夜はそこでお喋りができる。
恋がモタモタしていると、もう荷物を入れ終わっていた宗介が恋のボストンバックを持って、女子部屋の玄関まで運んでくれた。
────6────
お昼になると、先生の号令でキャンプグッズが貸し出され、生徒たちはキャンプ場でがやがやとカレーの支度を始めた。
賑やかに調理を始めた生徒たちから離れて、恋は、素知らぬ顔で森の方へ向かってこっそり歩き出した。
「こら恋」
しゃがんで米の火加減を調節していた宗介が、恋に気づいて顔を上げた。
「どこに行くつもり?」
恋は応えなかった。
そのままさっと身を隠すように木の後ろに隠れる。
宗介が立ち上がる前に、木の後ろから白い煙がもくもくと舞い上がった。
煙が薄らぐと、そこに居たのは一匹の子狐。
宗介は慌てて恋に走り寄った。
「馬鹿、お前変身はしない約束だろ!」
子狐は捕まえようとした宗介の手を軽やかにすり抜けた。
「早く元に……」
「あ!狐が居る!」
最初に恋に気が付いたのは焚き火の前でじゃが芋を切っていた明日香だった。
明日香はまな板に包丁を置くと、しゃがんで子狐の恋に近づいてきた。
「上野くんどこで見つけたの?。怖くないよ。こっちへおいで。」
「……」
「わ、」
宗介の見ている前で、恋は明日香の腕の中へジャンプした。
明日香は子狐を抱いて、肉を炒めていた理央に子狐を見せにいった。
「理央、狐が居た。こんな山の中に。」
「あ、すごい。本当だ。本物だね。」
「ふわふわ。可愛いね。この子赤ちゃんじゃない?まだ」
「可愛いなあ。親狐は居なかったの?」
「居ないみたいなんだ。上野くん動物に懐かれやすいのかな?。さっきこの子だけ上野くんと居たの。」
「どうしたの?」
「わあ、狐が居る」
理央と明日香が子狐をあやしていると、クラスメート達が次々と駆け寄って騒ぎ始めた。
「可愛いね。尻尾フサフサ。美人さんだね。」
「ちっちゃーい。目なんかきらきらだし。肉球気持ちいいね。」
「子狐だね。いい記念になった。居るんだねえキャンプ場にも。」
「逃げないんだ。人懐っこいね。可愛い。」
子狐の恋は、撫でられたり、褒められたりとわいわい大人気。
女子達は順番に子狐を抱いてあやした。
宗介は苛々した表情でそれを見ていたが、女子達が恋を離さないので、仕方なく横目で子狐を睨みながら食事の支度に戻った。
────7────
しばらく女子達とじゃれていた恋は、だんだん騒がれるのに飽きて、クラスメートの1人の腕から離れた。
そのまま歩いて森へ入ると、もう女子たちは追ってこなかった。
森の木々は静かで爽やかで、緑の葉には初夏の趣がある。
ふいに、何かが鼻先を掠めたので、恋は瞬きした。
目の前をふわふわ飛んでいくのは美しい蝶だった。木々の間をすり抜けて、森の奥へと入っていく。
子狐の恋は蝶を追いかけて走った。
蝶はひらひらと飛び回った。やがて一本の木の上に止まった。
子狐の恋が木に登って、蝶を捕まえようと腕を伸ばすと、その瞬間蝶はひらりと枝を離れ、また違う木へ移ってしまった。
恋は木から降りようと下を見下ろしてどきっとした。
恋は木に登るのは得意だったが降りるのは大の苦手で、今までその事を忘れていた。
高い枝まで登ってしまった恋は木から降りる事ができなかった。
────どうしよう。
枝の上で、子狐は途方に暮れた。
────8────
トレーを片付けながら、宗介はあちこち見回って恋を探していた。
恋は、カレーが出来上がって昼食を取る時間になっても戻らなかった。
片付けが終わると、先生が点呼を取る集合時間になる。それまでには連れ戻さなければ。
宗介はがやがやしている生徒たちの間をそっと抜け出して一人歩き出した。
恋は、木の上から下を見ていた。
上から見ると、下の地面は遥か遠く思われた。
枝伝いに降りたらとも思うが、もし手元が狂ったらと思うと怖い。
でも、いつまでもそうしてうても仕方ないので、恋は、太い幹を、目をつぶりながら爪を立てて後ろ向きで降りることに決めた。
────あいつ、どこに行ったんだろう。
宗介は恋が心配だった。
動物の姿だと嗅覚があるから道は間違えないかもしれないが、恋だと思うとそれも心許ない。
自分が一緒に居るときなら良いが、森の中は安全とは言えない。
宗介は、森の道をきょろきょろ見ながら早足で歩いた。
────9────
ふいに、後ろから走ってくる足音がして、そろそろと木を降りていた恋は細く目を開いた。
下を見ると、宗介が、まっすぐこちらを見上げている。
恋はどっと安心した。
怖い顔をした宗介は一番近くの枝をつかむと、ひょい、と上へあがって来て、後ろから子狐の首をきゅっと摘んだ。
────10────
夜になって、ロッジのウッドデッキの手摺に凭れた恋は、満天の星空を見上げていた。
「あ、恋。外に居たんだ。」
ドアを開けてパジャマ姿の理央が出て来て後ろから声を掛けた。
「恋すぐどっかに行っちゃうんだもん。昼食の時も居なくなったでしょ。どこに行ってたの?」
今日の昼過ぎ、木から降ろされた恋は、宗介の顔の前に、首を摘んでぶらんと吊り下げられた。
宗介はわざと笑顔を作ると言った。
「人に戻りな?。恋。」
結末は分かっていたが、仕方ないので、恋はその場で白い煙をあげて、人の姿に戻った。
ゴチン!
間髪おかず、宗介はグーで人に戻った恋の頭を打った。
宗介は腕組みをして、目を釣り上げて怒った。
「狐になるなって何度も言った!よくも逃げたね。いつもいつもそうやって勝手な事して心配させて。あげく木から落ちて怪我しそうになってる。馬鹿なんだから!。ごめんなさいもまだ聞いてない!。怒られないと思ってんのかよ。そうやって調子に乗って。僕に怒られるのがどうして分かんないかな。限界!。ああ腹立つ。ったくほんとにもう……。ほんと、いい加減にしないともう一発食うからね!」
……。
「もう夏だけどまだ涼しいね、恋。山ん中だからかな」
理央が言った。
夜の空には星々が散りばめられて、キラキラと輝いている。
と、またドアが開いて、今度は明日香が顔を出した。
「あ、恋、理央、居た居た。」
「明日香」
「どうしたの?」
「ロッジのみんなで集って、肝試しやろうだって」
明日香が言った。
「今道順と脅かし役を決めてる。恋達もやろうよ。」
────11────
ロッジの外はお誂え向きに暗くなってきていた。
木々の葉は黒く、風が吹くと、ざわざわと不気味な音がする。
じゃんけんで勝って、恋は脅かし役に決まっていた。
「暗いね。恋、1人で大丈夫?。待ってるの怖くない?」
「大丈夫」
「すぐ誰か行くと思うよ。本式に脅かすと面白いかも。がんばってね。」
恋達脅かし役は理央たちと分かれて、数名で道順に離れて散らばった。
ところで脅かし役、と聞いて、恋は自分があやかしであることを思いついていた。
誰かを脅かす、というのは、恋にとっては心踊るわくわくする事だった。
恋は、体からはあやかしの印の光を出し、てのひらにはあやかしの火の玉を持つことに決めた。
これでバッチリ、やって来た人は驚いてくれるだろう。
草陰に隠れて、恋は脅かされ役が歩いてくるのをドキドキしながら待った。
恋の期待とは裏腹に、一番最初の脅かされ役は宗介だった。
宗介は肝試しに参加したくなかった。
持ってきた本を読んでいたかったし、面倒だから早く休みたかったのだが、恋が来ていると言われて心配でついてきたのだ。
クラスメート達に送り出されて、懐中電灯を手に、宗介は森の隣の小道を進んで来た。
辺りは暗く静かで、微かに虫の声がしている。
歩いてくる人の気配に気が付いた恋は、全身からあやかしの光を出しながら草陰からひょこひょこと進み出た。
「あ」
あやかしの光を出していたし、手には火の玉のような物を持っていたが、宗介にはそれが恋だとすぐ分かった。
数秒間、宗介は恋を見ていた。
「お・ま・え・は!」
くわ、と怖い顔をした宗介に、背中を見せて逃げ出そうとした恋。
散々叱られた恋は、次の日はついに狐にはならなかった。