【長】幼なじみは狐の子。
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恋は、母親と二人でクラシックのコンサートに来ていた。
真っ暗な中に浮かび上がる金色や銀色の楽器は、どれもきらきらして見える。
恋は、宗介と美風の事を考えていた。
近頃宗介は美風を警戒していて、美風と恋が近付かないように気を張って見張っていたし、恋が美風の話をするとあからさまに嫌な顔をした。
宗介が良いと言ってくれれば、恋は美風とも仲良くして、取り合われないまでも微妙な関係を保っているつもりだった。
────樋山くんが諦めたら。
美風さえ諦めてくれれば、事態は解決する。
美風に自分の他に好きな人が出来る所を想像すると、ちょっと胸が痛く、恋は、自分は狡い奴なのかなあ、と考えた。
暗いホールの中でで宗介や美風の事を思うと、二人がより近しい存在に感じられた。
演奏が終わって、舞台の演奏者達が立ち上がって挨拶すると、会場を包む大きな拍手は、いつまで経っても鳴り止まなかった。
────1────
放課後。
「恋」
時間割のメモ帳から恋が顔をあげると、鞄を背負った宗介が居た。
「宗介」
「放課後これから僕は委員会があるけど、お前はまっすぐ家に帰るように。ぐずぐず学校に残って誰かとちゃらついてたら怒るからね。」
宗介は斜め前の席の美風にちらりと目をやり、恋を睨んだ。
宗介のその声は、近くにいる美風にも余裕で聞こえてしまうはずで、恋は、宗介がたまにやるこういう牽制を、ちょっと居心地悪く感じていた。
「分かった?。」
「分かった。」
恋は仕方なく頷いてメモ帳をしまった。
宗介が行ってしまうと、一気に静かになった。
恋が鞄を背負って、席を立って教室から出ようと立ち上がると、その背中を、美風が呼び止めた。
「新田さん」
「樋山くん」
美風の薄い色の瞳は、さっきまで宗介がそこに居たことなど全く意に介していない様だ。
「今日の六時間目、だるかったね。日差し暑くて。」
「うん、疲れたよね。」
「窓開ければ涼しいんだけど、先生、気づいてくれなかったね。気が効かないんだから。」
美風はこう切り出した。
「新田さん、来週の日曜日、学校のそばにある自然公園に遊びに行かない?」
「えっ」
恋は、困った顔で頭をかいた。
「宗介が駄目って言うから……」
「関係ないよ。そんなの。」
「約束しちゃってるし……」
「約束なんて。上野とでしょう。構うことないよ。新田さんは僕との新しい約束を気にしてくれるべきだよ。」
「……」
「断られたら、泣くよ?、僕。良いの?。」
そう言って笑った美風の笑顔は、どう見ても涙とは無縁だったが、恋は困った顔をした。
「えええ……」
「日曜の朝10時に。自然公園の門のオブジェの前で。来なかったら……」
美風は言葉を切って、寂しげな表情を作った。
「すっごく傷つく。絶対来てよ、新田さん。」
「でも……」
「でもはなし。じゃあ、約束したからね。」
困り果てた顔をしている恋に、美風は話題を変えて、狐の恋の食べるキャットフードの話をし始めた。
────2────
宗介は、新聞部が嫌いだった。
自分と恋についてあることないことを書くし、恋愛事件の報道しかしないのも、馬鹿だと思っていた。
伊鞠と桂香について、変な人達、と思っていて、半分不審者扱いしていたが、その変人達が役に立つこともある。
委員会から戻ってきた宗介は、教室で帰りの支度をしていた。
宗介は支度が早い。
ドアを開けてすぐに教室を出ようとした宗介は、入れ違いに誰かとぶつかりそうになった。
「すみません」
反射的に言ってから、相手を見ると、そこに居たのは新聞部の伊鞠だった。
「……。」
「上野くん。」
宗介は表情を戻して、無視して出ていこうとした。
すると、伊鞠が大きな声で呼び止めた。
「スクープ!」
「……何ですか」
宗介が嫌な顔をして伊鞠を見返す。
腕を組んだ伊鞠は、口を開いた。
「スクープよ、上野くん。あなたに関する情報を知りたいと思って?」
「……良いです、要らない」
宗介が言って、歩き出そうとすると伊鞠が前に回った。
「あなたと新田さんに関することよ。良いの?」
「恋に?」
宗介が訝しげにすると、伊鞠は浅く笑った。
「知らないのは彼氏ばかり。かわいそうに」
「何ですか、失礼な。恋がどうかしたなら言ってくださいよ。」
「新田さんがね。」
伊鞠が言った。
「どうしようかな、言おうかな、言うのやめようかなあ」
「……。」
こちらを煽っている様なあからさまにふざけたリアクションに宗介が無言でいると、伊鞠が口を開いた。
「なーんて冗談冗談。教えてあげるわ。さる確かな情報筋によれば、新田さん、今度の日曜、デートするそうなのよ。樋山くんと。」
「!」
「それを記事にしても良いんだけど、ちょっと都合があるから、教えといてあげようと思って。」
「……」
宗介は無表情だ。
「場所は、自然公園。時間は10時頃。」
黙ってしまった宗介に、伊鞠が聞いた。
「キミは連れ戻すの?」
「……別に。」
「新聞部は、どちらかといえばカップルを優先するのよ。」
伊鞠が言った。
「心の触れ合いがある仲良しカップルを推奨しているの。一応だけど。それじゃ頑張ってね。」
踵を返し立ち去った伊鞠に、1人残された宗介は、しかめっ面でしばらくその場に突っ立っていた。
────3────
日曜の朝、恋は、家のリビングで自然公園に行こうか行くまいかまだ迷っていた。
ここで美風と一緒に公園に行ってしまうと、もしバレないにしても宗介を裏切る事になる。
宗介は、恋が浮気をすると、目を吊り上げて怒ったし、最低でも一発は打った。
────樋山くんが泣く。
恋が気になるのは、美風の涙だった。
泣くほど悲しく自分の事を思ってくれているのかもしれない美風に、恋は報いたい気もする。
宗介に怒られるのとどっちが良いか、と聞かれたら恋は迷ったが、恋は、友達を泣かせてはいけないような気がしていた。
着替えを済ませると、恋は、結局鞄を持って、こそこそと自然公園に向かった。
────4────
自然公園には美風がもう着いていた。
この公園の目立つ印である門から入ってすぐの変わった形の銀色のオブジェに寄りかかって、美風は恋の事を待っていた。
「樋山くん」
「あ、新田さん」
恋が声を掛けると美風は笑って手を振った。
「今日涼しいね。どっから回ろうか。」
「自然公園は近いけどあんまり来ることなくて、よく知らない。」
「聞いた話によればこの公園って陸上部の練習コースなんだって。もしかしたら誰かと会うかもね。そうなったらどうする?」
「えええ……えーと私は……」
美風が笑いながら恋の手を取ろうとした時だった。
突然、白い大きな何かが勢いよく飛んできたと思ったら、恋と美風の間を掠めた。
飛んできたのは鞄だった。
振り返ると入口の門の影に、宗介が怖い顔をして立っていた。
「あ……」
恋は驚きで声も出なかった。
美風も一瞬目を見開いたが、美風の方はすぐに落ち着きを取り戻して軽く首を傾げた。
「何?」
美風が聞いた。
「お前は何なんだよ。僕の彼女に付きまとって。迷惑。本当。」
宗介が低い声で言った。
「お前の彼女?。笑わせんな。僕と新田さんはもう約束してるんだ。」
美風が言った。
宗介は恋の方を向いた。
「恋、お前は。約束破り。後で酷い目見るよ。その手。」
宗介が言葉を切った。
「放せよさっさと!。」
美風が言った。
「新田さんは上野より僕の方が好きだし、上野に無理矢理付き合わされて困ってる。早く別れろよ、お前たち。」
「恋。」
宗介が聞いた。
「お前は僕より樋山だって言いたいの?」
「私は、」
恋はしどろもどろに言った。
「ど、どちらかといえば、」
言いかけた恋は美風と目が合って言葉に詰まった。
「どちらかといえば?」
「ど、どっちも好きかなあなんて。」
宗介が笑顔で首を傾げた。
「別れる。」
きっぱりした声で宗介が宣言した。
「それなら、僕。お前とは。」
恋は、突然振られた事がショックで、びっくりして傷ついた顔をした。
「わ、私は、」
恋は言いかけたが辞めた。
「……分かった。ありがとう、宗介、今まで。」
そう言った瞬間、宗介の目が大きく見開かれたのに、恋は気付かなかった。
「あっそ。」
宗介が歩き出した時、恋はてっきり打たれるのかと思って目を瞑ったが、宗介は恋の横をすり抜けてさっき投げた鞄を拾いに行っただけだった。
宗介は鞄を拾うとくるり、と背を向けて、もと来た道を歩き出した。
「宗介」
「恋。お前、大嫌い。」
恋は美風に言われるまで呆然として口を利かなかった。
────5────
「恋は、待ってって言わないでそのまま上野くんと別れちゃったんだ」
翌朝、教室の後ろのロッカーの前で恋が理央と明日香に宗介の事を相談すると、理央が呟いた。
「もったいないよ。せっかく幼稚舎からのペアなのに。」
「浮気しながら付き合うなら、付き合わない方が良いと思うな。女子に評判悪いもん。」
恋は、困った顔で二人を見た。
振られた、というのは自分がもう相手に取って必要ない、という意味で、もう一切の関係は終わり、という事になるのかもしれない。
恋は、今まで宗介とばかり居たので、宗介が恋を無視しだすと、すぐにひとりぼっちになってしまった。
「ちゃんと謝ると良いよ。上野くん、きっと未練凄いから。いつも通り、謝って許して貰いなよ。その方が絶対良いって。」
「その時は浮気はもう絶対なしだよ。樋山くんにもきちんと言って、関わらないようにしなきゃ。っていうか二股普通はしないよ。」
「どうしても浮気しちゃうなら、恋言い訳考えな。樋山くんのせいにすると良いよ。迫られたって言って。」
「それじゃあ樋山くんに悪いよ。私は、浮気は絶対反対。色んな恋愛指南見るけど、浮気しながら報われるなんて載ってないもん。絞らないとそのうち2人に嫌われちゃうよ。」
「私もそう思うんだけど……」
「じゃあ、恋、聞くけど、恋が浮気した理由って何だったの?」
理央にそう聞かれて、恋はやっと、美風の事を話し始めた。
────6────
宗介は恋をずっと無視していた。
声をかけても冷たい表情でシカトして、全く返事を返さない。
冷戦状態のそんな日々が続いていた。
────7────
「今度の日曜、新田さん、絵の展覧会に行かない?」
放課後。
教室の入口から2人で出た廊下で、鞄を背負った美風が言った。
恋と美風は、この頃は放課後もいつも一緒に居た。
「日曜ごとに出掛けようよ。車で。あ、親が居ない方が良かったら、電車とか使ってさ。」
「うーん……樋山くん、悪いけど……」
「何で?何か都合悪いの?。そうやってはぐらかさないで。ちゃんと僕と思い出作ってよ。」
恋が宗介と別れて以来、美風は颯爽として機嫌が良く、いつも明るく恋に自分の事を喋った。
「新田さんが上野と別れて嬉しい。僕ずーっと順番待ってた。こうなるって分かってたよ。」
「樋山くん、付き合うのはちょっと……」
「嘘。もう僕達は付き合ってる。邪魔者が居なくなって、晴れてゴールイン。新田さんに、すぐに上野なんかより僕の方が良いって分からせてあげる。」
「……」
「何か不満?」
タタン、と階段を降りた美風は、くるりと振り向くと、階段の踊り場で、恋を壁際に軽く押し付けた。
「不満があるなら言えば良い。直すから。僕、君の言う事何でも聞くよ。」
顔の右上、壁に置かれた手を見ながら恋は躊躇した。
「新田さんを守る忠実な騎士になる。もし王子様の方が好みだったらそっちでも良いし。」
「待って……」
「無理。ごめんね。」
美風が笑顔で言った。
それから当然の様に美風は恋にキスした。
窓から入る午後の日差しが2人を照らして、踊り場にだけ春が来ている様だ。
唇を離した後美風はくすくす笑いながら幸せそうにこう言った。
「泣くっていうの嘘だよ。優しい人、僕が一生傷つかないように守ってあげるよ、恋」
────8────
学校の帰り、恋は一人とぼとぼと家へ向かって歩いていた。
ちょっと前なら宗介と賑やかに家路に着いていたが、その宗介は。
でも自分が悪いのだ。
恋には、三角関係をうまく扱う才覚がなかった。
良い女がする巧妙なズルも言い訳も、恋の頭には全然思い浮かばなかった。
こういうタイプは、一途を貫いて、流れに身を任せて大人しくしている他ない。
恋が、ため息をついて最後の角を曲がろうとした時だった。
ポケットから学校に持っていっているケータイが鳴って光った。
メールの差し出し人を見ると宗介となっていた。
To恋
すぐ来い。学校の外ステージ。
恋はポケットにケータイをしまうと、制服のまま、もと来た道を走った。
────9────
宗介の言っていたステージはこの中学のシンボルで、校庭へ向かう広場の真ん中にあった。
吹奏楽部が演奏の時に使うこの舞台は、今日は午後の陽光を反射して、こぼれるような光を溢れさせている。
恋が校門から入っていくと、宗介はぽつぽつと花の咲いている芝地の一段高いステージに寄りかかって立っていた。
「恋」
宗介が言った。
「話すの久しぶり。」
宗介は下を向いて続けた。
「で。」
で、の後をしばらく待っていると、宗介が顔を上げて恋を睨んだ。
「なんで止めないんだよ。」
宗介が言った。
「止める?」
「別れるって言って。なんで止めなかった?」
恋は思い出してああ、と呟いた。
「だって。」
恋が言った。
「宗介が別れたいのかと思って。」
恋が、宗介の返事を待っていると、宗介は恋に向き直りざま、恋の右頬をパチーンと思い切りひっぱたいた。
「……」
「僕が何だって?。」
宗介はニコ、と笑うと恋を見下ろした。
「なんで言葉の裏の意味を考えないんだよ。普通は考えんの、何を言おうとしてそうかって。お前と居ると僕ばっか嫌な思いする。腹立つ。最低。」
「……」
宗介は続けて恋に言った。
「で。」
「……」
「それで、結局、僕は何を言おうとした?」
「……」
恋は、俯いて考えた。
(宗介の言おうとした事。)
「……お前が好き、と浮気すんなだろ!」
すぐに宗介が言って、今度は恋の胸ぐらを掴んで顔を寄せた。
「本当に腹立つ。人の気も知らないで調子こいて、あげく樋山と付き合いかけて。僕がその間どういう気持ちだったか考えた事ある?。」
苛立った声で言った後、恋の服を離し、ハア、とため息をつく。
「駒井に聞いた。」
宗介がステージに座りながら言った。
「泣くって何?。意味分かんない。恋、お前も、そんなのに騙されないの。どうせムードを盛り上げるための嘘なんだから。」
恋は、理央に相談して良かった、と心から思った。
「お前といない間、お前のことばっかり考えてた。いつもなら僕と居るのに。どうしてるかなって。その間切なかった。」
宗介が言った。
「仕置きに無視してたんだけどぜーんぜん響かない。馬鹿を見る、僕の方が。ほんと独り相撲。なんだか歳とった気がする。」
「……」
「割に合わない。何で?。樋山の何がお前にそんなに大事?。僕より大事なの?。僕は恋の事だけこんなに思ってるのに。」
「宗介」
「恋、」
宗介が言葉を切った。
「お前が好き。考え事全部持ってかれるほど。お前なしじゃ居られない位。」
「……宗介。」
「恋、これからもう二度と浮気しないね?。誓える?僕と約束できるよな?」
「うん」
それから宗介は屈んで緑のステージで恋にキスした。
「お前さえ居れば、何も要らない。」
澄んだ涼しい風が吹き渡り、恋は2人を祝福された様な気がした。
────10────
校内新聞の丸々1ページを使って、新聞部は宗介と恋の復縁を報道していた。
二人のこれまで。関係。トラブル。その終息。これから、云々。
────11────
放課後。
「恋!」
宗介が恋の席にやって来て声をかけた。
「今日はファーストフード寄ってくよ。話したいこと沢山ある。お前は今日もチーズバーガー食べるんだろ?。」
「うん」
「新田さん」
恋の後ろから、美風が現れて声をかけた。
「新田さん、僕も行っていいでしょ?」
「!」
「はあ?。何で樋山が来るんだよ。」
「上野には新田さんの独占権はない。だってそんなのズルい。新田さんには僕がちゃんと付いてないと。」
「ふざけんなよ。僕達は付き合ってるんだ。樋山、お前は部外者なんだから一緒に行動しようとすんなよね。」
「なんと言われようと僕も行く。上野にいいとこ取りさせない。良いでしょう?新田さん。」
「はあ?うざ。こら、なんとか言えよ、恋。」
「……。」
困り顔の恋。
と、そこへ、ガラガラと戸を開けて教室に理央が入って来た。
「あれっ上野くんに樋山くんに恋。まだ残ってたの?」
読みかけの小説を自分の机から取りながら理央が言った。
「駒井、どうにかしてくんない、こいつ。」
「樋山くんがどうかした?」
「僕達のデートに付いてこようとして、邪魔でたまんない。なんとか言ってくんない。」
「ああ。」
理央は笑いながら言った。
「もし樋山くんが恋を諦めたら、それはそれで違和感あるもんね。3人っていつもそういう感じだし。」
理央がくすくす笑った。
「誰が欠けても、この三角形のバランスは成り立たない。記念碑的三角関係。」
理央が手に持っていた本を開いてからぱたんと閉じた。
「世界が終わる時も、この3人は絶対一緒に居るって、私保証するよ。」
冷やかすような、面白がっているような。
教室の窓から見える青い空が、この世界がまだまだ終わらないことを、美しく謳っている。
「こら恋!」
「新田さん」
おわり