【長】幼なじみは狐の子。
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薄暗い新聞部の部室。
時々風が入ってきて、窓際の白いカーテンを翻す。
「それじゃあ、樋山くんは新田さんを絶対に諦めない、という事でまとまっているのね?」
テーブルについて、伊鞠がボールペンでメモを取る。
「上野くんは新田さんと幼なじみで昔から結婚の約束をしていると噂があるけど、それに対してあなたはどう思う?」
「嫉妬でどうにかなりそう。でも僕が居るから、そううまく行きっこないですよ。絶対に僕がさせません。」
「そう。前回のデートで、何か収穫はあった?」
「ありましたよ。新田さんがそこまで上野のこと好きじゃないって知って、嬉しかった。早く別れてくれれば良いのにと思ってます。」
向かい側のテーブルに着いて頬杖をついた美風は、伊鞠からの質問に次々と答えていく。
伊鞠はメモを取りながら、ハイライトなネタに印を付ける。
「新田さんは、明言を避けているけど、ずばりあなたと上野くんどっちを好きなのかしら?」
「僕……だと良いなと祈ってます。新田さんはどっちつかずだから、たまにイライラする。僕のこと嫌いなら嫌いでそう言えば良い。そんな訳ないけど。」
「そう……今日はここまで。前回の記事に、小さくだけどブランコの写真を載せておいたわ。協力ありがとう。」
「いいえ」
伊鞠が聞いた。
「デートで話題になっている最中に取材に協力するなんて、どういう風の吹き回し?」
美風は冷めた表情で言った。
「僕はただ、情報を圧力にするために、新聞を使おうと思って。活字はインパクトがあるから、新田さんに響くかもしれない。」
「そう祈ってるわ。中立は中立だけど、メインのイケメンが記事に協力的なのはありがたいから。」
「使うは使うけど、はっきり言って全部僕らのプライベートなんで、取材、どうかと思いますよ。仕事熱心は尊敬するけど、ちょっと軽蔑します。」
「よく言われるわ。喜ばれる記事を書くために、必要なのは熱意と大胆さよ。私には両方揃ってる。」
「自分で言うんですね。」
美風は挨拶をすると、冷たい表情のまま部室を後にした。
────1────
美風と恋のデート事件があってから、宗介は不機嫌だった。
宗介は恋と美風に話す隙を与えないように、力を入れて見張っていたが、そうはいっても、同じクラスなので、2人は嫌でも顔を合わせてしまう。
教室、朝のホームルーム前。
恋と理央が話していると、向こうの方から美風がやって来て、声を掛けた。
「新田さん」
「あ」
「あ、樋山くん」
理央がちょっと首を傾げた。
「新田さんの意気地なし。あの新聞の後から僕とちっとも喋ってくれないんだ。幻滅した。」
「ごめ……」
「樋山」
「あ、上野くん」
後ろから宗介が現れて、美風を睨んだ。
美風は冷たい表情をしている。
「何」
「……恋に近づかないでくれない?」
宗介が笑顔で首を傾げて言った。
「断る。」
「うざ。断らねーよ。そいつ、」
宗介は恋を指した。
「僕の彼女なんだけど。知っての通り。前から。」
「僕は認めてない。お前のものだなんて思ってねーよ。」
「お前が認めるとか認めないとか関係ねーんだよ。僕のものは僕のもの。ちょっかい超要らねーんだよ。」
「……」
「あのさ、お前、目障りなんだよね。」
しんとした教室の真ん中で、一触即発。
宗介は低い声で、不自然な笑顔を作った。
「宗介……」
「恋、お前は。」
宗介は言葉を切った。
「ふらふらしないの。ビンタ食うよ。この間みたいに。」
「新田さんを殴ってんじゃねーよ。」
美風が低い声で言った。
「はあ?。僕の勝手だろ。うぜえんだよ、お前。」
宗介が美風に顔を近づけた。
次は手だ、と恋が目を瞑ったたところで、運良く丁度チャイムが鳴った。
────2────
この間と同じ様に、恋達Bグループは教室の外に出て社会の調べ学習をすることにした。
今度の学習場所は図書室だった。
「そろそろ資料を集めようか。」
クラスメートの1人が言った。
「商店街についての歴史、資料あるだけ持ってきて。」
「オーケー」
「了解」
恋は地域の資料が図書準備室にあるのを知っていた。
恋が1人で図書準備室に入ると、部屋はカーテンが閉まっていて薄暗く、少し埃っぽかった。
棚にある地域についての資料を恋が捲っていると、ガラガラと戸が開いて、後ろから美風が入って来た。
「ここ誰もいないね。」
美風が口を開いた。
「ちょうどよく秘密の話ができる。新田さん、何も喋ってくれないの、怒ってるからね。この意気地なし。」
恋は困った顔で樋山くん、と呟いた。
宗介に悪い、とか、はたまた喋らないと樋山くんに悪い、とか、考えて恋はますます困った顔をした。
「上野と早く別れて欲しいんだけど。」
美風が口を開いた。
「なんで僕を選ばないの。この間デートして分かったでしょう。僕と君はぴったりだ。絶対にうまく行くって保証する。」
「……。」
「そういう顔して、被害者ヅラしてないで、何とか言ったら?。しゃんとしなよ。へたれてないで。どうして今すぐに僕を選ばないのか分からないよ。」
「悪いけど……」
恋は樋山くんとは付き合えない、と小声で言った。
「宗介が怒るからじゃなくて、二股、する気なくて、樋山くんとは付き合えないよ。」
「どうして?。」
「どうしてっていうか……」
「それってどういう意味?。僕の事少しも好きじゃないの?。ほんの少しも?」
美風が聞いた。
恋は言い淀んで俯いた。
「好きだけど……」
「まだ上野よりは好きじゃないって言いたいんだ。そうでしょ?」
恋はためらいがちに頷いた。
宗介はいつでも恋の運命の幼なじみだったが、美風は突然現れた王子様だった。
自分に向かって微笑む王子様はきらきら輝いて魅力的で、恋には時々どちらか一方をそう簡単には選べないような気がした。
「じゃあ質問を変えよう。上野と同じくらいには、僕の事を好き?」
美風が聞いた。
恋は頷いた。
「本当に本当?。良い?。僕嘘つき嫌いだからね。嘘言ったら怒るから。」
恋が頷くと、美風はくすくす笑い出した。
「やっぱり。僕がちょっと後押しさえすれば、僕達は結ばれる運命なんだ。君は迷ってるんだね。」
恋が俯いて小さく頷くと、美風は優しい声で言った。
「迷って良いよ。もちろん。」
それから美風は首を傾げて言った。
「新田さん、放課後、僕の家へ来ない?」
「ええっ」
「話したいんだ。色々。」
美風は恋をまっすぐ見つめた。
「積もる話もあるし、僕も、意気地なしの新田さんに文句の一つも言いたいしね。」
困った顔で断ろうとした恋に、美風は恋から目を逸らすと、あっさりした調子で言った。
「来てくれなかったら、また僕は泣くしかない。」
「!。」
「新田さん、僕を泣かすの好き?。趣味悪いよ。」
首を傾げて覗き込むようにして言われて、恋は何も答えられない。
閉じたカーテンの隙間から細く光が差し込んで来た。
────3────
美風の御屋敷のバスルーム。
泡の出るバスタブと美しいタイルの壁。
────泣く、ねえ。
洗った体を熱いシャワーで流しながら、美風はひとりごちた。
泣く、と言うと、恋の反応が変わるのに、美風は気づいていた。
実際は泣いたことなんてないし、単なる好意の強調で、そんなに気にされる謂れもないんだが。
自分がさめざめ泣くタイプに見えるのかと思うとちょっと心外だったが、これを使わない手はない、と美風は思っていた。
────優しい新田さんはこれからきっと僕のもの。
美風はシャワーから出ると、ふかふかのボディタオルを取って着替えを始めた。
────4────
また違う日。
恋は結局、とうとうある学校の帰りに美風の御屋敷に寄った。
大きな黒い門扉や車が何台も停まっているガレージ、色とりどりの花の咲き誇る噴水の庭は、今日はなんだか親しみが無いように思える。
恋が御屋敷の玄関に着くとすぐに、美風に広いホールから美しい居間に通された。
「新田さん、居間がいい?。客間が良い?」
美風が聞いた。
「今日誰もいないから、部屋全部使えるけど。客間の方が豪華だよ。客間の壁の絵、僕達が知り合った最初の頃の画家の絵だよ。見せた事あったっけ?。」
冷蔵庫を開けながら美風が聞いた。
「先生に呼ばれたっていう嘘、あれ上野信じたでしょう?ラッキー。上野はざまあないね。いい気味だ。」
「うん、うーん」
「上出来。二人で嘘ついちゃったね?。新田さん。」
くすくす笑いながら美風が2つのコップにアイスコーヒーを入れた。
「前から、夕方になった後に家に呼びたかった。その方がロマンチックでしょう?」
宵になりかけた広い芝生の庭が見えるガラス張りの窓を眺めながら、美風が言った。
恋はソファで俯いて黙っていた。
結局、嘘をついて美風に会いに来てしまったのは、自分の不甲斐なさだ。
宗介にバレたら、と思うと冷や汗が出たし、美風について来てしまうのはやっぱり裏切りの様な気がした。
ミルクを淹れたコーヒーを勧めながら美風が聞いた。
「後悔してる?」
「……。」
「僕を選んだら後悔させないのに。絶対。新田さんのこと幸せにするよ。」
「樋山くん、付き合うのはちょっと……」
「付き合えないのに、僕を好きだって言う。新田さんはわがままだ。自分で分からないんでしょ、それ、どうせ。質悪いんだから。」
それから言った。
「僕は君が好きだし、何が何でも付き合ってもらうよ。嬉しい。今日は君を独占できる。」
「私が今日来て言いたいのは、」
恋がためらいがちに言った。
「選べないほど好きだけど、でも付き合えないって事。宗介が居るもん。」
「へえ。それで?」
「だから、やっぱり友達として付き合って貰いたいっていうか……」
「ふーん。」
美風はつまらなそうに相槌を打った。
美風の目には、膝に手を置いて、目を見ずに、小さな声で話すきまり悪そうな恋が映っている。
美風はそれからいきなり話を変えた。
「ねえ、花火やろうよ」
────5────
芝生の庭は露に濡れていた。
外へ出ると辺りの景色はもう薄青く、空気は湿って夜になる手前の気配がした。
しゃがんで空き缶のローソクに火を付けると美風が言った。
「暗いね。ねえ新田さん、今浮気してるの分かってる?」
「……。」
「分かってるんだね。ちゃんと。もう分かって良い頃だし。」
美風が恋に花火を持たせたので、恋は仕方なく線香花火に火を付けた。
「新田さん、」
美風がわざと言葉を切った。
「浮気って地獄に落ちるよ。君はもう落ちてる。僕と地獄に。知ってた?」
「……。」
「かわいそうに、上野は何にも知らないね。愛し合う二人の逢引を。」
「……樋山くん、」
てのひらの下で火をつけた花火がシューシュー鳴りながら弾けていく。
恋が言った。
「樋山くんのこともすごく好きなんだ。選べないくらい。」
「なんだ。それが正直な気持ち?ならすぐに付き合ってよ。そうできるでしょう。上野と別れて、僕と結婚してよ。」
「二股になったら駄目だから、だから……」
「……だから?。」
美風は花火に火を付けながら聞いた。
「上野が邪魔だ。僕は君を放さない。君は僕から逃げられない。もう決まってる。運命だ。」
それから言った。
「これから沢山の物を見て、経験して、感じる時に、僕を側に置いて欲しい。ずっと。死ぬまで。」
「……。」
「変わらないよ、同じくらい好きなら、どっちと付き合ったって。ねえ、どうして?。」
「ごめんね……」
「待ってるの辛くない。上野と超仲悪いけど。上野と仲が悪いのだって、新田さんのせいなんだ。卑怯。新田さんがここまで来た上でそう言うから、僕は諦められない。」
きらきら瞬く星の空を見上げて、美風は、きゅっと締め付けられる様な切なさを感じた。
「僕は運命を信じてる。」
「諦めてって言うしか……ごめんね。」
宵闇に、俯く恋の姿が淡く溶けて、美風は、恋がそのまま居なくなってしまう様な錯覚を覚えた。
(そんな事はさせない。)
瞬間、美風が恋の袖を捕らえた。
「……二股で良いって言ったら?。」
美風が恋を睨んだ。
「君に選べって言わないで、上野の事も嫌いになれって言わない。そうやって僕が言ったら悲しいでしょ。」
「樋山くん」
「それって僕を好きってことだよ。納得いかない。後悔させてやる。僕を選ばないこと。僕の方が新田さんの事好きだし、この気持ちは変わらないのに。」
「……」
「愛人にして、何なら。」
「……」
「愛人でも構わないって言ってやる。君が傷つくように。君を傷つけるものが、僕以外であったら許さない。」
最後の花火が終わった。
美風は恋に、送るために支度するから待ってて、と言った。
────6────
ところで、陸上部の明日香は、夕方まで部活動をしていた。
厳しい先生に今日も檄を飛ばされて、1日疲れて帰って来ている。
学校の帰り暗くなった道路を歩いていると、向かい側から見知った顔の二人組が歩いてくるのが見えた。
────樋山くん、に恋!?
明日香はのんびり屋だったが気真面目だった。
恋の浮気についても、あってはならない事だと怒っている。
上野くんというあんなにかっこいい彼氏が居るのに、まったく恋と言うやつは。
明日香は2人に気付かれないようにそっと脇道に逸れると、ケータイを出して、宗介にすぐメールで連絡をした。
────7────
朝、学校に行く時宗介が先へ行ったと聞いて、恋はまずちょっとショックを受けた。
昨日の事は誰も知らないはずだったが、宗介がそうなのには、いつも何かしら理由がある。
恋が教室に着くと、宗介はもう着いていた。
宗介は教室に入って来た恋を見てちょっと首を傾げると、開口一番こう聞いた。
「居た居た恋。まさかとは思うけど、昨日樋山の家なんかに行ったりしてないだろうな?」
「えっ……」
恋が硬直して思わず美風の方を見ると、聞いていた美風は恋をちょっと覗き込む様にして、いきなり聞いた。
「新田さん、僕と付き合ってくれる気になった?」
「ならないよ」
恋は困り顔で宗介に聞こえる様に言った。
「どうしてもならない?」
「ならないったら」
宗介はそれを無視していたが、ふと、美風はニコっと笑った。
「あ、そう。それなら。昨日は楽しかったね、新田さん。」
「!」
澄まし顔の美風に、宗介の表情が変わった。
「昨日って?」
宗介は恋を睨んでいたが、ふいに、目を逸らした。
────8────
学校に居る間中、宗介は恋を無視した。
恋は謝罪から喋ってしどろもどろに理由を説明したが、宗介は少しも聞いてくれなかった。
放課後、今日は別々に帰るんだろうな、と思っていたら、恋の席に、宗介が現れた。
「帰るよ」
宗介は一言それだけ言うと、鞄を背に歩き出した。
二人の家が別れる門のところに来るまで宗介は喋らなかった。
家に入るため、恋が門扉を開けようとすると、その手を宗介が強い力で掴んだ。
────9────
「何も言われないと思ってた?」
和室。
恋は、壁に寄りかかった宗介を前に、正座させられていた。
「だって」
恋は、涙声で、頭を撫でながら言い訳を言った。
さっき、玄関から廊下を通って宗介の家のこの和室に入りしな、恋は宗介に痛いげんこを一発頂戴したのだった。
「2回目。いい加減にしな。ふらふらして見える動きをするから。僕が今どういう気持ちか分かる?」
「……。」
「ったく。しょうもな。こっちが一生懸命大事にしてやっても通じない。疲れる。最低。この裏切り者。」
「だって……」
恋はボソボソ抗弁した。
「ちゃんと宗介を好きって言ったよ。」
「当たり前だろ。僕とお前は付き合ってるんだから。どうして、」
宗介は言葉を切った。
「どうして樋山なんかに靡くんだよ?」
宗介にはそれが分からなかった。
恋が自分を好きなのも知っている。
普段愛情を見せる時、恋はしごく満足げだ。
自分も愛情を見せられて嬉しい事の方が多かった。
────どうして。
宗介は言った。
「僕はお前を大事にしてる。他の女子を見た事ない。それなのにこんな目に遭うなんて納得行かない。」
宗介が続けた。
「お前のことばっかり考えて生きてる。今も。前から。この先も。蔑ろになんかした事ないしするつもりもない。愛してるって言葉じゃ足りないくらいに思ってる。いつもお前だけ気にしてる。」
「……」
「お前が駄目になったら助けてやるって決めてるし、お前を助けられるよういつも気を張ってる。お前が傷つかないように守ってやるし、お前を傷つける奴を許さない。深く人を思うってこういう事だってもう分かる。それも言葉の上でと全然違う。何でだよ?。僕はこれ以上思えないくらいに思ってるじゃんか。」
宗介が言う事は、聞けば聞くほど恋への愛情に溢れていて、だんだん擽ったくなった恋は照れくさくなってつい言った。
「もおいいったら、言わなくて」
非常にイラっと来た宗介は笑顔で聞いた。
「ごめんは?」
「ごめん」
宗介はふう、と拳に息をかけると、恋のあたまのてっぺんに勢いよく垂直に落とした。
「痛っ」
「余計に食ったね。鬱陶しいんだよお前は。ったく。」
宗介はべそを描き出した恋を見下ろした。
「浮気者はそれ相応の目に合うよ。嘘つきを恥じろよね大体。ほんとに、一発殴らせてじゃ済まないから。」
宗介はしかめっ面で首を傾げた。
「反省が足りない。もう一発げんこ食いたくなかったらちゃん約束しろよ。ったく。馬鹿は困る。いい加減打たれる前に分かれよ。良い?。ああ腹立つ。もう分かったね?。次やったら、本っ当にただじゃ置かないから。」
恋は、また、浮気の本当の理由を言いそびれた。
「分かった?」