【長】幼なじみは狐の子。
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朝。
ベッドの中で、新田恋はまどろみながら、夢を見ていた。
夢の中に幼なじみが出て来た。
夢の中で、幼なじみは恋を抱きしめて、何があってもお前と離れない、と言った。
その甘い言葉が現実なのか夢なのか、恋には分からなかったので、恋はただふにゃふにゃ言いながら、照れて笑った。
と、恋の耳に、苛立った声が聞こえた。
「入学早々これね。まったく。馬鹿なんだから。」
恋が薄目を開けると、黒い目、黒いサラサラの髪。
自分を見下ろす幼なじみ、|上野宗介《うえのそうすけ》の整ったしかめっ面が目に飛び込んできた。
「こら恋。」
宗介が口を開いた。
「遅刻だよ。いつまで寝てるつもり?」
恋が、寝ぼけ眼でぼんやりと枕元の時計を見やると、文字盤の時刻はもう7時半を指している。
「わっ。」
慌てて起き上がった恋に、壁に寄りかかって腕を組んでいた宗介は、怒り笑いで洋服掛けから真新しい制服を取った。
「3分以内。顔洗って着替えて朝食。はやく。じゃなかったら置いてくよ。」
制服を受け取った恋は慌てて洗面所へ向かった。
────1────
濃いベージュのスカートに白いシャツ。
胸元には真っ赤なリボン、ジャケットはダブルで、スカートと同じ色だ。
恋は、さっきなんで宗介を見てあれ?と思ったのか分かった。
夢を見ていたからではなく、宗介が見慣れない新しいブレザーを着ていたから、恋にはそれが引っ掛かったのだ。
今日は中等部の入学式で、恋たち新入生は、8時には講堂に着くことになっていた。
「いきなりこれじゃあ、先が思いやられる。馬鹿なんだから。聞いてなかったの?。昨日あれだけ早く起きろって言ったのに。」
早足で通学路を歩きながら宗介が言った。
「中等部の建物は一回り向こうで、時間がかかるんだから。歩いてすぐ行ける小等部とは違うの。ちゃんと早起きして準備しなきゃ駄目だろ。」
「ごめん」
「寝坊しないって昨日僕と約束したのに。お前のせいで遅刻する。ああもう、良い?。次遅かったら学校に一緒に行くのを辞めるからな。」
「……」
恋と宗介は、小等部の終わりにの学芸会以来付き合っている。
2人は前から付かず離れずだったが、恋人に昇格と言うことで、その距離感は正式に維持される事になった。
恋は、もっとラブラブで居たい、と思うわけではなかったが、遅刻くらいで、こうも自分を邪険に扱うのはいかがなものか、と思っていた。
それを宗介に言いたいのだが、うまく言葉が見つからない。
「中等部はもう小学生とは違うんだから、自覚しろよ。もう親たちも何も口出せない齢なんだぞ。大人に近いの。3年経ったら次はすぐ高等部で成人なんだから。考えろよ。まったく。」
恋が、お説教を聞きながら歩いていくと、向こうの方に、中等部の建物が見えてきた。
恋は宗介に叱られながら道を講堂へ向かった。
────2────
講堂の入口には式典用の艶やかな花や、2年生や3年生の作った千代紙の大きな壁飾りが飾られていた。
講堂の中には制服姿の知らない顔が沢山居て、それは中等部から恋の学校に新しく入ってくる生徒達だった。
「居た居た、恋。」
新しい制服を着た|駒井理央《こまいりお》がやってきて手を振った。
「恋と上野くん、中々来ないから心配したよ。どうかしたの?。今日は。」
「恋が寝坊したんだ。ったく。さっき説教したばっか。いい加減成長しないんだから。先が思いやられる。良い?僕が言った事、分かったの?。恋。」
「新田さん」
理央の後ろから、金髪に近い色の癖っ毛の男の子が現れた。
人目をひく美しい容姿の|樋山美風《ひやまみかぜ》は、宗介を無視して恋に話しかけた。
「遅いから心配した。何してたのかと思ったよ。もしかしたら特別な用事でもあったのかと思って。朝から新田さんの事ずっと考えてたよ。」
「樋山くん、早く着いてたの?」
「うん。新田さんたちよりはずっと早くにね。でも大丈夫、まだ始まらないから。まだ先生達揃ってないよ。寝坊したなんてお茶目さんなんだから。」
「樋山、恋に話しかけないでくれない?。目障り。それからその言い方、気色悪いんだよ。何がお茶目さんだ。」
「別に。上野には言ってない。僕は新田さんに言ってるんだ。お茶目さんはお茶目さんだろ。そのまんま。新田さん、何で中等部までこいつと一緒に通うの?。入学式まで新田さんと来るなんて上野は嫌味な奴だな。」
式典用の教卓が置かれた講堂の舞台から恋が目を戻すと理央が頷いた。
「もうすぐ始まるね。あ、そういや恋、今年も私と同じクラスだよ。」
「え、クラス分け、もう発表されてるの?」
恋が驚いて聞き返した。
「うん。入口でクラス分け表配ってたでしょう。貰わなかったの?。私と恋と明日香と、上野くんと樋山くんと多紀。今年もみんな一緒。やったね。」
「新田さん、また一緒だよ。よろしくね。」
美風がにっこり笑った。
「上野まで一緒なのがかなり腹立つけど。どうしてこいつまで同じクラスなんだろう。上野だけ別だったら最高だったのに。」
「うわ……面倒くさ。樋山も同じクラスかよ。がっかり。このクラス分け失敗。恋、樋山には近づくなよ。」
宗介は続けた。
「言っとくけど、浮気したらただじゃ置かないから。」
しかし美風はそれを無視した。
「新田さん、今年こそは。上野とさっさと別れてよね。順番。僕待ってるんだから。ね?。」
「は?」
「大体、僕に言わせれば、新田さんと上野じゃ釣り合わないんだよ。豚に真珠。付き合い出したのおかしいよ。僕は絶対認めない。」
「……戯言。女子に聞いてみな。恋には前から僕しかありえないって言うから。分かりきった事。悪いけど、僕は樋山なんかに認められなくても構わない。もう僕達2人の問題だからね。樋山には1つも関係ない。」
「腹立つな。新田さん。早く別れなよ。言うけど僕を差し置いてこいつだなんて正気じゃない。何でなの?。」
「や、辞めようよ二人共……」
困り顔の恋が止めると、理央が言った。
「そうだよ、喧嘩は良くないよ。ねえ、グループ作りもこのメンバーでやろう。もちろん、新しい仲間も一緒に。ああ、中等部ってわくわくするね。」
やがて号令がかかって、静かで美しい音楽が流れ始め、入学式が始まった。
────3────
朝のホームルーム前、教室で、恋が自分の席で荷物を整理していると、理央がやってきて声をかけた。
「恋、おはよう」
「あ、理央。おはよう」
「新しい教室もう慣れた?。教室綺麗だよね、小等部のより。なんか全部が新しい感じがしない?」
「分かる。2階なんだね、1年の教室って。ベランダがある。」
「新田さん」
斜め前の席から美風が呼んで、恋を振り返って笑った。
「一学期のこの席順、バッチリだね。やった。やっぱり僕と新田さんは強い縁で結ばれてる。その証拠だよ。」
「調子乗んなよ」
後ろの方の席から、今しがたロッカーに鞄を入れてきたばかりの宗介が忌々しげに声を掛けた。
恋の席は窓側の前の方だったが、宗介の席は廊下側の一番後ろで、これでは話ができない。
宗介は荷物を置くと席を立って、理央の居る恋の机の近くにやって来た。
「恋、樋山と口聞くなよ。授業中いちゃついたら後でげんこ。良い?。後ろから見てるからな。」
「うざったいな。僕と新田さんの勝手だろ。授業中は喋れないから、お前たちの席が離れて嬉しい。そうこなくちゃ。」
「鬱陶しいんだよお前。恋は僕の彼女なんだから、いい加減諦めろよ。新学期なんだし、いい加減他の女子を探せよ。誰か居るだろ。誰だって良い。」
「嫌だ。新田さんじゃなきゃ。僕は一生を新田さんに捧げるんだ。上野はそのつもりで居るんだな。」
「忌々しい……迷惑。本当に鬱陶しい。どういうつもりで居るんだか。」
「知らない。新田さんさえ手に入れば。後はどうとでも好きに考えてくれていいよ。ね、新田さん」
美風が自分に微笑み、宗介が自分を睨んだので、恋は困り果てた顔で理央を見たが、理央はこの3人のこれには慣れっこで、少しも慌てた素振りを見せなかった。
「そういやさ、この学校、一学期の最初に追試のあるテストするんだって。昨日ママから聞いた。恋知ってた?」
ショートヘアの前髪のヘアピンをいじりながら、理央が聞いた。
「ええっ」
恋が声をあげると宗介が恋の方を見て頷いた。
「知ってる。なんか学力測る大きいテストで、合格点に満たないともう一回やり直しなんだって。恋、お前には前にあるって教えたろ。」
「覚えてなかった……」
「言ったよ。勉強しとけって。ちゃんと教えた。人の話を聞いてないから悪いんだよ。まったく。次から気を付ける事。」
「上野くんと樋山くんはいつも成績トップだから関係ないじゃない。あーあ、私どうしようかなあ」
理央が言った。
「理央より私だよ。だって理央、7割くらいはいつも取るでしょう?」
「恋、いつも点数どれくらい?」
「……くらい」
恋が言うと、美風がくすくす笑い、宗介がはあ、とため息をついた。
「追試ねえ。僕には関係なさそうだけど。どんなテストなんだろ。難しいテストじゃないみたいだけど、いつ頃あるんだろうね。」
頬杖をついたまま美風が言った。
「なんか抜き打ちであるらしいよ。日程言わないんだって。」
「どうしよう……」
「だーからちゃんと勉強しときなって言ったのに。普段からやらないからそうなるんだよ。教訓。いい加減学びなよ。」
「もし、新田さんが追試受けるなら僕も受けようかな。わざと落として。記念に。そうなったら一緒にテスト勉強しちゃったりして。楽しそうじゃない?。」
「樋山、恋に付きまとわないでくれない?。迷惑。目障りなんだよ。そういうの。」
チャイムが鳴ったので、宗介と理央は自分の席へ戻っていった。
────4────
次の授業が始まってすぐ、恋は、あ、これはまずいな、と思った。
新しく担任になった錦戸先生は、授業が始まったとたん、筆箱以外の教材を全部ロッカーに入れてくる様に生徒達に声をかけた。
「今から45分後に、テストを回収します。」
恋が思った通り、これから始まるのは抜き打ちテストだったのだ。
机の上裏返したテストは先生の合図ですぐ始まり、しんとした静かな教室にシャーペンを走らせるサラサラ言う静かな音だけが響いている。
恋は難しい顔をして一生懸命問題を読み始めた。
────5────
テストのあった日のホームルーム後、恋は新しいメモ帳にのろのろと時間割を書いていた。
「恋」
後ろから鞄を背負った宗介がやって来て、恋の前に立った。
「体育のジャージ。国語の資料集。持ち物もちゃんと書く事、端折らない。お前はいっつもうっかりしてるんだから。忘れ物しても知らないよ」
「分かってる」
メモ帳を鞄のポケットに戻した恋は、ガラガラと戸を開けて、宗介と連れ立って教室を出た。
「恋、今日のテストどうだった?」
窓の開いた廊下を、宗介は先に立って歩きながら、恋に聞いた。
「僕は全問解いて、見直しして後は休んでた。お試しのテストだし、そんなに深追いする気なかったから。問題自体はかなり簡単な方だったけど。」
「全然。解けなかった。」
「もう、しっかりしなよ。先は長いんだから。あの程度のテストでそれじゃあ、これから受けるテスト全部に落っこちちゃうだろ。」
階段を降りていくと、入口には小等部より一回り大きい靴入れが並んでいたが、昇降口には誰もいなかった。
「これからは、ちゃんと予習して、テストに備えること。予習復習が足りないの。毎日練習しさえすれば、誰でもできるんだから。当たり前。しっかりしなよ。」
「うーん……」
恋は靴入れから靴を出しながら、難しい顔をした。
恋は、勉強が苦手だった。
それはやった事がない、というのもあったし、どうやっていいか分からない、と言うのもあった。
苦手意識は恋の頭から離れず、よしこれからやろう、と思うには、勉強というものは敷居が高すぎる気がした。
「聞いてるの?。返事は?。」
恋は、靴を床に置いた。
「あーあ、嫌だなあ。自信あることなんにもなくて、うんざりする。」
ボソリ、と小さな声で恋が呟くと、宗介が振り返った。
「自分が嫌になる。テストは象徴的だよ。どうせこれから先も私はこのままなんだ。」
恋はため息をついた。
すると、ふいに、宗介が、手を伸ばして、恋の頭をぽん、と撫でた。
「大丈夫。」
宗介が言った。
「もしかして、僕がお前を見捨てるとでも思ってるの?」
「だって……」
何も言わずにふと黙った、自分を見つめる宗介の顔は、凛として涼しく、少しも不安がない。
「テストはテスト。そんな顔しない。学校の勉強ぐらいでそんなにしょげないの。お前には他に出来ることがいっぱいあるだろ。自信持てよ。」
「……」
「一つができなかったら、もう一つを探せばいい。差し出された物に拘ることない。それが普通だよ。」
宗介は笑った。
「僕はお前が、何にもできなくても、お前の事大好きだよ。」
優しい声でそう言いながら宗介は靴をカタンと床に置いた。
夕暮れの薄暗い校舎に2人の影が、ノスタルジックに遠くまで伸びている。
「安心しな。お前の事大事にして、守ってやるっていうのは、もしお前が何にもできなくても変わらないよ。」
宗介はそこで一旦言葉を切ると、声の調子を変えた。
「もっとも、あの程度のテストでできないんじゃ、駄目。初歩の初歩の簡単なテストなんだから。僕がみっちり教えてやるから、うちに来な。できるまでやる。分かるまでやり通す。分かった?」
「……」
「返事。」
恋はちょっと安心した顔をして、ありがとうと言った。
────6────
テストが帰って来たのは次の週だった。
窓の閉まった教室で一人一人名前を呼びながら、先生は机を回ってプリントを返却した。
「40点以下を取った人には次の週の放課後に追試テストがあります。曜日と時間を確認しておくように。」
全員にテストを返却すると、先生はチョークを取ってまた黒板に向き直り授業に戻った。
────7────
放課後。
恋が鞄に教材をしまっていると、向こうの方から宗介がやって来て、恋の鞄を手に取った。
「何?。」
「今日図書室で勉強するから。」
ぽかんとしている恋に、宗介は怒り笑いした。
「覚えてないの?。この間の追試テストの対策。40点以下追試の。お前の取った20点の後始末。ほんっと、勉強しない奴って困る。しょうがないんだから。」
鞄を持って、ガラガラと戸を開けて2人は窓の開いた廊下に出た。
「恋、これ図書室デートとは言え勉強会だからね。私語は禁止。真面目にやれよ。分かってるとは思うけど。……樋山が来ないうちに行くぞ。」
「面倒くさいよ。」
「黙って行くの。」
軽く振り返って辺りに誰も居ないのを軽く確認してから、宗介は恋の手を取って、歩き出した。
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図書室には恋達以外に生徒が居らず、広い教室はがらんとして静かな午後の雰囲気があった。
大きな窓からカーテン越しに柔らかい日差しが溢れるように入ってくる。
「三千回言った。やっとけって」
カタリと椅子を引いて座りながら、宗介が言った。
「まったくなんでそんな点数取るんだか。いつも勉強しないのが悪いの。まったく。」
宗介の向かい側に椅子を引いて座った恋は、鞄からノートを取り出すと、図書室の広い机に向かった。
恋は漢字ドリルを出して、追試範囲のページを開いて、問題を読んでいく。
「宗介さ」
「無駄口聞かない。私語禁止って言っただろ。何。」
「最近どういう事して過ごしてる?」
「何にも。勉強してるよ、いつも。僕は家帰ったらすぐ宅習。集中しな。」
「はああ」
「ため息つかない。まったく。数学お前の間違えた所チェックしてるから。勉強する。さっさと備える、追試に。」
恋はしばらく練習問題を解いていたが、ふいに思いついて、鉛筆でドリルに小さく落書きを始めた。
狐の絵。
細い輪郭に目を描き鼻を描き、毛はふわふわに仕上げる。
周りを丸で囲んだ所で、上から宗介が声を掛けた。
「何やってんの?」
宗介はわざと充分に恋と目を合わせて、ニコ、と笑ってから、恋の頭をゴツン!と拳で打った。
「痛っ」
「ばかたれ。馬鹿だから絵なんか描いて。そんなんじゃいつまで経っても出来る様になんかならないだろ。」
それからまたわざと笑顔を作って言った。
「もう一回描いてみな?。痛いゲンコツ食いたかったらだけど。良いよ、やってみな。後悔するから。」
恋は、しょげて漢字ドリルをしまった。
恋は今度はと鞄から数学の問題集を取り出した。
恋は、数学が嫌いで、どんな問題も頭の質が特別良い人達にしか解けないという気がしていた。
数学の問題集もやはり数分見て諦めを感じたので、恋はまた、問題集の隅に今度は狸の絵を描き始めた。
丸い輪郭に丸い目と口、鼻も丸だ。
夢中で描いていたので、恋は宗介が立ち上がってこちらにやって来たのに全然気付かなかった。
目の前に立った宗介は恋の胸ぐらを掴むと顔を寄せて凄んだ。
「殴られたいの?。誰のために僕が時間使ってると思ってるんだよ。お前は。いい加減にしな。」
「ご、ごめ……」
「次やったらビンタ。」
恋が宗介を見上げると宗介はしかめっ面で腕を組んで続けた。
「跡付くビンタ思い切り。ったく。油断も隙もないんだから。ほんとに。馬鹿なんだから。」
宗介が席に戻ると、時同じくして美風が図書室に入って来るところだった。
「新田さん」
美風が声をかけた。
「駒井に聞いたらここに居るかも知れないって言われたから。何してるの?」
「デッサン」
ゴチン!。
恋は言った直後に宗介から食ったげんこの跡を撫でながら続けた。
「嘘。追試の予習。どこ出るかよく分かんないけど。」
「なんで上野まで一緒に?」
美風が壁に片手をついて寄りかかりながら聞いた。
「当たり前だろ。恋の勉強は僕が見る。こいつのできない所をフォローするのは僕だ。樋山には関係ない。」
「そんな。新田さん、どうして僕を誘ってくれないの?」
美風は机に回り込むと、恋の隣に座った。
宗介は特別な教材を使っていつも宅習をしていたが、美風の家では家庭教師を雇っていた。
二人ともこの学年の成績トップで、先生の覚えが良く、数学では宗介が、英語では美風がリードしていた。
「新田さん、どこが分からないの?」
椅子に座った美風が優しく聞いた。
「うーん、……とか。」
「それなら。見てあげる。コツ教えてあげるよ。僕が詳しい所で嬉しい。」
「……樋山、普通の顔して居座んないでくんない?。」
宗介が言った。
「ああうざ。どうして樋山が勉強会へ来るんだよ。駒井に言おう、邪魔させんなって。こういうのは恋人とするのが普通なんだから、樋山はさっさと帰れよ。迷惑だ。」
「嫌だね。準彼とでも、何だって好きに呼べば良いけど、上野が居なきゃ僕だってほぼ彼だ。僕だって成績上位だから新田さんに余裕で教えてあげられるし。上野が帰ればいいだろ」
美風は宗介を無視してテーブルに手を置いて恋の教材を覗き込んだ。
「ああ、こういうのが苦手なんだね。例文作ってあげるよ。丸暗記して単語を差し替えれば良い。簡単だよ。」
美風が言った。
「樋山、さっさと帰れったら。邪魔なんだよ。」
「帰らねーよ。新田さんに苦手なとこ教えてあげるんだ。幸い今日は何もないから、僕も時間余裕あるし。誰が上野の言う事なんか聞く?。」
「迷惑なんだよ。人の彼女に付きまとうな。いつもいつも邪魔なんだよ。うんざり。これは僕達カップルの勉強会だぞ。」
「新田さん、ここはこの構文を当てはめて、単語はちゃんと覚えて。」
宗介を無視してキビキビと美風が指示する。
「一文丸暗記してると簡単だよ。スペリングには気を付けてね。新田さんは感覚で書かない方が良いよ。間違うから。ちゃんと練習しなきゃ駄目だよ。」
「単語はどうやって覚えれば良いの?」
「書いて覚えるしかないでしょう。面倒くさがっちゃ出来るようにならないよ。ちゃんとね。次はこれ。」
宗介の目には、仲睦まじく英語の文法を学ぶ恋と美風が映っていた。
隣に座った美風の金髪と恋の茶色い髪が触れ、日差しに当たって透けて輝いたのを、宗介は何か象徴を見る様な気持ちで見た。
宗介はうんざりした顔をしてハア、と忌々しげに短いため息をついた。
「恋、数学、お前公式覚えてないだろ。」
宗介は仕方なく、鞄のポケットからメガネケースを取り出しながら言った。
「それから言うけど、初歩の初歩が解けないのは練習してない証拠。公式、覚えてすらいないね。まったく。だから出来が悪いの。当然だろ。」
「英語も出来てない。はっきり言ってこれじゃあまた追試だと思う。新田さん、数学からやる?英語の続きやる?」
美風が聞いた。
恋はここで、初めて宗介と美風の顔をまともに見た。
「どっちでも良いけど、間に合うようにね。」
美風が言った。
「樋山の言う通り。テストに間に合わせなよ。樋山、英語も僕が教えるから、お前は早く帰れよ。いい加減分かんないみたいだけど邪魔なんだよね。」
「嫌だ。数学も僕は得意だから、僕が教える。お前が新田さんを置いて帰れよ。引き留めないから。」
宗介はカチャ、とフレームのついたメガネを掛けて、3人は勉強を始めた。
────9────
しばらく経って、恋は宗介と美風に隠れて、さっきドリルの隅に描いた狐の絵を見直していた。
狐の毛並みを指でなぞっていた所で、それに気付いた宗介が恋を睨んだ。
「こら。」
「新田さん、駄目だよ。絵描いてちゃ出来るようにならないよ。」
美風がノートから顔を上げて言った。
「出来なくても好きって、宗介が言った。」
恋は、時々、何にも取り柄のない自分が不安だった。
狐に変身する特殊な自分は、宗介にとって多分迷惑な存在なのではないか。
いつもそう思っているので、恋には宗介の言葉が嬉しかった。
ぽそり、と呟くように言った恋の声の、最後の方は宗介にはよく聞こえなかった。
「何?。なんて言った?。それで良い訳ないだろ。さっさと練習に戻る。まったく。馬鹿なんだから。」
「一休みでしょう?。しても良いよ。頑張ったね。」
美風が言うと宗介は美風に聞こえるようにチッと舌打ちをした。
ガラガラと戸を開けて数人の他の生徒達が賑やかに喋りながら教室に入って来る。
恋は、参考書を見ながら、それからしばらく大人しく勉強していた。