【長】幼なじみは狐の子。
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午後の喫茶店。
「君が気に入ったらまた連れて来るよ。」
居心地の良い二人席には月の形の照明が灯っている。
2階のこの店のお洒落な小さい窓から、下道を人が行き交うのが見える。
学校帰り、恋は美風と一緒に小さなテーブルについてアイスティーを飲んでいた。
「僕の隠れ家。引っ越してきてから見つけたんだ。ちょっと良いでしょ?」
「カフェってなんか大人になった気がする。」
「そう?。前から来る。僕はそんな事はないけど。」
「2人でお茶飲んでると、ちょっと不思議な気分になる。」
恋は物珍し気に照明を見上げた。
店内には小さな音で音楽が掛かっている。
「さっき言ってた事だけど、僕キミと上野が万一付き合いだしたら黙ってないからね。」
アイスティーを一口飲んだ美風が、口を開いて言った。
「どういう意味で?」
「だって新田さんは僕のだもん。幼なじみを振りかざして、上野が言ってくるから腹立つ。」
「樋山くん、そういう事普通に言うのって変だよ。」
「何が?。別に、本当の事を言ってるだけじゃない。」
美風は済まし顔で、銀のスプーンで氷をかき混ぜた。
美風は色々な場所に恋を連れていきたがった。
自宅や、自分のピアノのレッスンに恋を同伴しようとすることもあれは、今日の様にお洒落な喫茶店に、恋を誘って行くこともあった。
「思うに一番好きな人って、滅多に変わらないから、手に入るまで、譲っちゃいけないんだ。」
「もし一番好きなものがいつでも手に入るとしたら楽しくない?」
「話を逸らさないで。まったくもう。いっつもそういう風に、僕の好意を受け流すんだから。」
美風は恋を叱る時の調子でそう言って、コップをテーブルに戻した。
恋はこの店のアイスティーを、今まで飲んだ中で一番大人の味かもしれない、と思っていた。
「新田さん、僕が一生譲らなかったら、僕のものになってくれる?」
美風が聞いた。
「僕のものって……」
「その言い方がそのまま。恋人はお互いがお互いのものだよ。どうせ幼なじみだからって言って上野に流れようとするんじゃないかって心配。それか二股か。言っとくけど、新田さんのしようとしてるズルなんて全部お見通しだからね。」
「……」
頬杖をついた美風が言った。
「僕の大好きな人は、僕を多分二番目に好きだ。でも僕は好きな人の二番目じゃ我慢できない。一番じゃなきゃ。」
「……」
「僕には好きな人を幸せにできる自信があるし、その義務もある。一生可愛がって楽しく生活する知恵もある。」
「……うーん」
「何が言いたいかっていうとね、」
恋が唸ると、美風は顔をあげてにこ、と笑った。
「キミは一生僕から逃げられない、って事だよ」
そんなのは当たり前の事、とばかりに、済まし顔でアイスティーに口を付けた美風に、恋なすすべがなく、そっと目を逸らすと、足元に窓枠が明るい影を作っている。
────1────
翌朝。
恋が登校すると、教室の真ん中で輪になって、クラスメート達ががやがやと話をしていた。
「恋!」
窓際から理央が来て声をかけた。
「今日は早かったね。ねえねえ、学芸会の出し物、何が良いと思う?」
「学芸会って?」
「昨日先生が言ってたでしょ。演劇か演奏か合唱か。それとも他のものか。」
「ああ」
恋は合点して頷いた。
昨日、ホームルームで、学校の学芸会の出し物を考えてくる様言われた。
「そうやって言うって事は、恋は出し物を考えてこなかったんだね。」
理央は分かったというように頷いた。
「私は演劇が良いと思うな。普段ありえないから。」
理央はそう言うと、クラスメート達の輪の中に入って、ねえ、演劇やらない?と明るく声をかけた。
「演劇?。演技するのは難しそうだよ。やり方がよく分からないし。」
「小道具に凝ったら面白そうじゃない?。小物を作るのは楽しそうだよね。」
「演技って何か気後れするよ。俳優数人だけに絞ったら、楽できるかな。」
────今年は何をする事になるんだろう。
鞄をしまって席についた恋は、頬杖をついて、今年の学芸会について考え始めた。
────2────
朝のホームルームと1時間目は、学芸会の出し物を考えるのにあてられた。
「先生、今年の学芸会の出し物は、演劇が良いと思います。」
手を挙げて理央が言うと、先生は頷いた。
「駒井さん、ありがとう。先生も演劇でも良いと思いますよ。後は演奏か合唱か。」
「みんな、演技って普段絶対にしないし、いい記念になると思うよ。」
クラスメート達が面白がって投票したので、学芸会の出し物はすぐに演劇に決まった。
「それでは演劇ですが」
先生が言った。
「次は演目です。」
生徒たちは口々に意見を出し始めた。
「ラブストーリーが良い。キュンキュンな。胸に来るやつ。」
「わくわくする筋のやつが良いよ。ハラハラドキドキ。サスペンスな。」
「冒険ものはどう?。楽しそうじゃない?」
「俳優が沢山出てくる方が面白いよ。派手だもん。」
生徒の一人が立ち上がって言った。
「じゃあ、『姫と王子の休日』はどうでしょう?」
「静かに。」
先生が言って、教室が静かになる。
「先生も聞いた事があるな、それは。お姫様と王子様が家来達を出し抜いて自由になるという筋の話でしょう。」
「はい。」
生徒が言った。
「あのシナリオ、山場のシーンで、クラスメート全員で演技することができるんですよ。」
「全員!」
「それは面白いな。」
演目はすぐに『姫と王子の休日』に決定した。
「それでは次は俳優などの役どころ決めです。」
黒板を背に先生が言うと、教室の後ろの方から黄色い声があがった。
「先生!王子様役には、上野くんが良いと思います!。」
宗介は自分の席で頬杖をついたまま怒り笑いをした。
「冗談。誰が演技なんか。」
「先生!王子様役は樋山くんで決定ですよ!」
次に教室の前の方から美風のファン達の歓声があがると、美風も自分の席でうんざりした顔をした。
「僕だって。何が悲しくて演技なんか。」
「えーどうして、似合うのに。絶対かっこいいって!」
「だって樋山は金髪だろ。そのものになっちゃうよ。」
「樋山くんの王子様姿超見たい。超ときめく!」
「先生も樋山くんは王子役が似合うと思います。」
ついには先生まで本音を言ったので、教室はてんやわんや。
「ちょっと待って。どうしても僕を王子役にするつもり?」
わあわあ言ってるクラスメートに、美風が心底迷惑そうに尋ねた。
「だってお前そのままじゃん。恨むなら自分の容姿を恨めよ。」
「樋山くん絶対似合うよ。かっこいいって。保証する。」
「青い目じゃないのがちょっと惜しいけど金髪だし。グレーの瞳のプリンス、なんて逆にいかしてない?。美麗!。」
「ってかルックス王子じゃん」
どうしても自分を王子役に据えようとするクラスメート達に、美風はしかめっ面で口を開いた。
「じゃあ良い。やれっていうならやるけど、条件がある。」
「条件?」
美風が口を開いた。
「新田さんをお姫様役にしてくれるならやります。」
教室は一気に盛り上がった。
「きゃー!急展開!」
「それは愛の告白?。樋山くん。」
「学芸会で近づくなんてロマンチック!。新田さんも美人だもんね。」
「えっじゃあちょっと待って。上野くんはどうするの?」
「知らない知らない。上野くん怖い顔で恋の事見てるよ。」
「えええ……」
話が急に自分に向いてきたので、恋狼狽えて上を見上げた。
「やるよね?新田さん。」
「どうしますか?。先生も、新田さんはお姫様役が似合うと思いますよ。」
恋の否定の言葉は、クラスメート達にかき消され、恋は姫役、美風は王子役に決定した。
────3────
学校から家に帰って、恋は宗介の家に行った。
リビングに入っていくと宗介はダイニングに立って恋と自分の分のお茶を淹れているところだった。
「学芸会の出し物、決まったね」
恋が呟くと、宗介が下目で冷たく恋を睨んだ。
宗介は恋が美風のペアである姫役になったことを、まだ許しては居なかった。
「いい加減。お調子者って笑われて。それでも良いなんて。ちゃんときっぱり断らないのが悪いの。馬鹿なんだから。」
宗介は宣言した。
「言っとくけど、僕はお前たちが王子と姫だなんて認めない。」
「何で。」
恋が聞いた。
「樋山くんハマり役だよ。」
「……。」
大道具の係になった宗介は、作るお城の見本のパンフレットを今日貰ってきていた。
クラスメート達はインターネットで検索した『姫と王子の休日』の台本に沸き立っていたが、宗介はそれをちらりと一瞥しただけだった。
恋は、ダイニングの壁に寄りかかって、ため息をついた。
「姫役、なりたくなかったな」
「断れば良かったんだよ。ったくお人好し。そういう所がお前はいい加減なんだよ。」
「演技、どうやってやるんだろう」
「別に。知らない。適当にやれば?。」
宗介はぼすりとソファに座り込むと、不機嫌な顔でお茶を一口飲んだ。
────4────
学芸会の準備は賑やかに始まった。
「魔法使いのマント、青色の方が良いよね?」
小道具の係になった理央が、家庭科室から借りて来たミシンを前に聞いた。
「ちゃんと魔法使いらしくね。簡単なものは作らないと。」
「家来役の服、中等部の制服借りるって。大体ぴったりだったって。」
「良いね良いねえ。恋のドレスはピアノの発表会用のを借りるんでしょう?」
「こっち段ボールがなーい」
「こっちスプレーがなーい」
「こっち絵の具がなーい」
「こっちマーカーがなーい」
「めんど。僕先生と近所の量販店行ってスプレーとか買ってくる。」
教室の窓際でお城の柵になる板と板を釘で付けていた宗介が口を開いた。
「恋は?。恋も連れてくから。」
黒板の前に固まって発声練習をしていた俳優達の一団から、美風が顔を上げた。
美風は椅子の背もたれをお腹に座って、シナリオを開いていた。
「恋!スプレー買い行くぞ。手が空いてるのは俳優たちだけだろ。樋山は来なくて良いけど。」
「こっちは台詞の練習中。一人で行ってよ。」
美風がつんと澄まして言った。
「新田さんは僕と大事な掛け合いをしなくちゃならないんだ。」
「真面目にやる気もない癖に、適当言ってんなよね。恋!。」
宗介が嫌な顔をした所で、今まで教室を空けていたクラスメート達が、ガラガラと戸を開けて中へ入って来た。
「俳優達、今練習に体育館空いてるって。」
それを聞いた美風は、立ち上がって恋の手を取った。
「新田さん、行こう。」
美風が言った。
「体育館の方がやりやすいよ。ドレスも多分準備してもらえる。」
宗介にちらりと目をやると言った。
「僕達忙しいんだ。」
美風は恋の手を引くと教室を出て歩き出した。
────5────
「新田さんは僕のお姫様だ」
窓の開いた廊下を手を繋いだまま大股で歩きながら、美風が言った。
「上野なんかに渡すもんか。」
体育館の重い大きな扉を開けると、中には誰も居なかった。
歩いていって体育館の真ん中に美風が座ったので、恋もその場にしゃがみ込んだ。
「演技は講堂でするんじゃなかったっけ?」
体育館を見回しながら恋が言った。
「舞台がないと映えないもんね。」
広い広い体育館。
高い高い天井。
「新田さんと一緒に居られるのが嬉しい。台詞ださいけど。演技するとか微妙だけど。舞台なんて興味ないけど。」
美風が口を開いた。
「ねえ新田さん」
美風が恋の手を取った。
「僕が王子様で良かったでしょ?」
チュ、と手のひらに落とされたキスに、恋は困惑顔をしている。
────6────
学芸会の準備は順調だった。
小道具も大道具も全部それらしく出来上がって、俳優達の練習もピークを迎えていた。
学校から帰った恋は、自分の家のソファに寝そべって、学芸会の事を考えていた。
大道具の係の宗介は、今日も買い物に駆り出されて、二人は一緒に帰ってきていなかった。
────宗介が帰って来たら何を話そうか。
連日の練習で疲れていた恋は微睡んで、やがてそのまますやすや眠ってしまった。
そしていよいよ学芸会当日。
飾り付けられた門の前に、プログラムが積んである。
舞台となる講堂は人でごった返していた。
講堂の舞台袖では、俳優達が演技を待っていた。
「恋、ドレスぴったりだね!」
小道具の確認をしていた理央が言った。
恋は水色のドレスを着ていた。
「理央、小道具間に合って良かったね。」
「ギリギリだったけどね。ちょっと雑だけど、良いでしょう。」
通路から着替えた美風がシナリオを片手にやってきた。
美風の正装には、学年中の女子が湧いた。真っ白いフリルのシャツを着て紺の上着を羽織った美風は、女の子が夢見る王子様そのものだった。
「新田さん、いよいよだね。演技。」
「樋山くん」
「リラックスできてる?。僕アドリブ入れるから。ちゃんと応えてよね。」
「ええっ困るよ……」
「嘘嘘冗談。新田さんを困らせないようにするって。」
小道具の確認をしていた理央が言った。
「式服似合うね、樋山くん」
「着心地悪いけどね。なんかゴワゴワしてる。」
「男子は後で教室で着替えれるから、それまで頑張って。」
「分かった。そうしようかな」
「今日は終わったら家庭科室でパーティーだよ。俳優達を労うからね。」
理央は他の小道具の確認のため慌ただしく通路へ消えた。
公演が近づくにつれ舞台袖は緊張してきた。
次が他のクラスの合唱で、その次が恋達の演劇だった。
時間が来て照明担当の多紀がライトを持って二階へ上がった。
「よし、みんな頑張ろう」
合唱の終わる頃理央が小声で言ったが、舞台袖に控えて緊張していた恋にはよく聞こえなかった。
────7────
舞台の重たい赤い幕が上がる。
ポーズを取った恋をライトが照らす。
怒濤の様な拍手に包まれて、恋達の演技が始まった。
────8────
演劇は大好評だった。
恋の一生懸命な演技も、やる気を見せない美風のおどけた演技も逆に個性になって魅力になった。
山場のシーンでは、大道具の係も小道具の係も舞台に上がって大太刀回りの華やかな演技を披露した。
「グッジョブ!。お疲れさま!。」
演劇を終えて舞台袖に戻ってきた恋に理央が言った。
「大変だったけど終わるとなんか切ないね。これ役者にだって。」
花束を手渡された恋に遅れて、美風も舞台から戻ってきた。
「お疲れさま、新田さん」
「樋山くんもブラヴォー!いいキャラ出てたよ。はい、花束。」
「ありがとう」
「なんか呆気なく終わった気がする」
「滅多にない体験だから、記憶には残りそう。緊張はしなかったけど、大声出し疲れた。あー、終わった。」
理央が言った。
「恋、恋は先生が用事あるからまだ居てだって。あ、樋山くんは、着替えるんじゃなかったっけ?」
「そうそう。教室行ってくる。すぐ戻ってくるよ。」
花束を片手に美風が通路へ消えた。
続けて舞台袖から理央を呼ぶ声がした。
「駒井ーこれどうすんのー?」
「あ、はいはーい。じゃ、恋、ちょっと行ってくる」
恋は花束を持ったまま、舞台袖の壁に寄りかかって劇の余韻に浸っていた。
と、そこへ宗介が歩いて来た。
「恋」
宗介は恋の目の前まで来ると、トン、と拳を恋の後ろの壁に当てた。
────9────
「どうしたの?。宗介。」
恋が聞くと、宗介は真っ直ぐな目で恋を見つめた。
揺るがない黒い瞳、この目は恋に懐かしい。
「お前が好き。」
「へ?」
囁く様な声に、恋は目をパチクリした。
「なんて言った?」
「だから」
宗介は怒り笑いした。
「樋山とお前の演技腹立つし、お前がそういう風に何にも気付かないでぼけっとしてるのも嫌。苛々すんだよ。」
「どういう事?」
「しつこい。分からない振りをしてるんじゃないだろうね。」
「……?。」
宗介は苛立った顔で一呼吸置くと言った。
「やっぱり訂正。僕お前大っ嫌い。」
「……え、」
困惑した顔をした恋に、宗介は今度は呆れ顔をした。
「あのさ、意味分かれよ。」
宗介は黒髪をくしゃくしゃ毟った。
「ああ、もう。言うの出遅れて、超面倒くさい。お前が悪いんだからな。」
宗介は苛立った表情で腕組みした。
「これからずーっと、僕がお前を守る。何があっても。大昔からお前を守ってやってきたのは僕なんだから。一生そうする。僕と付き合って。意味分かった?」
「……。」
「……。」
「……えっ宗介私を好きなの?」
驚いた声を出した恋に宗介は怒り笑いした。
「演技一緒にいちゃいちゃされるの、超イラッと来んだよ。今日で終わってほっとした。」
意思に満ちた優しい声。
この声も、恋には懐かしい。
「お前は樋山のお姫様なんかじゃない。」
宗介は微かに首を傾げた。
「樋山に言えよ、恋人居るって。僕浮気は許さないから。二股かけて楽しもうっていったってそうは行かないからね。」
「それは……」
「なあに?。」
────10────
着替えを済ませた美風は通路を戻ってきていた。
────演劇は大成功。わざとふざけたら観客を楽しませることができた。まあまあかな、本気ではやっていないけど。
そこで、美風は恋と宗介を見つける。
宗介の手のひらを壁にした恋。
照れくさそうな笑い。
むっとした美風は口を開いた。
「新田さん」
宗介が美風に気付いた。
「僕が居ない間に、一体何をやっているのかな?」
三角関係は永遠に続いた、と書いてこの話を終わる。