Young

彼が大人しくしてろと言ったあの日から数日が経った。
私達は学校では大人しくしていた。朝から登校をし、真面目に授業を受け、夕方までちゃんと学校にいた。先生達からの評価を上げる為だとはいえ、今まで散々遊びサボってきた学校に行くのに私達は疲労困憊していた。
当然、クラスメイトの反応は冷たいものだった。ほらあの子達だよ、自業自得だよね、そんなひそひそ話を私達は何度も聞かなかった事にした。朝から夕方まで送られる、冷たい視線も気にしないようにして。
鬱憤を抱え込んだ私達は私生活ではいつもと変わらず、夜遅くまで誰かの家だとか公園に集まり遊んだ。ずっといい子のままでいられないよね。危機感を持ちながらも私達は現実に背き、互いに笑い合っていた。

彼女達と私は原付を盗んだ先輩にあらゆる手段で連絡を取ろうとした。先輩の友達に電話をかけてみたり、彼が働く職場に行ってみたり、私達と同じような雰囲気の他校の子達から先輩の情報をもらってみたり。
けれど上手くいかなかった。先輩の友達にはお前らが足と財布に使うから悪いだの正論を吐かれ、職場に行けば邪魔だからと従業員に相手にしてもらえず、私達と同じ様な若くて頭の悪い子達は大した情報は持っていなかった。
私達は親から見放されている子が大半だったし、警察に言っても証拠がないとまともに掛け合ってくれなかった。全て自分達の行いが悪かったのだと私達は認め、そのうちに諦めはじめ中卒同士仲良くしようねなんて笑いあった。

そんなヤケになった日々を過ごしていた私は、亜久津君が心配していた通りに毎日くだらない事をメールした。ちゃんと学校行ったよ、給食に好物が出た、テレビで面白いのやってるよ、今日はコンビニに来る?そんな、本当にどうでもいい事を。
彼は意外にも短い文で時折返事をくれた。おう、よかったな、そうかよ、多分。そんな返信に困るような短文が稀に返ってくるたび、私は嫌な事も全て忘れて喜んだ。
亜久津君は電話に出たり出なかったりしたから、メールの返信を待つよりも直接コンビニに行く方が早かった。早く会いたい、沢山話したい、彼に好かれたい。そんな気持ちを抑えるのが私には難しく、ほぼ毎日コンビニに通った。
けれど亜久津君は私があまり夜遅くまで出歩くのをよく思っていなかった。まだ帰りたくない、補導されたらどうすんだよ、それは困る、だったら帰れ。コンビニで会っても彼はそう言って、少し落ち込み寂しがる私を家まで送っていった。
帰りたくないと駄々をこねる私はただの子供の様だったと思う。亜久津君は、四月まで待て。いつもそういって私に言い聞かせた。私はその言葉を、半信半疑に思いながらいつも黙って頷いていた。



中学卒業を間近に控えた頃。毎日の様に遊びまわっていた彼女達も、ほんの少しだけ落ち着き始めた様に思えた。
学校では勿論何の問題も起こさずに平和に過ごし、夜集まる回数も次第に減っていった。誰も口には出さないものの、彼女達もこれ以上事を大きくして本当に高校へ行けなくなるのを恐れていたみたいだった。
私も勿論そのうちの一人だった。先生から高校進学についての助言を待ち、けれどなかなか決まらない私達の処分にイラついたりもした。先生の小言にも、クラスメイト達からの冷ややかな視線にも飽き始めた頃。いつものようにコンビニで会った亜久津君に今の状態を話した。

「まだ処分決まんねえのか」

「だって先輩が盗んだの認めてくれないもん」

亜久津君と山吹通いたいよー、座り込んで肘をついたまま私は情けない声をあげた。肌を突き刺すような冷たい風が私達を襲う。コンビニの外の喫煙所には私達しかいない、店員さんは毎日の様に来る私達を邪魔に思っている事だろう。
そろそろ亜久津君が煙草を吸い終わる。私は座り込んだまま上目遣いをして、立ったままの亜久津君を見上げた。煙草を挟む指にはいくつかの絆創膏、頬や目の近くにある薄くなった痣。私と会ってない日はきっと喧嘩してるんだろうな、そんな事をぼんやりと考えていると私の視線に気づいた彼が眉間にしわを寄せた。

「見てんじゃねえ」

「ずっと上目遣いして見てたのに、亜久津君は可愛いとか言ってくれないね」

「言うわけねえだろ」

「えー、なんで」

いつもより強張った顔をして亜久津君は煙草を吸った。短くなった煙草から立ち上がった揺れる煙を見て、あぁもう少しで帰らなくちゃいけない。そんな憂鬱な気分になる。

「そういうのは散々違う奴から聞いただろ」

突然の言葉が図星なのをごまかすために、私は否定しながら焦ってそっぽを向いた。確かに興味のない人からはよく言われる言葉だった。けれど本気ではない、やりたいからとりあえず褒めてみるか、そんな下心丸見えの「可愛い」だった。
分かりやすい、そう言って笑った亜久津君は煙草を灰皿に押し付けて中に投げ入れた。すぐ帰るそぶりは見せない亜久津君に安堵しながら、私はため息をつきながら呟いた。

「亜久津君に言ってもらわないと意味ないんだよね」

「あ?」

「だって私が好きなのは亜久津君だもん」

「じゃあ言わせろよ」

言ってよ聞きたい、言えねえよ、なんで?、お前可愛くねえからな、亜久津君むかつくー。
寒空の下で私達は笑い合っていた。冗談でもいいから聞きたかったその言葉を、私は聞く事が出来なかったのに、なんだかもう満足してしまった。
好きな人と喋るのがこんなに楽しい事なのかと、今までの下心丸見えだった名前も顔も覚えていない男達を思い出し、今必死に忘れようとした。
もう帰るぞ、横からの声に私は嫌々立ち上がった。少し元気のなくなった私を見て亜久津君は、四月まで待て。いつもの言葉を私にかけた。
待ったらどうにかなるの?そんな疑問を彼にぶつけたくなったけれど、亜久津君の大きな手のひらで頭をぐしゃぐしゃと撫でられた私は、乱れた髪を整えながら黙っていつものように頷いた。



あの夜に現状を何気なく話してから、彼はぱったりコンビニに来なくなった。
私は毎日通って、最低15分は寒い中煙草を吸いながら彼を待っていた。もしかしたら来るかもしれない、もう少し待ったら来るかも、昨日来なかったから今日こそは。そんな今までの日常を求めて、一人で寒さに震えていた。
連絡をしても返信が返ってくることは少なくなった。たわいもない話を綴ったメールを送り続けていた私は嫌われてしまったのかと落ち込み、連絡を入れるのを少し抑えた。
教えてもらった電話番号にかければたまに出て、最近はいそがしいだの適当にごまかして通話を切られることが増えた。毎回、電話の終わりには呪文の様に何もするな、大人しくしとけ、安心しろ。そう優しく言い聞かせるように亜久津君は私に喋りかけた。
あんなに長電話に付き合ってくれたのに、ずっと今まで何の躓きもなく会えていたのに。私は彼に恋をする事で今まで知らなかった寂しさを覚え、普通の少女の様に恋にもがき苦しんでいた。

それからまた数日経って、彼は電話にすら出なくなった。
何度かけても、お留守番電話サービスとやらに伝言を残してね、そう言われてしまう。もちろんコンビニには来るはずがなく、私は一人もやもやとした気持ちで毎日を過ごしていた。一緒に罪人扱いをされている彼女達も大人しくするのに飽きてきたみたいで、夜集まる回数は前ほどではないもののまた次第に増えていった。
私の初恋はこれで終わりか、あんなに好きだったのに。失恋した気になった私は鳴らない携帯の真っ黒な画面を見て、一人落ち込み大きなため息をついた。
亜久津君に夢中だった私は、寂しさを埋めるように前みたいに友達と遊ぶことに夢中になった。きっと亜久津君は子供みたいな私に飽きたんだろうな。あのコンビニで会う事もないし、亜久津君の横で煙草を吸うこともないし、バイクにも乗せてもらえない。
もうコンビニ行かないの?、不思議そうに訊いて来る彼女達に、しばらくは。私は落ち込みながら、根掘り葉掘り聞いてくる彼女達の質問に曖昧な返事をしていた。





「先輩を見たって言ってる子がいる!」

いつも通りに彼女達と集まり遊んでいた夜。
鳴った電話をとり通話を始めた一人が、近所迷惑になる事も気にせずに私達に向かって叫んだ。
マジで言ってる?、マジだよさっき見たんだって!、問い詰めに行こうよ!、無理だよ男の人と喧嘩してるんだって、誰?、分かんない銀髪の人だって!
誰だろうね、そう盛り上がる彼女達の中、私は一人だけ静かだった。だって思い当たる節がいくつもある。銀髪の人、最近忙しい、大人しくして四月まで待ってろ。
亜久津君の行動に、全ての辻褄が合うような気がした。電話をする友達に場所は?、焦り気味に訊くと彼女は電話越しに場所を聞いて私に教えてくれた。私は煙草も携帯も公園に置いたまま、急いで立ち上がり走ってその場所を目指した。
どうしたの、携帯は!?後ろから彼女達が私の名前を大声で呼んでいる。何でもない待ってて!私は振り返って彼女達に嘘をつき急いで走った。
バイクの後ろに乗せてもらった時と同じように寒さで顔が強張る。唯一の連絡手段の携帯を持っていないのを思い出し困った、上着のポケットに入れた煙草が落ちたのにも気がついた。けれど私は走るのを辞めなかった。
もしかしたら先輩と喧嘩をしているのは亜久津君かもしれない。そんな自分にとって都合のいい確信のない考えをしながら、私は必死に息を切らし夜を駆け抜けた。
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