感傷

(私の考えがてんこ盛りです。解釈違い等あるかもしれません。すみません…)


 男の傷は男でしか癒せない。
それに気がついたのは経験人数が三人になった頃だったか、大して興味が湧かない多数の男からの連絡を一人寂しく待ちわびた時だった。
大好きだったあの男は私の前から消え、今はまた違う女の子と遊んでいるんだろう。私は胸の奥に残された甘い思い出だけにすがりながら、このまま生きていくのだろうか。


 


 「誰からも連絡こない」

私の携帯のSNSのアイコンに、溜まっている通知はなかった。
この間ご飯を奢ってもらった男からの未読無視、返事が早く欲しいのにいつになってもつかない既読、けれどすぐに返ってくるどうでもいい男からの連絡。そもそもこのメッセージ達は彼らの元にちゃんと届いているのだろうか。女友達とのくだらない会話も昨日の夜で終わってしまったし、気になっている男からの連絡はいくら待ってもこない。つまらないという言葉を表現するには最適な状態だった。

「じゃあなんで携帯見てんだよ」

「暇だもん、することないし」

「勉強でもしとけ」

嫌だよそんなの、私はそう言って屋上から空を見上げた。太陽は直視できないくらい眩しい白色の光だったし、冬休み前だというのにぽかぽかと暖かいくらいの陽気だった。私の横で煙草を吸っている仁の副流煙が鼻をくすぐり、そのなんとも言えない匂いに眉をひそめた。
昼休みも残り15分。私は次の授業の担任が携帯をいじることのできない教師だったのを思い出し、無理やりに憂鬱な気分を押し殺した。

「誰も連絡くれないんだよ、最初は沢山くれたのに」

「今はもう面倒になったんだろ、お前と連絡取るのが」

「そんなこと言われなくても分かってるよ」

この状態が凄く嫌なんだよね。仁は私が呟いた言葉に眉をひそめ、心底どうでもよさそうに煙草を吸っていた。
男が私に夢中になって追われるのが楽しいのに、自分が男を追うのは嫌。そんな考えをしているから、誰からも連絡が来なくなるんだろうと理解している。隣にいる仁も毎回のように同じ事を繰り返す私を見て、程々呆れている事だろう。自分でも呆れているくらいだから。

「連絡がこないと、自分が誰からも必要とされてない気持ちになる」

「だったら千石みたいな男と付き合え。しょっちゅう連絡くるだろ」

「清純はさぁ、」

その後に続く言葉が見つからず、私は言葉ではなくため息を口にした。その様子を見ていた仁はなんだよと、私に続きの言葉を催促した。私は少し考え、普段の清純が軽々とした様子でしょっちゅう色んな女の子と連絡を取り合っている姿が頭に浮かぶ。私には多数の子に餌を巻くようなその行為が良いものだとは思えず、自分も同類だというのに自身を棚に上げながら清純の行動を拒絶した。

「清純みたいのは、他の女の子と同時進行じゃん」

「お前もそうだろ」

「そうだけどさ、清純は色んな女の子に餌撒きすぎ」

「俺みたいなやつは」

「仁は餌も撒かなければ、釣りも滅多にしない。」

「当たり前だろめんどくせえ」

仁はそう言って笑っていた。男の甘い餌に引っかかってる奴は中々幸せになれねえぞ、彼の笑い声の後に続いた言葉は刺々しくもあり、恐らく世間一般で言う正論だった。
清純はきっと器用なのだ。女の子を何人も抱えつつも、誰一人としてぞんざいな扱いをすることはない。けれど特別扱いもしなければ誰か一人にのめり込むこともない。きっと彼の様な男が本気で恋をする時にはいつもの調子が出せず、一人静かに焦るのであろう。
私はそんな清純の様子を想像しながら隣の仁と目を合わせ、仁が恋に翻弄される姿を想像しようとした。けれど頭には何も思い浮かばない。
仁が私みたいに相手からの連絡をひたすら待ち続ける姿だとか、些細な事で一喜一憂するのとか。彼はそんな事で悩んだりしないのだろうと、何だか自分の弱さを見せつけられたような気がして自己嫌悪に陥った。

「仁みたいに強くなれたらよかった」

「だったら来世は男に産まれるんだな」

「力強さとかじゃなくてさ、連絡がこないとかそういう下らない事で動じたくない」

「それはくだらねえ男と恋愛するからだろ」

「分かってるけど、普通の男じゃつまらない」

でもこの状態はいやだよー、屋上の地面にしゃがみ込んだ私は情けない声を上げ、募らせた不満を口にした。
誰からも必要とされていない気がして気分が滅入るのも、お前はこの程度の女だって気づかされるのにも、何度も何度も携帯の画面を確認するのも、自分の価値をどんどん落としていくのも。私はもうそれらに心底うんざりし、疲れ切っているんだろう。
相手の胸に顔を埋めた時に香る香水の匂いとか、お互いに触れ合った時の感覚。好きだとか可愛いとか、嘘だろうが本音だろうと私の心を踊らせた言葉達。悪い男の沼に一度でもはまるとここまで人はダメになってしまうのかと、私は自分自身で知る事となった。
女友達でこの隙間が埋める事が出来るのであればとっくに埋めているし、本気で好きだった男の代わりになるような男がいれば、その人の事を忘れられる。けれど寂しさという感情の隙間を埋めてくれる存在というのはなかなかに難しく、そう簡単に手に入るものではない。いつまで自分はこんな不毛な恋愛を続ける事になるのか、何だか一人でに怖くなる。

「こんなつらい思いするくらいなら、あいつなんか好きにならなきゃよかった」

「歌詞みてえな事言ってんじゃねえ」

「歌詞ね、失恋ソング作る人はこんな気持ちなんだろうな」

しゃがみ込んだまま再度ため息をつく私、その横で煙草を地面に捨て上履きで押し付ける仁。
もうすぐ授業開始のチャイムが運動場のスピーカーから鳴るだろう。私は重い腰をあげ立ち上がり、スカートについた砂埃を手ではらった。
次の授業は携帯は弄れない。授業中の一時間で、返ってくる連絡は何件あるのだろうか。

「私もう行くけど仁は?」

「もう帰る」

「いいね、怖いものなんか何もないって感じの男は」

「あ?」

「私は怖いものばっかりだから真面目に授業でるよ」

じゃあねあくつくん。わざと名字呼びした私に仁は怪訝な顔をし、屋上を去ろうとした私の名前を呼んだ。なに?、私はそう呟き仁を見る。コンクリートの床から上履きをどかし、真っ黒の灰が散らばった地面に目をくれていた仁は顔を上げ、私と目を合わせた。

「好きな女がどうでもいい男共に、適当に扱われてるのなんか見たくねえ」
 
見せかけの男に騙されんなよ。
仁が呟き、私はそれに対して何も言わずに頷いた。仁の言葉を信じていいのか、男に騙され続けた今の私には判断できなかった。
可愛いとか綺麗だとか好きだとか、その言葉達が本心なのか嘘なのか見破る術は私にはない。そこまで目利きができるのであったら、私は悪い男やどうでもいい男達に悩まされることはなかっただろう。

「なんか言えよ」

「なんて返事していいのか分からない」

「そうやって優柔不断だからその辺の男に手出されんだよ」

「分かったよもう」

大人になった時にはこの心の傷は笑い話になっているのか、それともまだ深い傷として残っているのか。私はモヤモヤとしながらもいつ連絡がきても大丈夫な様に大事な携帯を握りしめ、仁に背を向けた。
屋上を立ち去る時も仁はそれ以上何も言わなかった。他の男の愚痴は聞くけれど、その寂しさにつけ込んで私に手を出そうとはしない。何度同じ過ちを繰り返そうと、隣で馬鹿にしながら見ていてくれる。そんな彼は私が連絡を待ち続ける男達とはきっと違った人種なんだろうと、若いままの私はぼんやりと考えた。









 「大人になってから知ったけどさ、一度悪い男に騙されると変に達観できるようになるね」

なんだよ急に、仁はそう言って昔と変わらない銘柄の煙草を咥えて火をつけた。
冬の朝はひんやりと冷たい空気で、部屋の窓にはいくつかの水滴が滴っていた。私はまだくるまっていたい布団の中で重たい体を起き上がらせ、暖かい部屋から仁のいる外のベランダへと出た。仁はちらりと私に目を配らせ、私は白い息を吐いた。いつもの様に空へと昇っていく仁の煙草の白い煙を私は見つめ、あの頃の傷を負った自分を思い出していた。
男の傷は男でしか癒せない。その真意にたどり着いていたのに、過去の私は酷く遠回りをした。寂しさを埋める為だけに多数の男と繋がるのは心の傷をさらに深くえぐる行為であり、自分の価値を下げるだけだと知れたのは確か成人前だった。
何度も何度も過ちを繰り返し、信じる事ができる様になったと思えばまた騙され、追われれば燃え上がりそしてまたすぐに冷める。仁はそんな私をいつも横で見続けた。今度は、今度こそは。そう何回も言っているうちに私は更に心の傷を広げ、知らない間に相手を傷つける側になり。そして気がつけばいつのまにか大人と呼ばれる歳になっていた。
過去の恋愛は笑い話ではなく、いいことも悪いこともすべて思い出話となった。今では少し会話を交わせば相手がどんな男なのか分かるようになった。声をかけてくる男達の善し悪しの見分けもつく。どんな男でも本気で手に入れたいと思えば確実に手に入るようになり、男の発する言葉が本音なのか口先だけなのかもあっさりと見破れるようになった。
男がどんな女が好きなのか、男がどういう生き物なのか。それを知ってから私は、あの昔大好きだった悪い男のようになってしまったように思えた。男を騙すような事はしない、けれど悟り達観した気になり簡単に心を開く事はない。そんな純粋とはかけ離れた大人になってしまった。
これが正解なのか、間違いなのか。男に騙され傷つき、ぼろぼろだった過去の私が見たらどう思うのだろう。荒んだ心の持ち主になってしまったと悲しまれるだろうか、それとも成長したと褒められるだろうか。

「昔のお前は男に引っかかりすぎたな」

「そうだね、でも過去の私はきっとそういう男達と同類だったんだよ」

「同類?」

「そう、やっぱり同じレベルの人間としか付き合えないもんね」

大人になってやっと分かったんだ。私がぽつりと呟き、仁はいつものように黙ってそれを聞いていた。自分よりはるか上の物に手を出そうとするから上手くいかない。けれどそれを補おうと、好きでもない人間に無理やりに好意を寄せるのもよくない。一周回って当たり前の事を学んだ私は、やはり男を変に悟った気になっているだろう。

「でも確実に言えるのはね」

「なんだ」

「仁みたいに色んな女に餌撒かない男は、いい男だよ」

「んなことするかよ」

お前の男だぞ、その言葉に私が静かに笑えば仁の口角もあがる。手が冷えて指先が痛くなってきたのを感じ、私は体を暖めるために再度部屋に戻った。あー寒い、何しにベランダ来たんだよ。仁は呟いた私に小さく笑い、私は仁の横に行きたかった、とは言えずにいた。
本当に手に入れなければいけないものはずっと近くにいたのに、自分を見失っていた私はそれに気がつく事ができなかった。その真実を手に入れ変に達観した私は、過去の自分より確実に堂々としている事だろう。
若い時から私の横にいてくれた、自分を持ち続け常にぶれない仁。まだ若く未熟で、自分の事だけで精一杯だった過去の私。今の自分とは全く違う、虚像になりかけていた過去の姿に、私は別れを告げるように心の中で手を振った。
寒空の下、ベランダで煙草を吸う仁の後ろ姿はやはり、私と同じく変に達観しているように思えた。
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