覚めない夢はないけれど(クンヴィ)

雪の結晶のような
うたかたの


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 髪をすくと、くすぐったそうに肩をすくめる。自分の腕の中にヴィーナスがいる。
 行為の最中に夢中で愛したその肌は吸い付くようにぴたりと馴染むのに。溢れる息は互いに溶け合っていくのに。『幸福』は指の隙間からさらさらと流れるように落ちていき、決してここに留まることはないのだ。ぐっと喉元まで迫り上がる苦いものを誤魔化すように起き上がる。
「クンツァイト?」
 不安げな声。けれどその掠れた響きにはさっきまでの熱を引きずっていて、たまらずに額にキスをする。そしていくらか安心したかのように笑う彼女に、逸る気持ちのまま鞄を持ち出した。
「ヴィーナス、これを君に渡したい」
「あ…」
 ベッドの下に転がってしまっていたそれから取り出したのは彼女にさっき指差されたレースだ。
 きめ細やかな刺繍は雪の結晶をモチーフにしていて頭からふわりと被せれば、まるで…
「ふふっ綺麗…ありがと」
「さっきも言ったが、市場では君のことしか…考えていなかったし、こんな風に誰かを思って買い物をしたのは…ヴィーナスが初めてだった」
「…ずるい……」
「え?」
「こんなことされたらあたし…やめられなくなっちゃう。あなたのこと…夢だけで終わらせたくなくなっちゃうじゃない」
 涙を溜めていく彼女はショールに隠れて顔が見えなくなる。
 そっと頭を撫でて真っ白なレース越しに両頬に手を添えると上向かせた。
「いいんだヴィーナス。これは、夢だ」
「…っ」
「だが…」
 口付ける。長く、甘く、吸い付く。
 まるで婚姻の誓いのような、誰にも見せることのできないキス。
 この時間を永遠に閉じ込める。ヴィーナスの全てを、今だけは。

「俺と、お前だけの……覚めない夢だ」


おわり
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