覚めない夢はないけれど(クンヴィ)

触れられたところが熱いから
これは夢じゃないと分かっていたのに

ーーーーー

「遅い。何をしていたんだ?」
「だって、私の用事はもう終わったんだもの。あなたの所に行く理由はないから帰ろうと思ってたの。クンツァイトこそ、もういないと思ってたのに」
 あれから半刻ほど経ってやっと姿を現したヴィーナスは相変わらず俺の顔を見ずに答える。最後の方は独り言のつもりだったのだろうが、ここは誰も通らないような狭い道だ。彼女の言葉はしっかりと俺の耳に届いた。
「それは待つだろう。こんな機会、もうないかもしれないからな」
「え……」
 彼女まで数歩というところまで近付くと、一呼吸おく。
「俺はマスター…王子エンディミオン様の直属配下四天王筆頭だ。今日はたまたま数ヶ月ぶりの休暇で、月の姫の守護戦士である君に会える次の確率はほぼ無いに等しい。だったら一つ、この神の気まぐれに俺と共に身を任せてみないか?」
「あなたって、そんなにケーハクな感じだったかしら」
「すまん。俺とて、ただの男だ」
 浮かれてるだけだと言えば君はすぐさま帰るだろう? だから言わない。言うものか。
「え?」
「いや、気にするな。どうだ? ヴィーナス。今なら俺のとっておきの場所を教えてやるぞ」
「何それ。怪しいわね」
「行くのか? 行かないのか?」
 ヴィーナス、頼む。こっちを見てくれ。

「行くわよ。……これで、文句ない?」

 暗い路地の中で光る星。夢の中で見たそれよりもずっと美しいその瞳は、ただ一人、俺だけに瞬いていた。

「ああ。文句なしだ」

 その瞳に燃やされる心を隠して彼女の右手を初めて取った。
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