50,000hit『crybaby』


 本屋からの帰り道。公園のベンチで呑気にアイスを食べているお団子頭がいた。ったく、休日にまで会っちまうなんて。しかもそこ、オレのお気に入りの場所なんだが。
「おい」
「え? あー! 地場衛!」
 この前バスで教えたばかりのオレの名前を大声で叫んでくるから頭がくらりとする。そんな突然立ち上がるとアイス落とすぞ。
 やれやれ、と思いながらベンチに腰を下ろす。
「ちょっと! そこあたしが座ってたんだけど!?」
「立つからもう行くのかと思って」
「なわけないでしょ! アイスだってまだ残ってるもん」
「いーから、中学生は早く家に帰れよ」
「なーによイジワル男! あんただってまだ高校生じゃない!」
 その言葉には返さず、持っていた本を開く。ぷんぷん怒っていたお団子は少ししてから観念したように横に座ってむしゃむしゃアイスのコーンを食べていた。そんな彼女に気づかれないようにオレは小さく笑う。こいつと一緒にいると、退屈しない……いや、結構楽しいのだと…最近では素直に認めていた。

 食べ終わったのに去らないお団子に疑問を抱きながらも、特に追い出す理由も無いため(さっきのは売り言葉に買い言葉ってやつだ)本を読み続ける。
 オレたちの間には数冊の本が積み重なっていて、ふとそれを見た彼女がその一つを手に取った。
「お前、読書とかすんの?」
 目線は本に落としたまま聞いたからか、彼女の体が分かりやすく跳ねる。
「あ、ごめん勝手に。えーと、まあね、あんたの言う通りマンガの方が好きなんだけど…この宇宙の本? 表紙が綺麗だなって」
「ふーん? いいんじゃないか?」
 メガネを外して彼女を見る。
「え?」
「本を読む理由なんて、なんでもいいんだ。中身がどうのこうのじゃなく、表紙に惹かれてっていうのもアリだってこと。実際、オレもその本は表紙買い」
「へ、へー、あ、そうなんだ…」
 パッと視線を逸らして顔を赤くしてごにょごにょ言うお団子に胸の奥が何かで締め付けられる。そして、どうしてもそんな彼女の顔を正面から見たくなって本を差し出した。
「読めば?」
「え?! いーの?」
「ん」
「ありがとう…!」
 こちらを向いたお団子は目を大きく開いて、花が咲くように笑う。
 思わず頬に触れたいという衝動が湧き上がるけれど、そんな事を露ほども知らない彼女が嬉しそうに本を受け取る姿はただ、可愛くて。
 自分の勝手な欲望を打ち消すようにもう一度メガネを掛け直して本に目線を戻した。

 噴水の音、少し離れた場所から聞こえる子どもたちの声、風に揺れる木々の葉擦れ。その中でゆっくりと聞こえる本を捲る音が心地いい。
 会えば子どもじみたケンカばかりしていたオレたちが、一緒にいてこんなに長く静かに時を共有したことなんてあっただろうか。
 ここまでパーソナルスペースに入れても嫌じゃない…どころか、まるで当たり前のような気持ちにさせる相手はお団子が初めてだった。それでも、心音はいつもよりも少しだけ速かったけれど。

「あ……」
 しかし本を捲る音が止まり、代わりに彼女の小さな声を拾った時。その頬に流れるものを見て慌てて本を閉じた。
「お団子?! どうした?」
「あ、違うのっ! ただ、このページの写真を見たら、涙が勝手に……」
 開かれたページには月から地球を撮った写真があり、真っ暗な宇宙空間にまるで日の出のように月面の少し上に青い星がこちらを向いている姿は美しく、孤独で、壮大だった。
 そしてそのページから目を逸らせずに涙を幾度拭っても止まらない彼女の泣き顔を見るだけで、胸が心ごと酷く痛む。

「ご、ごめん…あんたの本汚しちゃ……っ」
 言い終わらないうちにオレはお団子のことを引き寄せ、震える細い肩を抱きしめていた。
「ごめん」
 言葉も勝手にこぼれ落ちていく。
「なんであんたが謝るのよ…っ」
 振り解かれるかと思ったけれど、逆にギュッと腕を掴んでくるお団子にどうしようもなく愛おしいという気持ちが込み上げる。
「その本読めって言ったのオレだから……」
 違う。本当はもっと違う理由なんだ。でも、それを上手く説明できなくて。
 だけど、どうにかうさぎに泣き止んで欲しかったオレは、そんなことしか言えなかった。
「もう、バカ……っ」
 悪態つきながらも腕の中から抜け出さない彼女が可愛くて。
「赤点30点の誰かさんよりは馬鹿じゃない」
 思わずそんな言葉を返してしまう。
「なによーっ」
 案の定真っ赤になって怒るうさぎは、オレのことを全く怖くない顔で睨んできた。
 はー…かわいすぎだろ……。
 本音が漏れそうになるのをグッと堪えて、丸いおでこを人差し指でツンと突いた。
「はいはい。もう元気いっぱいだな」
 涙が既に止まっている様子に安堵して見つめれば、額を抑えて真っ赤な顔のまま全力で腕から抜け出す彼女。少し寂しいけど、これ以上抱きしめていたら色々とヤバかったからちょうど良かったのかもしれない。

「帰る、ね」
 抱き寄せた時に落ちてしまった本を拾って丁寧に表紙をはたいた彼女は、申し訳なさそうにそう言って渡してくる。
「ん」
 なんとなく顔が見れずに受け取ると、不意に言葉が落ちてきた。
「あんたって、ホントは優しいよね。ありがと」
「え」
 顔を上げた時にはもう既に全速力で走っていくお団子の背中が見えるだけで。オレはアホみたいにその場から動けずに、揺れる金の髪が視界から消えるまで走り出す恋の音と一緒に見つめていた。


つづく
(次回で終わる予定です)
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