一話『記憶の洪水』
六歳の誕生日に、俺は両親を失った。
優しい人たちだった。俺のことをとても大切に、可愛がってくれて。
誕生日のその日も俺が喜ぶためにとキャンプや川釣りも家族三人でして、本当に楽しかったんだ。
まさかそれが両親との最後の思い出になるとは思いもせずに。
事故後。俺の意識はなかなか戻らず、その最中に突如として俺であって俺ではない記憶が一気に降り注いできた。
初めの記憶は、今では考えられないほど大きく白く輝く星、月。それは半月であったり満月であったり。とにかくあらゆる月の形。
―待っている―
直感がそう告げる。
誰か、とても大事な人を待っている。
映像だけではなくて、切なくなるような感覚、胸を甘く掻き乱すような感覚がそう告げてくる。
映像が変わる。
四人の男が跪いて微笑んでいる。彼らもまた、特別な存在だったことを思い出す。
皆は俺のことをマスターと呼び、自身が地球の王子エンディミオンであったことを思い出す。
次に見えたのは美しい銀色の長い髪。月の光をそのまま映したようなその髪。
鈴のように澄んだ笑い声。
空色の瞳。三日月の印。
重ねた唇の柔らかさ。
至福の時、愛しき日々は、いつも彼女と共にあった。
セレニティ
セレニティ
思い出したよ。君の全てを。
月と地球、二つの王国が滅んだ残酷な結末。それでも君を愛する心だけはずっと、生き続けていた。
すべては、君と再び出会うその日のために。
***
しかし、あまりにも衝撃的な記憶の洪水に、当時六歳だった俺はすぐに全てを理解することはできなかった。
とてつもなく大事なことを思い出した。それだけは分かる。だが酷く混乱した。
強い絆を感じる程の仲間と、どうしたらいいのか分からなくなってしまう程の愛しい恋人。そして王国が滅んでしまった悲劇。
それらは地場衛としてのわずか六年の生では到底経験したことも無ければ想像もつかないものばかりだったのだから。
けれど事故後初めて目を覚ました俺は、涙が止まらなかった。
両親を亡くしたのはもちろんのこと。
鮮やかすぎるほどに蘇ったエンディミオンとしての一生が胸の奥を苦しいほどに詰まらせて、幼い体と心では収めることができずに涙となって溢れ出したのだ。
「ぼくは…だれなの?ちば…まもる…?それとも…エンディミオン…?」
「パパ…ママ…!セレニティ…クンツァイトたちも…っっみんなみんなぼくのせいでしんだの…!?」
――だれかおしえて…!!ぼくは、だれなんだ…!――
二つの記憶を同時に持つことになった俺は、その言動から医師には事故による記憶障害と診断され、それは違うと幼心には分かっていたが説明を上手くできるとも思えず。
そのままエンディミオンとしての記憶は自身の胸の内にとどめる事に決めた。
セレニティという月の国の王女への激しい恋慕と哀惜が暴れ出したときの涙を止める術はどうしても持てずにいたけれど。
そして退院後。俺は叔父の家族の下へと引き取られていった。
つづく
1/1ページ
