9 心の隙間
『目覚めたか?月のプリンセス。』
気を失う直前に聞いた声が、再び私の鼓膜を震わせた。
だけどそれは想像していたよりも巨大ではなく、普通の人間と同じ姿形をした男から発せられていた。
けれどその男が人間でないことは明らかで、ナタリアと同じような禍々しいオーラを放っていた。彼女よりも何十倍ものオーラを。
『あんなにもすぐにナタリアの罠にはまるとは、少々期待外れだ。セレニティ。』
闇のような真っ黒な長い髪にうねる炎のような形の鎧を被り、瞳はナタリアと一緒の赤。
体は全体的に黒いマントで覆われていて、そこからちらりと覗く手は驚くほど白い。
「あなたは…」
聞くまでもなかったけれど、私は酷く冷たい体を震わせながらそう言った。
私…あんなに体が熱かったはずなのに…どうして?とても寒い…!
心の中にぽっかりと大きな穴が開いてしまったみたいで…暗くて冷たい水の底に漂っているような現実味の無さ。
すぐに気付いた。
シルバームーンクリスタルがない。
いつも共に在った光が消えている。
それなのに私は生きている…?
生きて…
『私はルシファー。魂と成り果てたお前にこの世界は、残酷なほど優しく迎えてくれるだろう。』
まるで何も映していないかのような暗い真っ赤な瞳は私を見て細く笑う。
魂?私が――――?
『お前のその胸の刻印は、私が永久に所有することの証だ。気付かなかったか?ナタリアに呪(しゅ)をかけられていたことを』
呪?
私は…死んだの?
死んだ…?あの時に――――!?
自分のせいだ。熱なんかでフラフラして判断ができなかった。ちゃんと彩花さんのことも見てなかった。
熱のせい…?
ううん違う
私混乱してた
前世の彼の婚約者だと聞いて…
混乱したんだ。
彩花さんはまもちゃんにとって従姉で初恋の相手で、大切な人。
そして前世でも私がいなかったら…掟を破って出会ったりしなければ、結ばれるはずだったエンディミオンを愛していた貴族のお姫様。
その事実を知って、戦士である使命よりもうさぎとしての気持ちが溢れてきてしまって…
闇が視界と心を覆った。
ほんの少しできた隙間にあっという間に忍び込まれてしまったんだ。
「地球は…みんなはどうなったの…?無事なの…?」
足がガクガクする。声が震える。
私…死んでいるはずなのに話せるんだ…。
プツリと途切れそうな意識の彼方でそんなことを思う。
『今はな。だが、お前とシルバームーンと私が一つになれば地球は死の星になる。美しく、静かな星にな。』
「な…!」
『私のモノになれ。プリンセス・セレニティ。その魂も、あの石も。私に捧げるのだ。』
まもちゃん…
つづく