5 冷めない微熱
俺は気付いていなかった。喫茶店に入ってからすぐに彩花にうさのことを聞かれて、思わず顔を綻ばせて話しているところを彼女に見られていたことを―――――
あの、彩花の瞳の奥に潜む深い闇に気付いた後。前世の花嫁候補のナタリアのことを一気に思い出した俺は、彼女がまた自分の身近に転生していた事実に何とも言えない感情を抱いていた。
どうしてナタリアが従姉の彩花なのか。
そんなことを考えても答えなど出ないことは分かっている。
彩花は憶えているのだろうか? だからあんなことを言った?
『ずっと好きな人がいる』
あの言葉は…そういう意味か?
分からないことはたくさんある。だけどそれよりも何よりも…
あの時感じた、彼女を包む禍々しい黒いオーラ。
いつも俺達を襲ってくる邪悪な負のオーラ…。
信じたくないけれど、この従姉は見えない敵に操られているというのだろうか?
「君の狙いは何だ?」
意を決して短く息を飲んだあと、鋭い眼差しで彼女の奥に潜むモノに問い掛ける。
「やだ、衛くんたら突然どうしたの?」
表面上は彩花の笑顔だ。だけどどこかがやはりおかしい。
「彼女か?」
低い声のまま敢えて名前は出さずに聞くと、彩花はピクリと肩を揺らす。
何も答えない見えざるモノに、一層威嚇の眼差しを送り口を開く。
「それだけは絶対にさせない。」
どれくらいの沈黙が流れたか。正確には分からない。
不意に彩花はコーヒーカップを何事も無かったかのように口に運んだ。
そしてゆっくりと時間をかけてカップを受け皿に戻すと、再びダークグリーンをこちらに向ける。
「今日は帰るわ。」
それだけ言うとチャリッとコーヒー代分の硬貨を出して席を立つ。
重力を感じないような体を風のような早さで動かして去る彩花を呼び止め、急いで追いかけたが、店の外に出たときには彼女の姿はどこにも確認できなかった。
「彩花!!」
いないと分かっていてももう一度彼女の名を呼ぶ。だがそれは他の人々の視線を僅かに集めただけで、風に運ばれて消えていった。
仲間たちに知らせなくてはと思った矢先に携帯のバイブレータが内ポケットで振動する。
メールの差出人は美奈からで、タイトルに『緊急報告』とありドキリとした。
『うさぎが体育の時間
に熱でぶっ倒れて早退
しました~(;´д`)
本人がかなり辛そうだ
ったから一応優しい美
奈ちゃんがメールして
おきます!
ラブラブできなくて残
念でした(^o^)v
あ!お見舞いに行って
も襲っちゃダメですよ
(^з^)-☆』
うさが熱だということに動揺はしたが、想像していた内容と違って安堵の息を漏らす。しかも緊張感を打ち破るような美奈の文章…。あいつは俺を何だと思ってるんだ?
『報告ありがとう。
一度うさのところに顔
出すよ。
そのあとすぐに皆に話
したいことがあるから
クラウンに集合をかけ
ておいてもらえるか?
それと、安心しろ。
病人には何もしない。』
彩花の様子を考えても、すぐに何かを起こそうという気配は感じない。
とにかく今は、珍しく風邪を引いている恋人を励ましてあげることが先決だと思い、月野家に走って向かっていった。
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