5 冷めない微熱
三時間目の体育の時間。朝からなんだか調子が悪いなとは思っていたけれど、バスケットボールを追い掛けながらそれは確信に変わった。
「うさぎ、パス!」
クラスメートに言われて反射的に構えた。でもすぐに足元がフラフラしてそのまま固いボールが見事に頭にヒットしたかと思えばプツリと意識を失った。
第五話
『冷めない微熱』
目覚めるとボールが当たった所に鈍い痛みと全身のダルさが私の体を鉛のように重くベッドに沈ませていた。
「目が覚めた?運が悪いわね~あなたも。熱で倒れるついでにバスケットボールが頭に当たるなんて。」
保健室の先生が失礼にも笑いながら語り掛けてくる。
「酷いですよー…ホントに痛かったんだから~。」
大声を出そうと思ったのに力が入らない。
あらら…珍しく重症だわ…。でもこれでレイちゃんに、何とかは風邪引かないなんて意地悪なこと言われないもんね。
熱に浮かされながらもそんなことを考えて不敵に笑う。
「制服、お友だちに持ってきてもらったから、今日はもう着替えて帰りなさい。親御さんには連絡しておいたから。」
「えへへ~ラッキー…。」
「こら。冗談言ってないでちゃんと休むのよ?!」
「は~い…。」
返事をすると先生は呆れた顔でため息をついてベッドを囲むカーテンをシャッと閉じた。
私はのろのろと着替えて先生に挨拶すると、いつもよりも早い時間に帰路につく。
あーふらふらする…。
こんなとき家が遠くなくて良かったと実感する。
「十番高校ありがとう…。」
まともに思考できなくなっていた私はなぜか高校に感謝の言葉を述べていた。
保健室で少し寝たのが良かったみたいで、家に帰れるまでの体力はありそうだとホッとする。
それから程なく駅前を通ると、先日まで工事中だった喫茶店が目に入った。
「あ…あの喫茶店オープンしたんだー…。早く治ってまもちゃんと…」
そこまで一人言を呟いてふと止まる。
店内の窓際の席には今思っていた大好きな彼がいて。
それだけならいい。風邪でもなんでも躊躇わずに店に入ってあの腕に飛び込んでいたことだろう。
ドクリドクリと心臓が鳴っているのは単純に嬉しいからでは無かった。
彼と向かい合わせに座っているとても綺麗な女の人。その存在が、私の言葉を思わず止めてしまったのだった。
誰?大学の人?
友達?うん。きっとそうだよね…?
サラサラのセミロングの黒髪のその美しい人は、何やらとても楽しそうに彼に語り掛けている。
そんな彼女の言葉に、まもちゃんは…。
頭がガンガンする。熱のせい?ううん。それだけじゃない。
どうして?どうしてそんな顔してるの…?
まもちゃんはドキドキするくらい甘い表情を浮かべながら、微笑んで彼女と話していた―――――
私は駆け出したい衝動に駆られたけれども、熱のせいで思うように動けなくて、その場を引き摺るような足取りで去っていった。
まもちゃん…どういうこと?私以外にも普通にああいう顔をするの?
それともあの人は特別なの?
私の知らないところで、知らない女の人と約束して、知らない会話をしている…。
いつから?もしかして…内緒で付き合ってるの?
混乱した頭でいくつもの疑問が浮かび上がって、最後の問い掛けに自分自身で否定する。
違う!まもちゃんはそんな人じゃないよ。信じてるもん。
だけど
だったらどうして
あんな顔するの……?
どうやって帰って来たのか思い出せない。それでも気が付いたら家の門まで辿り着いていた。
「ただいま…」
消え入りそうな声でドアを開けるとそう言って、靴を脱ぐこともせずに立っていた。
「おかえり…あら!?うさぎ!泣くほど辛かったの!?」
ママが慌てて駆け寄る。
「え?嫌だなあ…そんな大袈裟だよ。ただの風邪だってば…。」
「だってあなた泣いてるじゃない!お医者様にすぐに行きましょうか?」
ママは私の額に手を当てて「まだ熱いわね…」と心配そうに呟く。
そっか…私、泣いちゃってたんだ。
ばかうさぎ。まもちゃんの口からまだ何も聞いてないのに。
泣いていると自覚したらもう止まらなかった。
熱のせいで感情がいつもよりも昂っていることもあったけれど、焼きもちをやいている醜い感情を抑えることもできず、胸が張り裂けそうなほど苦しくて。
ポロボロ…ポロボロ。溢れてくる涙をどうしても止めることができなかった――――――
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