3 目覚め
電話が鳴った。
今日は日曜だというのに、私は課題に追われていて家で一人レポート作成の為にパソコンのキーを叩き続けていた手を止めた。
「誰かしら…」
急いで電話のあるリビングに移動すると、受話器を取る。
「はい。高嶋です。」
返事がなく短い沈黙が流れてもう一度声を発しようとした時だった。
『あ…もしもし』
聞いたこともない声。
だけど確かに『知っている』声だと思った。
まさか―――!?
『地場…衛です。』
その名前を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった気がした。
『もしもし…?』
私が何も言わないのを不審に思ったのか躊躇いがちに言ってくる。
まさかこのタイミングで衛くんから連絡がくるなんて…!
「も…もしもし?衛くん?本当に衛くんなの…!?」
自分でも少し声が震えているのが分かった。
何年も会いたいと願った人
まさかもう一度会えるとは思っていなかった人
嬉しさと戸惑いが胸を襲う。
『はい。衛です。もしかして君は…』
「彩花です!従姉の…。覚えて…いるかな…?」
反射的に自分の名前を名乗って、そのあとは自信がなくて声が小さくなる。
『もちろん…覚えてるよ。』
温かくて優しい響き
声だけで分かる
彼はあの頃とは変わった
もちろん良い方に。
父さんと母さんは2人で出掛けていると伝えると、少し残念そうだったけれど、伝言しておくと告げると、彼はゆっくりと自分の言葉を確認するように話し始めた。
『ずっと連絡しなくて…本当にごめん。今度、ちゃんと挨拶に行きたいんだ。』
「もちろん!父さんと母さんも喜ぶわ!」
『それで…実は、紹介したい人がいるんだ。』
「…え?」
今までの高揚した気持ちが彼の言葉で一気に下がった。
――俺のことを待っている人がいるんです――
記憶にはない、いつかの言葉となぜか重なる。
私は自分の歪んだ感情を悟られないようにすぐに次の言葉を発する。
「それって、衛くんの彼女?」
自分でも驚く程の明るい声で。
『ああ。』
衛くんの声音も変わった。
彼女の事を想う―――甘い響き。
呼吸が苦しくなるような気がしたけれど、実際はそんなことはなく、ただ目の前の風景が真っ暗になった。
『もしもし?』
嫌
私を置いていかないで
もう貴方の背中を見送ってばかりではいたくないの
エンディミオン――――!!
「!?」
何…?今の感覚…。
『もしもし彩花?大丈夫か!?』
「大丈夫だよ衛くん。それよりも…父さん達に会う前に、私と2人で会えないかな。」
『え?』
「ほら、色々と前情報を教えておいてあげるよ。そしたら、あまり緊張しないで会えるでしょ??」
スルスルと台詞が出てくる。胸に痛みを宿しながら、顔には笑みを浮かべて。
『ありがとう。じゃあ、そうしてくれるか?』
「ええ。もちろん。」
私は約束の日時を確認して受話器を置いた。
ワタサナイ
渡さない
今度こそ
誰にも
ダレニモ
エンディミオン―――――
リビングにある大きな鏡を見ると、そこには私であって『私』ではない女が、こちらを見つめて微笑んでいた。だけどその瞳には、優しい色は一つも浮かんでいなかった――――
つづく