RING
「こんなにあかるい時間に、だいじょうぶ、なの?」
そろりと森の草を踏みしめるセレニティの足取りは重い。
朝露に濡れた草木を不安そうにくぐり、
僕の手のひらに楚々とのせた指先にちからがかすかに入る。
「だいじょうぶ」
朝の陽のひかりの差すよりも前には月に帰ってしまうセレニティを
今日だけは、と強引に引き止めたのは僕のほうだった。
やわらかな温かみの混じる日差しがゆるやかにセレニティの頬を差す。
僕にすがりながらも恐る恐る、心地のよい太陽のひかりに彼女の瞳はゆるんだ。
月の城は、陽のひかりに背を向けたまま。
月から覘ける宙の、星々の一面の輝きはとても美しいけれど、
月の城はこの惑星のほうをいつも向いているのだ、僕との逢瀬もいつも真夜中。
彼女は、陽のまぶしさをずっと知らずにいる。
彼女の透き通るように白くて美しい肌はそれを物語っているけれど、
でも、今日だけは。
のぼる太陽のゆるやかな日差しは、急速に雨暗さをまとい始めた。
「なにが起こるの?」
不安そうに僕をみあげるセレニティの肩を抱く。
彼女の華奢な指先に指をからめ、「見ていて」と笑み掛けた。
「ほら、あれは、君の星」
月がゆっくり、ゆっくりと太陽を覆い隠す。
まるで三日月のようにほそくほそく、掻き消えてゆきそうな太陽の、
「あ・・・」
セレニティのかすかな吐息が漏れ聞こえた。
華奢にひかりを放つ、金色のリング。
「君に、どうしても捧げたくて」
彼女の左の手をとり、そっと指先にくちびるを触れた。
「指輪を」
目を細めて笑顔のこぼれたセレニティの、瞳にだけは切なさが残ったまま。
叶わぬ恋だとわかっているけれど、
僕たちは決して結ばれることのない運命だとわかっているけれど、
それでも、僕は、
君の左手の指先に、リングを捧げたかったんだ。
「もう、帰らなきゃ」
通り過ぎた月に、太陽は日差しを取り戻し
森のなかとはいえども陽のひかりが僕たちを覆い隠してはくれない時刻がまた戻る。
「・・・ありがとう、エンディミオン」
そっと、白皙の自分の左手の甲を撫ぜたセレニティは、
哀しみの入り混じった笑顔を僕に向けた。
「わたし、とてもしあわせよ」
たとえ、
これから先、結ばれることのない未来が訪れたとしても。
「ずっと大事にするわ。あなたのくれたリング」
どうして僕たちは、
たったひとつの願いさえ、叶えることのできない運命のなかにいるんだろう。
彼女の頬を濡らす涙を親指で撫ぜる僕の指先を、
春の陽のひかりがやさしく照らして温かみを増した。
いつか、もしも僕たちが生まれ変わって、また、太陽を月が覆い隠す瞬間に、
僕のその隣に、今度こそ幸せに微笑む君がいてくれたら・・・
そっとセレニティの肩を抱いて、朝の空に溶け込んでしまった月を見上げて願いを託す。
fin