或る夫婦の日常

二人とて暑いには暑いが、それを理由に離れて歩くという選択肢は存在しない。寧ろ暑いからと言って離れる理由が理解出来ないのだ。
 そんな誰も入り込めない雰囲気を持つ二人に、声を掛ける強者が一人。それは雑誌の記者で、担当しているのがカップルの特集とあって、二人に声を掛けた様だ。
「お時間は余り取らせませんので、取材させて貰えませんか?」
「別に構いませんけど…」
「えぇ、そうね」
 夏の暑さにも負けぬ程の熱々カップル、と記者から褒められれば二人とて悪い気はしない。だから別に取材して貰ってもいいのだが、二人は正確にはカップルではなくて夫婦だ。
「俺達、恋人ではなくて夫婦なんですが大丈夫ですか?」
「え?ご夫婦?…あ、それでも大丈夫ですが…。ご夫婦だったんですか。じゃあ随分早くにご結婚されたんですね。もしかして新婚さんですか?」
 二人の容姿は若いが故に、雑誌記者は完全に二人を新婚と勘違いしてしまっていて…。そもそもとうに新婚の時期は終わっているのに、いつまでも新婚の様にイチャイチャしているのも、雑誌記者を勘違いさせた原因の一つと言える。
「いえ、もう結婚して十五年以上も経つんですよ、私達」
「………え?」
 うさぎはクスクスと笑いながらそう言ったが、雑誌記者は衝撃的な真実を知って表情を固まらせて…。恐る恐る二人の年齢を訊ねたら、信じられない返答が返ってきて更に驚いてしまった。
 だが流石は雑誌記者。良いネタになりそうなものには食い付くのがプロであり、直ぐに我に返って様々な質問を二人にぶつけた。
「お二人の出会いはいつ頃ですか?」
「俺が高校二年で…」
「私が中学二年生の時です」
 そんな早くから出会い、今日まで二人一緒の道を歩んできていて…。大恋愛の果てに結婚へ至った事に、雑誌記者は思わず感嘆の息を漏らした。
 その後も二人は質問に答えながら、夫婦生活の事や一人娘のちびうさの事も話したりして…。最後に記者から意外な質問を向けられる。
「お二人共、正に美男美女な訳ですが…。何か秘訣は?」
 カップルの特集で何故そんな質問が出るのか。二人は一瞬首を傾げたものの、一度互いの顔を見合ってから、雑誌記者に笑顔を向けた。
「「それは勿論妻(主人)が居るからですよ」」
「……え?」
「自分には勿体無いぐらいに素敵で魅力的な妻で…。やっぱり、そんな妻の為にもいい男でありたいと思うから…」
「私も一緒です。本当に世界中に自慢しても足らないぐらいに素敵な旦那様なんだもの。やっぱり、いつも素敵だって旦那様に思われる様な妻でありたいから…」
「そっ…、そうですか…。…いや、取材を受けて下さって有難うございました」
 うさぎの為にいい男でありたいと思う衛。衛の為にいい女でありたいと思ううさぎ。二人の気持ちはいつもそんな風に通じ合っていて、雑誌記者は二人の幸せそうな笑顔に、微笑ましさを感じていた。
 互いが互いの為に努力し合う。言うのは簡単だが、実際にそれを実現するのは難しい。
 きっとあの二人はそれを実現出来る程に想い合っているのだろう、と雑誌記者はそう思いながら…。そこから去っていく二人の背中を見詰め、二人をイチオシカップルとして雑誌に載せる事を決意していた。










 そしてそれから暫く経った或る日の事。
「パパ、ママ」
 ちびうさは二人の記事が載っている雑誌を、二人の前に出して…。若干厳しい眼差しを向ける。
「いい年して、いつまでもイチャイチャイチャイチャするんじゃないの!!ってか、慎みを持てって言ったでしょっ!!」
「「えー?だって…」」
「だってじゃない!!」
 ちびうさもやはり年頃なだけに、二人の仲の良さには色々と思う所がある訳で…。せめてイチャイチャするなら家の中だけに留めてくれ、と胸中で涙を流さずにはいられなかったのだった。










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