オフィスパロ

 会社に所属する選手でバレーをしている美奈子は午前は勤務で午後は練習。
 部署の先輩が賢人で何かと小言は言われるがちゃんと午後にはバレーへと今日も送り出してくれる話の分かる上司だった。
「Vリーグ期待の新人選手でしかもめちゃくちゃ可愛いですよね愛野さん」
 美奈子の同期が彼女の去ったフロアの出入り口を見ながら何気なく賢人にそう言うが、「君は仕事に戻れ」とあしらわれて苦笑しつつ返事をする。
 スポーツ選手である美奈子はデスクワークができる方ではなかったが、一度コツを掴めばプロセスを組み立てて要領よくこなすことができた。これは賢人には予想外ではあったが、スポーツ選手としての吸収力と考え方が仕事でも功を奏していたらしい。
賢人は美奈子がいる時といない時とで明らかに職場のモチベが変わっているのが悩みの種だったが、これは明らかに課をまとめる長である自分の気持ちも反映されているのも分かっていて尚更頭が痛い。

(切り替えろ、仕事だ)

 初めて見た時やたらと高エネルギー光属性な新人が配属されてきたと思った。そそっかしい所がありミスも目立ったが教えればすぐにそこそこの成果を上げ、他の同期と比べても育てがいのある部下だった。彼女が笑えば一気にフロアの温度も上がる様な天性の魅力があり、話すと突拍子もない方向へ舵をきられるのだが不思議と嫌ではなく、寧ろ楽しかった。賢人はおくびにも表情にださなかったが。
 そんなある日。
「チケットです。良かったら次の試合、観に来ませんか?」
「愛野が出るのか?」
「当たり前です。出るから誘ってます」
 自販機でコーヒーを買ってる所に美奈子に声を掛けられ賢人は瞠目しつつ、すっとぼけた返答をしてしまったことをすぐに後悔する。
「いつもお世話になってるので、今度のお休みの日はバレーの試合でも観戦してパーッ!と疲れを吹っ飛ばしちゃって下さい!あたし、ぜっったい活躍するので!」
「そうか」
「えぇー、反応が塩…。来ないなら他の「行く」
 被せ気味の言葉と共に彼女の手からチケットを掠め取る賢人はやはり無表情に見えて美奈子はどう反応したらいいか戸惑う。しかし次の瞬間ふっと口元が緩んだ上司にドキンと胸が鳴った。
「あの、あたしこの試合に勝ったら北崎さんに伝えたい事があります」
「なんだ?」
「勝ったら言います!」
 拳を作って見上げられて再び小さく笑ってしまう賢人に目を離せなくなってしまう美奈子は、この微妙な空気に耐えつつ上司の言葉を待った。
「俺は、勝っても負けても愛野に伝えたい事がある」
「へ?」
「日曜日、楽しみにしてる」
 手にはブラックコーヒーが手渡され、そのまま緩く頭を撫でられたかと思えばコンパスの長い脚の持ち主は、あっという間に曲がり角から見えなくなった。

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