オフィスパロ

『帰国バレンタイン』(ゾイ亜美)

 異例の若さで部長の亜美は同期で新人時代に付き合ってたが海外赴任してしまった要と5年ぶりに再会する。
「疲れた顔。ここに皺できてる。美人が台無しよ部長さん」
 再会したその日に言われて「余計なお世話。海外のプロジェクト成功おめでとうございます」と目も合わせずに返せば薔薇の花束が視界に広がって思わず顔を上げる。
「それはどうも。キラッキラの業績引っ提げて帰ってきたんだから、あなたも観念して私のプロポーズを受けなさい」
「な?はぁ?!嫌!!赴任中一度も連絡よこさなかった薄情者のことなんて…っ」
「あなたこそ。一度だって電話一つくれなかったじゃない。まああんな風に別れたんじゃ仕方がないか。でも、まだ好きでしょ?」
 花束を差し出す彼は憎たらしいほどかっこいいのに手が震えているのに気付いてしまって喉の奥がきゅっと締まる。

 実は赴任前にも要は一度プロポーズをした。しかし、あの時彼女はこう言ったのだった。
「無理よ。ごめんなさい。私は日本でまだまだやりたい事があるの。結婚できない女と遠距離で付き合うだなんて無駄なことあなたにさせられないわ」
 彼女の飲んでいたカクテルに落ちた雫が小さく波紋を作るのを見るしかできなかった要。


 今は?今もまだ好き?
 緊張で震える手。彼のそんなものを見せられたらもう、だめだった。顔を見たら声を聞いたら忘れたと思い込んでいた好きが溢れてきて。

「ああもう!これだからあなたのこと嫌い。卑怯」
「いいから、花に罪はないんだから受け取って」
 言われるまま黙って受け取ればあからさまにほっと顔を緩めるからまた胸がきゅっと音を立ててしまう。
 久しぶりに感情の制御ができない感覚に亜美は深く息を吐いた。
「これは受け取るけど、プロポーズは受けないから」
「え」
「当たり前でしょう?5年も私の時間を奪っておいて、はい結婚しますだなんて、あなた私の事馬鹿にしてる?」
「そんなことない!大体あの時も振ったのは亜美でしょ…」
「…そう、ね。ごめんなさい。あなたの事を忘れられなかった事が悔しくて。あなたがあまりにもあの時と同じように私の事を見るのが…」

ー嬉しくてー

 小さな呟きに要の心臓が跳ねる。

「そうね、お茶くらいなら付き合ってもいいわ。あの店、覚えてる?」
「…もちろん」
「じゃあ週末にそこで。それからもう一度…」
「亜美?」
「いいえ、続きは会った時にまた話すわ」
「分かった」
「…素直なあなたってなんだか気持ち悪い」
「そういう亜美は、はっきりモノを言うようになったわね」
「そうかしら?」
 会社内では物事が円滑に進むように常に自分の発言には気を付けて、笑顔も自然と作れるようになりコミュニケーション能力は高めてきたつもりだ。こんな風に自分の思ったことを思ったままに言うなんて、やはりこの男には甘えているのだろうか。そう思い当たると顔が熱くなっていく。

「要さん、お花どうもありがとう」
「…バレンタインだからね」
 振られてもいいように作っておいた言い訳。我ながら情けないと思いつつ、花束を渡した時の勢いをすっかりなくしていた要は弱ったように笑う。

「海外式?」
「まあね。日本式は水野部長から頂いても?」
 揶揄い口調で「冗談」と続けようとした要より先に亜美が口を開いた。

「考えておくわ」

 誰もいない談話室に取り残された要は遅れて赤面する。

「え?」

 プロポーズをさせてもらう前に玉砕したと思った彼女が自分に向ける表情は新人時代によく見ていたどこか頼りなさげだけれど、しっかりと寄り添って一緒に前を見てくれたあの頃の柔らかい笑みを浮かべていたから。


おわり
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