愛情パラメーター(ゾイ亜美)
高級マンションに辿り着いた私は、ご近所さんの迷惑なんて考えず水野家のインターホンを何度も何度も押す。
「…はい…!!??西園寺さん!?」
始めは怪訝そうな声から、モニターに映ったであろう私を認識すると同時に明らかに動揺したそれへと変わる恋人に、妙に腹立たしくなった私は低ーい声を放った。
「いいから。10秒以内に開けて。」
「!!」
かくしてジャスト10秒後。ドアは開かれた。
「お邪魔するわよ。」
奥へとどんどん進んでいく私の後をおろおろしながら付いてくる彼女はお決まりの言葉を掛けてきた。
「えっと今テスト勉強中で…」
「あなたの定期テストは一ヵ月後でしょ!!そんなに前からする必要ある?」
「よ、よく知ってますね。」
前にあなたのスケジュール帳がちらっと見えたから。ちらっと見る限りでは塾の日程、定期テストの日程、模試の日程しか見えなかったけど。色恋関係の予定のいの字も見当たらなかったけど。
というか。
後ろに急に向きなおすと彼女は小さく悲鳴を上げて一歩下がった。
「あなた、今日の約束忘れてたの?寧ろ昨日の私の話、聞いてなかった?」
「え…?き、のう…?」
そう言って昨日のキスシーンでもフラッシュバックしたのかまたしても真っ赤になって俯くだけの彼女に流石にいらっときてしまう。しかも答えないということはやはり聞いていなかったということなのだろう。
「あのねえ!私達もう付き合って1年は過ぎてるのよ!?なのに未だに恋人とのキス一つで頭パンクするとかどういう構造!?普段の若干引く位の信じられない優秀な頭脳の素晴らしい情報処理能力はどこいったっていうのよ!!」
「だ、だって…っ」
そう言って黙り込む。この子はいつもそう。肝心なことは言わない。言えない。でも今日は逃がしてなんてあげない。
「ごめんなさい…」
またしてもお決まりのその言葉に大きく溜め息を付いた私は声のトーンを少し抑えてゆっくりと話した。
「いいから、謝るのは後。言いたい事あるなら言って。その間は黙っててあげるから。」
そう言って亜美の勉強スペースの椅子に腰を下ろすと彼女は床のクッションの上にペタリと座り込む。
しばらく床を見続けていた亜美はふと私のことを見上げると大きな瞳に薄い透明な膜を張りながら意を決したように口を開いた。真剣な表情に目が離せない。
「だって…だって!!あなたは特別なんです…!」
「…!」
「そんなあなたとの……き、す…は、私にとって特別だから……普段の馬鹿みたいに回る頭が全部それだけになってしまって。うまく機能しなくなるんです…!だから…約束、聞いていませんでした。本当にごめんなさい……」
ポロポロ泣き出す亜美は自分のしたことを唇を噛んで悔いているようだった。
本当に、君という人は…
「こら。」
自分でも驚くほどの甘さを含んだその声に気恥ずかしくなるが、目の前のしょうもない恋人がただ単純に愛しくて。
「馬鹿。そんなに唇噛んだら血が出るだろ…?」
「さいおんじ、さん…」
目線を上げると私が椅子から降りて同じ高さに瞳があることに驚いたのか亜美はうまく話せないでいた。涙を拭う私の手つきが普段よりも酷く優しかったからか心底不思議がっている、そんな表情。ホント、失礼なんだから。
「今からキスしてパンクしても大丈夫だから。もう余計なことは言わないよ。」
カーペットの上に横たわる亜美は何が起きているのか分かったようで緊張を走らせるが、それでも目は逸らさない。
お互いの愛情度を測ることなんてできないけれど。多分今は二人ともピッタリ同じところにある。そんな風に確信したから。
だから君をこのひと時だけは、逃がさない。
キスをすると、亜美はやっぱり真っ赤になるけれどもう、何も言わなかった。それがサインだと思っていいのよね?だから―――――
「もっと…特別なことをしよう。」
おわり